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20261001

短縮版 迫る多難な危機  第四章 4-2 後半2部

  


「一時の自己満足の為に人類を破滅させては、神も悲しむだろう」

 

この短縮版は、既に投稿済みの「迫る多難な危機」を、少し内容を割愛、分割して連載します。

 

まえがき

 現在、深刻な危機が同時多発的に地球と人類に迫っています。特に、この20年あまり、一部の大国が身勝手に振舞って来たことでより加速しています。今、私達が立ち上がらないと、子孫に顔向け出来なくなる。家族と世界を再び幸福にしましょう。

Make the world and people happy again!

 

 

--- 目次  ---

第4章 緊急に対処しなければならない危機:米国の独裁化

 4-2 なぜこのようなことが起きてしまったのか

   真実はどうして葬られたのか 1

    真実はどうして葬られたのか 2

    すがり続けた夢の果てに

    基本的な考え方

 

 

 


第4章 緊急に対処しなければならない危機:米国の独裁化

 

 既に見たように、今、世界は危機的な状況に突入しつつある。中でも、米国の独裁化が最も危険で、目前に迫っている。米国で右翼ポピュリズムが、なぜここまで力を得てしまったのか、その背景を見ます。そこには日米欧等先進国に通じる、新自由主義政策の欠陥が深く根付いています。さらに米国特有の病理(特徴的な宗教)が災いしています。

 

 米国が独裁化を回避し本来の民主主義に戻ることが、米国民を迷いと苦難から解放することになり、また世界が一致協力して、世界の危機に対処できるようになる。

 

 

 

 真実はどうして葬られたのか 1

 

 いくら信仰心が高まっても、現代は科学の知見があまねく社会を照らしている。数千年前に遡る聖書の予言や格言に先進大国が振り回されるとは思いもよらなかった。実は、宗教のみが真実を覆い隠す役割を果たしたのでは無い。もう一つ深い闇が社会を覆いつくしているのです。

 

 


  分かり易い例があります。2017年、トランプ政権のスパイサー大統領報道官は、トランプ氏の就任式に集まった群衆の規模について「過去最大の人々が就任式に参加した」と主張した。しかし、メディアによる空撮写真や公共交通機関の利用データなどからは、前回のオバマ大統領の就任式時よりも少ないと指摘された。これについて、コンウェイ大統領顧問がテレビ番組に出演した際、「スパイサー報道官が示したのは嘘ではなく“代替的な事実(alternative facts)”である」と述べ、正当化していました。トランプの発言は虚言の方が多いのですが、虚実取り交ぜ、応援者には夢を与え続けて、批判に対しては報道機関と国民を煙に巻いてきました。実は、この煙に巻く事で、永らく米国民は真実と科学的知見から遠ざけられて来たのです。

 


 

 1950年代、喫煙と肺がんの因果関係が指摘され始めると、大手タバコ会社は共同で「タバコ産業調査委員会」などの偽装団体を創設しました。これは中立的な研究機関を装いながら、実際には業界に都合の良い偽物の専門家を雇い、科学的論争が未解決であるかのようなプロパガンダを流し続けたのです。さらに、あえてタバコと直接関係のない、癌の発生プロセスなどの広範な生化学研究に巨額の資金を提供し、因果関係の結論決定を遅らせる時間稼ぎを行いました。タバコ会社自身は、すでに「ニコチンには強い依存性があり、タバコは癌を引き起こす」という真実を突き止めていました。1980年代に受動喫煙の害が証明され始めると、タバコ会社は「お抱えの科学者」に資金を出し、「科学的な証拠が不十分である」とする論文を発表させました。この間も、真実のデータはすべて極秘とされ、1990年代の米連邦議会の公聴会でも、タバコ会社の最高経営責任者たちは「ニコチンに依存性はない」と宣誓供述をして嘘をつき続けました。しかし、あるタバコ会社の開発担当副社長は内部告発により解雇され、さらに会社とギャングから激しく攻撃された。しかし彼の証言などにより1998年、大規模な損害賠償請求訴訟において歴史的な和解(勝訴)が成立した。

 

 実は、この「確実な証拠がない」「議論はまだ続いている」という「疑念の製造」戦略は、今も形を変え蔓延し続けているのです。最も危険なのは、天然ガス・石油掘削会社と共和党による地球温暖化隠しです。他にも、保守系シンクタンクが様々な、「疑念の製造」戦略に加担しています。このような目くらましが、半世紀以上、巨額の資金をつぎ込んで垂れ流されているのですから、大半の国民は真実を見ることが出来なくなっている。一人一人が科学的論拠を確認するのは困難です。

 

 

 

真実はどうして葬られたのか 2

 残念ながら、21世紀、特に2010年以降は、さらに困難な状況に追い込まれている。単純だがトランプの前回の4年間で3万回を越える虚言は、史上圧倒的な量です。彼は1日に10~20回、虚言や紛らわしい言説を吐いている。選挙集会等で、自陣営の聴衆を喜ばすために、また報道機関から批判的な質問を受けると、彼はほとんど虚言か誇大な言説を連呼する。報道機関等のファクトチェックに膨大な手間と時間が掛かり、究明に追いつかない。さらに巧妙なのは、大手マスコミを毎回、フェイクニュースと罵り、トランプを絶賛するFOXや一部のインターネットニュースサイトのみが真実を報道していると付け加える。今も、トランプ氏支持者は頑強に彼を信じて疑わない。しかし、これはほんの序の口です。

 

 既に、インターネット上で嘘がこだまのように反響している事は周知の事実です。この状況を差す言葉、ポスト・トゥルース(Post-truth)が2016年に有名になりました。これは世論形成において客観的な事実よりも、感情的な訴えや個人の意見のほうが強い影響力を発揮する状況を指しています。イギリスのEU離脱(ブレグジット)やアメリカ大統領選でのトランプ勝利など、世界政治がデマで大きく動いた事例でした。このような状況が生まれた背景の一つに、SNSの普及によって、誰でも簡単に世の中に対して個人的な意見を表明することが可能となったと同時に、多くの情報を瞬時に流通・拡散できるようになったことが挙げられる。利用者が見たい情報だけを見る「エコーチェンバー」や「情報のサイロ化」(広く連携できない孤立化)が進んだことが大きい。SNSの普及は、個人的な考えの影響力を増殖させた一方で、フェイクニュースと呼ばれる事実と異なる情報が短時間で世界中に流布されてしまう状況も招いた。その結果、テレビやラジオ、新聞、雑誌といったオールドメディアの影響力は相対的に低下し、客観的事実が軽視されるようになった。このエコーチェンバーは、人間の心理(自分にとって心地良い情報を選択)とSNSや検索エンジンのアルゴリズムが、個々の利用者の興味(情報)を分析し、望みを叶えるように優先表示している事で、加速している。利用者はさらにこれが繰り返され、より狭い範囲の情報に閉じこもるようになる。この状況を巨大プラットホーム(Google、メタ等)が莫大な広告料欲しさに、コントロールし、トランプの1期の選挙から、選挙に有利になるように細工した可能性がある。当然、大統領就任後、リベラルが望むSNSの規制を反故にするのと引き換えを目指してのことのようです。この選挙時に、ロシア(プーチン)がトランプを勝たせるために、ヒラリー候補にダメージを与える為に、SNSで攻撃していたことが、ほぼ確実視されている。

 

 深刻度が増すポスト・トゥルース時代と混迷を深める経済・社会にあって、我々はどう対処すべきなのか? 

 

 

 すがり続けた夢の果てに

 米国民の多くがこの夢に幻惑され続け、さらに何割かの人が神の下に在り続けるなら、地上では諦めても良いと思っているかもしれない。その夢とは、新自由主義の単純すぎる例、トリクルダウンです。これは、シャンパングラスを積み上げ、最上段にシャンパンを注ぎ、やがて最下段にまで滴り落ちる例えで示されます。富裕層や大企業が豊かになることで、最終的に貧困層など社会全体にも富が浸透・波及するという考え方です。半世紀待っても、最上位のグラスが大きくなるだけで、下には零れませんでした。

 もっとも罪な経済イデオロギー「完全な自由市場こそが消費者に最大の利益をもたらす」は、自由主義の小さな政府と自己責任論と並ぶ三大テーマの一つです。このテーマの前者二つとマネタリズム(金融数量説)は、当時絶大な信頼を得ていたノーベル経済学者ミルトン・フリードマンが提唱したものです。半世紀も経た今となれば、どれも齟齬をきたしている。むしろ米国の災厄は、これら理論の呪縛から抜け出せないことにある。この市場原理(自由市場)については、共和党も民主党も共に推進し、他の小さな政府、自己責任論、マネタリズムについては、民主党は抑制気味でした。

 政府が規制をなくして市場を完全に自由にすれば、無数の企業が競い合って効率化が進み、価格が下がり、消費者が最大の利益を得ると考えたのですが、理想どうりにはならなかった。規制緩和が進んだ結果、予測とは逆に「勝者総取り(ウィンナー・テイク・オール)」の現象が起きました。規模の経済やネットワーク効果(IT大手プラットフォーマーなど)により、市場は競争が激化するどころか、少数の巨大企業による寡占・独占が進みました。その結果、価格支配力が強まり、中小企業の排除や、富の極端な集中(格差の拡大)という弊害が生まれた。

 

 当時、フリードマンが最も信頼されたのは、彼の金融数量説の採用によって、当時のインフレを抑制出来たことにあり、画期的でした。金融数量説の信奉から金融技術の進展が起こり、自由競争が重視された事と重なり、投機が巨大になり、実体経済と金融経済が乖離しました。そして巨額の利益は金融から生まれるようになり、投機が行き過ぎると、景気は加熱するが、やがて金融危機が繰り返すようになった。もう一つの問題は、多くの国で資金が投機に向き、本来の設備投資に向かなくなったことも長期的経済成長を抑えることになった。

 

 現在、多くの経済学者によって、現状の新自由主義による経済運営は、様々な問題を生み出しているとし、個々の政策について批判され、修正が求めらている。もつとも保守系、富裕層、大企業はこれに反対していますが。

 

 

 基本的な考え方

 

 現状の経済状況を観察すると、異常であることは疑いない。明らかな事は、貧乏人はより貧乏に、金持はより金持ちに、しかも固定化されて来ている。また社会保障等が先進国中遅れたままです。当然、これは人為的な政策による結果です。なぜなら1980年代以降、多くの経済・社会指標が急激に悪化して来たのですから。

 行き過ぎ積み重ねらた政策が問題でした。大幅な規制緩和による自由競争、徹底した自己責任への転嫁、富裕層や企業に偏った大幅な減税など大きい。これらの弊害については、個々に簡単に触れて来ました。ここでは要約と、考え方を提示します。

 

 先ず規制が必要です。私たちは長年に渡り、規制緩和こそが、良策と洗脳されて来ました。しかし、これは間違いです。一言で言えば、規制過ぎてもだめだが、規制が無いのも問題なのです。適切な自由競争を生むには、寡占を防ぐ規制が必要です。スポーツで言えば体重別の競技だからこそ良い場合があるように。自己責任を自覚してもらうことは勤労精神を育む上で需要ですが、個人の状況(健康、生まれた家庭、人種、失業)や不意の事故等で、その後のチャンスが閉ざされる事は、社会にとってマイナスです。この理解は難しい。特に共和党支持者は、これら逆境にある人々に、税金が盗まれていると思わされて来た経緯があります。富裕層の減税総額と逆境を支える福祉費の比較をしてみましょう。概算ですが、富裕層の課税を大戦前の税率に戻すと、年間数十兆円が国庫に入ります。さらにキャピタルゲインの優遇措置で富裕層は年間何十兆円も逃れています。もっとも米国は規制が緩いのでタックスヘイブンに多くは逃げてしまうでしょうが。民主党がよく行う雇用対策費用は年間20~30兆円でしょうか。つまり富裕層に税金を負担していただくと財政赤字を増やさず、まともな福祉政策が戻ってくるのです。

 

 重要な事は、政府の政策実施にあたって、適正なフィードバックが可能にしておく事です。現在は、明らかに間違っている政策であっても、変更、元に戻すことが出来ない。それは、富裕層と大企業が、豊富な資金力を使って、選挙などで優位に立ち、長年に渡り政府と国民を手懐けて来たからです。共和党は1980年代から急激に企業・富裕層優遇に舵を切り、民主党とは袂を分かっています。その政策は、法人税・所得税・配当税・相続税等の減税、規制緩和、労組への規制強化、企業補助等で、拡大の一方です。例えば、2025年の共和党の大型減税法案は、「年収100万ドル超の上位0.6%の1百万人が、年収10万ドル未満の1300百万人よりも大きな減税を受ける」とCenter on Budget and Policy Priorities(予算・政策優先事項センター)が分析しています。これが今の米国であり、トランプの実績なのです。

 

 どうか真実から目を逸らさないようにしてください。

 

----全体の目次----

第一章、世界に迫っている危機の要約。

第二章、人類はこれまでに危機に対してどう対処して来たか。 

第三章、我々が直面している重大危機。

第四章、米国の衰退と世界の危機回避能力喪失は一体。

第五章、如何にあるべきか。

第六章、成功している北欧は資本主義のもう一つ道。

 

20170415

平成イソップ物語 14: 津波とモグラ

  

*1


昔々、ある所にモグラがたくさん住んでいました。
そこは山と海に囲まれた平和な所でした。
しかしある日から事態は急変しました。



 
*2

*3


モグラ達がたくさん集まっています。

一匹の白いモグラが大声で皆に訴えています。
「皆、聞いてくれ!
津波が来たら、我々の住んでいる所は海に沈んでしまうぞ!」

誰かが聞きました。
「そんなことが起きたら大変だ。 どうすれば良いのですか?」


白いモグラが答えました。
「それは海岸に堤を作るしかない。
そうすれば海からやって来る大きな波を防ぐことが出来る。
私達は土を掘って集めることが出来る。
今やらなくて何時やるのだ!」


皆は騒ぎ始めた。
「この話は本当かな?」
「しかし万が一、津波が来たら終わりだぞ。」


この時、一匹の子供モグラが母さんに言いました。
「以前、僕は地中を深く掘っていた時、底の方で水が流れているのを見たことがある。」

お母さんは言いました。
「山にたくさん雨が降れば、洪水になるかもしれないね。」

母さんは周りのモグラに危惧を伝えましたが、皆は口を揃えて言いました。
「お前は津波の恐ろしさを無視するのか。話にもならない。」


やがて皆は力を合わせて堤を造ることにしました。

そんなある日、その親子はこの浜を去り、離れた高台に住み始めました。

やがて数年が過ぎて、雨が降る日が多くなりました。

ついに川が増水を始め、堤で囲まれた浜は水没してしまいました。

とうとう津波は来ませんでした。



 
*4






20170309

Bring peace to the Middle East! 71: Why was it exhausted ? 9: The mentality of the imperialism 2

中東に平和を! 71:  なぜ疲弊したのか 9: 帝国主義の心性 2





*1

We again look at last part of their real intention, and I sort out the points of it.

前回に続いて事例を数点記し、まとめます。
帝国主義に走った人々の心に迫ります。


Case E
Victor Yugo, a 19th-century French writer of "Les Miserables", said as follows at a celebratory feast of slavery abolition commemoration in 1879.

"Please advance southward!
Africa has no history.
But Africa is important for our world.
If people live in Africa, they are savages.
Invest your excessive desire in Africa!
At the same time, solve all social problems! "

While suing social justice in his own country, he was discriminatory against the non Western world.  Annotation 1.


事例E
19世紀フランスの「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユーゴは1879年、奴隷制廃止記念の祝宴でこう述べた。

「 南下したまえ! 
アフリカには歴史がない。
しかしアフリカは世界にとって重要だ。
アフリカに人が住んでいれば、それは未開的野蛮だ。
諸君の抱く過剰なものをアフリカにつぎこみ給え!
同時に諸君のもろもろの社会問題を解決し給え! 」

国内で社会的正義を訴える一方で、非西欧世界に対しては差別的でした。注釈1.





<  2.  New Caledonia  >
< 2. ニュー・カレドニア >


Case F
I quote the description of New Caledonia from a book written about the French colonies issued in 1888.  Annotation 2.

"On this vast land, the population of 70 thousand were reduced to 23 thousand people for less than half a century.
The causes of the population decline were various.
.....
British, Spanish, American, Australian hunted indigenous people at the beginning of colonial occupation, but we did not hunt indigenous people.
France treats all barbarian as human, and we will not be criticized as the colonization upon a grave. "


事例F
1888年に発行されたフランスの植民地について書かれた本から、ニュー・カレドニアの記述を引用します。注釈2.

「この広大な土地で半世紀も経ないうちに人口7万が2万3千人になった。
人口減少の原因はさまざまである。
・・・・
イギリス人、スペイン人、アメリカ人、オーストラリア人たちは植民地占領の当初に原住民狩りをしたが、我々は原住民狩りをしていない。
フランスは・・・すべての野蛮な民族に対して人間的であり、『墓場の上に植民化』しようとするといった非難を浴びることはないだろう。」



Case G
In 1905, one Catholic pastor said at a meeting for protection of indigenous people.  Annotation 3.

" In France, people are punished for stealing and thieving, but why are not the same people punished for it in distant area that black people live near the equator in Africa, and Chinese wearing different clothes live in?
One reason of it is egoism.
This is forbidden by good sense and Christian spirit.
There are two types of morality here.
.....
Action that hurts us are forbidden to other person, and the same action is forgiven when we gain the benefit of it.
.....
We are expanding our influential sphere, making a marketing channel for products, doing colonization, and civilizing, etc. "



事例G
1905年、ある原住民保護の集会で一人のカトリック牧師が言った。注釈3.

「フランス本国で泥棒や盗みは罰せられるのに、遠いアフリカの赤道下の黒人や衣服の違う中国人のところでは罰にならないのか。
エゴイズムによるものがある。
それは理性やキリスト教精神によっては禁じられているものだ。
二種類の道徳がある。
・・・
我々を害するものは他の人々には禁じられ、その同じことがわれわれの得になる時は許されている。
・・・我々の影響圏を拡大し、商品の販路をつくり、植民化し、劣った人種を文明化するなどいっているのだ。」




*3


Case H
I quote from an article on imperialism of “Histoirie de l'Europe" published in 1994. Annotation 4.

"The rise in this nationalism did not compromise the sense of solidarity of the entire Europe that had been handed down from generation to generation.
This is because, in large part, this emotion has been fostered by collective superiority consciousness towards other countries in the world.
Adversely, It was also strengthened from the fear of being threatened someday by foreign forces, especially Asian powers. "


事例H
1994年刊行の歴史教科書の帝国主義から引用。注釈4.

「このナショナリズムの高まりは、長らく引き継がれてきたヨーロッパ全体の連帯感を損ないはしなかった。
というのは、この感情は世界の他の国々に対する、集団的な優越意識によって醸成されてきた、という部分が大きかったからである。
またそれは、裏返しに、いつの日か、外国の勢力、特にアジアの勢力によって脅かされるのではないかという恐怖心からも強められていた。」



Why did the West Europeans begin the imperialism?
Why did the people forgive their deprivation, even though people pulling the imperialism had economic and political incentives ?
I think that the people were able to avoid the guilty conscience by the following psychology.

* Superiority of Western European civilization: They considered different culture, social system, or custom as rudeness.

* Superiority of Christian : Anything was permitted for the purpose of missionary work towards heathen.

* Superiority of white folks:  All folks except white folks were regarded as undeveloped.

* Fear of foreign civilization:  They were anxious about invasion from Asia. Annotation 5.

* Competitive spirit within Western Europe: each country feared becoming a loser if lagging the competition.

These were created from the situation of the time, but if we think about it well, we can notice it may happen outside the Western Europe.

The important is that it happens at any time unless we hard control ourself.

This continues to the next time.



西欧人はなぜ帝国主義に走ったのか?
帝国主義を牽引した人々には経済的・政治的な動機があったとしても、なぜ国民はその収奪行為を許したのだろうか?
私は国民が以下の心理によって罪の意識を回避出来たと考える。

* 西欧文明の優越: 異なる文化・社会制度・風習を低俗と見なす。
* キリスト教の優越: 異教徒への宣教の為には何でも許される。
* 白人の優越: 白人以外の人種をすべて未発達と見なす。

* 異文明に対する恐怖: アジア等の侵略を懸念。注釈5.
* 西欧内の競争心: 競争に遅れると敗者になる恐怖。

これらは当時の状況から生まれたものですが、よくよく考えてみると西欧以外でも起こりうるものです。

要は、よほど自制しない限り何時でも起きることなのです。


次回に続きます。



注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」のp45より.

注釈2.
同上のp174より.

注釈3.
同上のp182より.


注釈4.
同上のp151より.
詳しくは「ヨーロッパの歴史・欧州共通教科書」のp322より。

注釈5.
特に1905年の日露戦争後の日本に対して。


20161218

ドラマ「東京裁判」を見て


 *1



今日は、素晴らしい再現ドラマ「東京裁判」を紹介します。
これはNHKのテレビ番組で、この12月12~15日に放送されたものです。
YouTubeで「東京裁判 NHKドラマ」が見れます。



< 2. 実在の主役達 >

上の写真: 東京裁判の被告席。
中央の写真: 東条内閣。
下の写真: 東京裁判の11人の判事達。



はじめに
東京裁判は、勝者の意趣返し、または戦争否定に繋がったと評価が分かれている。
また私にとって東京裁判はいつか全貌を知らなければならない課題でした。

それは、「日本を戦争へと突き進ませた状況をどう見るか?」でした。
言い換えれば、「戦争の責任は国の指導者、国際状況、国民のいずれがより重いのか?」になる。

今一つは、「国際法(国家間で作った条約など)に期待を託せるのか?」でした。
言い換えれば、「国際法で国家や戦争を裁くことが可能か?」になる。

その答えは先送りになったが、私はドラマに救われた思いがした。
ドラマでは各国から派遣された11人の判事が「日本の戦争」に真剣に取り組み、篤く議論する姿が描かれていた。
彼らは「悲惨な戦争の再発防止」「残虐行為への懲罰」「厳密な法適用」「戦争への根源的な問い」など、それぞれの信条に従い議論し、ぶつかりまた協力して行く。
そして半年で終わるはずの裁判は2年半に及んだ。

超難題を抱える裁判の裏側を、各国の名優が演じ切った。
素晴らしい人間ドラマです。


東京裁判について、マイペディアよりコピー

「極東国際軍事裁判が正称。
1946年1月19日連合国最高司令官マッカーサーの命令で設立された極東国際軍事裁判所が日本の戦争指導者に対して行った裁判。
原告は米・英・中・ソのほか7ヵ国。
同年5月3日より東京市谷で開廷。
裁判長はオーストラリアのウェッブ。
首席検察官は米国のキーナン。
戦争犯罪を〈平和に対する罪〉〈殺人の罪〉〈通常の戦争犯罪と人道に対する罪〉に分けて満州事変以来の日本軍閥の侵略を追及。
1948年11月12日判決。
東条英機ら7名が絞首刑,荒木貞夫ら16名が終身禁錮。
ニュルンベルク裁判とともに二大国際裁判といわれる。」


日本の戦争
満州事変に始まり日中戦争へ、さらに真珠湾攻撃から太平洋戦争へと突き進んだ。
そして、最後は日本全土の空襲と原爆投下で終戦となった。
この第二次世界大戦で世界の人口の2.5%(民間人5500万人、軍人2500万人)が死んだ。



< 3.日本の戦争 >




< 4. ドラマのシーン 1>

上の映像: 判事達が裁判に臨むシーン。
先頭にいるのはオーストラリアのウエッブ裁判長。

下の映像: 判事全員が被告人の罪の有無、量刑について議論するシーン。

初めは、まとまっているように見えたが、やがて亀裂が走り始める。
その一つの論点は「平和に対する罪」で被告を裁けるかどうかでした。

実は、世界はながらく戦争を国家の権利(自衛権)と見なしていたのです。
どう法律家があがいても、戦争する国を止めることが出来なかったからです。
一方、戦闘手段の制限は12世紀頃から国際法として徐々に発展し、戦争犯罪が確定していった。
しかし、世界は第一次世界大戦後の壮絶な殺し合いを経験し、戦争を違法とするパリ不戦条約を発行した。
しかし、これは不完全であり、また戦争を再発させてしまった。
その反省から、第二次世界大戦中の1995年に連合国が中心となり「平和に対する罪」を規定した国際軍事裁判所憲章を急遽作った。

それに加え、様々な論点が波乱を呼んだ。



< 5.ドラマのシーン2 >

一番上の写真: オランダのレ-リンク判事と竹山道雄(「ビルマの竪琴」の著者)との交友。
レ-リンク判事はパール判事に感化され、後に判決に対する反対意見書を提出した。
彼は事後法の問題は逃れえるが、日本の指導者への極刑は過ぎると反対した。
ドラマでは、彼が中心になっているように思える。

二番目の写真: 英国のパトリック判事(中央)が中心となって日本の戦争指導者に断固、極刑を課する多数派を結成する。
アメリカ、中国、フィリピン、ロシア、カナダ、ニュージーランドがこれに同調し、弱腰の裁判長の追い出しや判決文作成を担った。
彼らは国際軍事裁判所憲章の順守とニュルンベルク裁判の成果を損ねないことを盾にした。
そこには各国の事情や個人の偏見や復讐心が垣間見えた。

三番目の写真: インドのパール判事。
彼は当初から、法の恣意的な適用に断固反対し、1235ページに及ぶ別個の判決文を提出した。
日本の行った戦争犯罪を裁くことは可能だが、法のプロが事後法の「平和に対する罪」を適用することがあってはならないとした。
また焦土と化した日本を見て、欧米先進国の身勝手さと思い上がりを痛烈に批判した。
それは原爆投下、また世界に害悪をもたらした帝国主義、日本を軍事大国に追い込んだかもしれない行為を顧みない姿勢です。

四番目の写真: フランスのベルナール判事。
彼も法律家として、東京裁判が正当化出来ないとして、反対の立場から意見書を提出した。



<6.資料 >

上の地図: 第二次世界大戦での日本の最大占領地。
中央の写真: マッカーサーと天皇。
二人は東京裁判での日米の主役でした。

下の写真: 実写フイルム。
東京裁判で日本側弁護人となった米国のブレイクニーの口からから発せらた驚くべき言葉。
「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。」


あとがき
私はこの手のNHKの活躍を誇り思い感謝します。
これまでもNHKは、ベトナム戦争や日本の戦争について徹底した調査を行い、分かりやすい形で放送して来た。
このドラマはオランダ、カナダとの共同制作で、8年もの歳月をかけたらしい。

ドラマで描かれた赤裸々な葛藤や苦悶、断固意思を貫く人々が絡み合う血の通った論争シーン、どれもが私を魅了した。

一方で残念なこともある。
無理だとは思うが、国際法の今後、「世界が国家の不正義を裁くこと」の意味を語って欲しかった。

残念ながら、現在の状況を見るとパール判事の言った、「世界はまだ未成熟である」が70年後も変わらないようです。
相変わらず、大国は恣意的な戦闘や軍事援助を行い続け、止める算段がないどころか、深みにはまるばかりです。

お読みいただき感謝します。



20161213

Bring peace to the Middle East! 51: religion and persecution 5: Persecution of Jewish people 3

中東に平和を! 51: 宗教と迫害 5: ユダヤ人の迫害 3




<  1.  children of a Polish ghetto  >
< 1.ポーランドのゲットーの子供達 >


We saw the deep-rooted persecution of Jews in Europe last time.
We get closer to the origin from now on.

前回、西欧でのユダヤ人迫害の根の深さを見ました。
これから、その起源に迫って行きます。




<  2. Milan Cathedral  >
< 2. ミラノ大聖堂 >


Swear words of great Church Fathers

In the fourth century, a bishop of Milan said.
"The synagogue is a gathering place of infidel whom God forever convicted, a house of profane persons or a hideout of madman."

In the fourth century, a sermon by a bishop of Antioch.
“If the Jew is a demon or devil, shouldn't you escape from the Jew?
Getting friendly with the Jew who killed the son of your God and is a killer who crucified Jesus is to despise your God, doesn't it?”

In the 16th century, German religion reformer, Martin Luther wrote.
" The Jew is a beast that bears malice, viper, poison, devil incarnate,.... and dung of pig."
" Christian! You must not doubt that there is not person being more harmful and cruel than true Jew living next to you."
"We burn a synagogue, and we must throw sand and mud to whoever running away from the fire. "


偉大な教父の罵り
4世紀、ミラノ司教。
「ユダヤ教会堂は神ご自身の永遠の断罪の下にある不信心者のたまり場、不敬な者の家、血迷った男たちの隠れ家である。」

4世紀、アンティオキア司教の説教。
「ユダヤ人が悪霊、悪魔自身であるとしたらユダヤ人から逃れようとしないだろうか。
ヤダヤ人はあなたの主の子を殺した・・・・イエスを十字架につけた殺し屋を重んじたり、つき合いを深めることは主を侮蔑することになるではないか」

16世紀、ドイツの宗教改革者ルーター。
「ユダヤ人は悪意に満ちた獣、腹黒い輩、胸くそ悪いくず、害悪、悪魔の化身・・・豚の糞」
「キリスト教徒よ、あなた方の隣にいる本当のユダヤ人以上に残酷で有害で悪辣な者はいないことを疑ってはならない。」
「ユダヤ教会堂を燃やし、その火から逃げ出す者が誰であれ、砂と泥をかぶせねばならない」




<  3.  Crucifixion of Jesus >
< 3. イエスの磔刑 >

Why did the great Church Fathers repeat such swear words?

There is the grounds in “The Gospel According to Saint John”

7-1
“And after these things Jesus walked in Galilee: for he would not walk in Judaea, because the Jews sought to kill him.”

8-44
“Ye are of your father the devil, and the lusts of your father it is your will to do. He was a murderer from the beginning, and standeth not in the truth, because there is no truth in him. When he speaketh a lie, he speaketh of his own: for he is a liar, and the father thereof.”

In the Bible, this author made Jesus say that the Jew was a murderer of Jesus and a child of devil.
The hostility against the Jew already rose and overflowed.
It is thought that this book was completed in the end of first century.
Annotation 1.


なぜ偉大な教父はこのような罵りをく返したのだろうか?

「ヨハネによる福音書」にその根拠が見える。

7章1節
「その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。
ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。」

8章44節
「あなたたち(ユダヤ人)は、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。
悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。
彼の内には真理がないからだ。
悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。
自分が偽り者であり、その父だからである。」

ここで、作者はユダヤ人がイエス殺しであり、悪魔の子だとイエスに言わせている。既にユダヤ人への敵意が満ち溢れている。
この書は1世紀末に成立したと考えられている。
注釈1.




< 4. Saint Paul image in front of San Pietro Cathedral >
< 4.サンピエトロ寺院の前に立つ聖パウロ像 >

From “The Epistle of Paul the Apostle to the Romans”

11-18
“ Glory not over the branches: but if thou gloriest, it is not thou that bearest the root, but the root thee.”

Saint Paul criticizes the Jew in another place, but says here that you must not look down on the Jew.

He developed Christianity into for foreigner from only for the Jew, and was an apostle who built a route to the world religion.
It is said that St. Paul wrote this letter in early 58.

When comparing these two sentences, the apostle seems to have not looked down on the Jew during the missionary work in the middle of first century, but the situation seems to have changed around the end in the first century.

This continues the next time.


パウロの「ローマの信徒への手紙」11章18節を見ます。

「折り取られた枝に対して誇ってはなりません。
誇ったところで、あなたが根(ユダヤ人)を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。」
パウロはユダヤ人を別の個所で非難はしているが、ユダヤ人を見くだしてはならないとしている。

パウロはユダヤ人だけのキリスト教から異邦人のキリスト教に発展させ、世界宗教への道筋をつけた使徒です。
この手紙はパウロが西暦58年初頭に書いたとされる。

二つの書を比べると、1世紀中頃、まさに使徒が布教に専念している折は、ユダヤ人をそれほど敵視していなかったが、1世紀も末になると状況は変わったように思える。


次回に続きます。


注釈1.
「ヨハネによる福音書」の作者は12使徒のヨハネとは異なる人物で、後に伝聞によってこの福音書を書いたとされる。
また4つの福音書の中で、これは他の3つの共観福音書と内容が異なり、独自の考えで書かれており、福音書の中では最後のものと考えられている。

20161211

Bring peace to the Middle East! 50: religion and persecution 4: Persecution of Jewish people 2

中東に平和を! 50: 宗教と迫害 4: ユダヤ人の迫害 2



< 1. アンネ >

We looked at the Persecution of Jews by the Nazis last time.
We pursue the history of the Persecution of Jews in Europe this time.

前回、ナチスによるユダヤ人の迫害を見ました。
今回、西欧でのユダヤ人迫害の歴史を追います。




<  2.  An invasion of Palestine by the Crusade  >
< 2. 十字軍のパレスチナ侵攻 >


The history of the Persecution of Jews in Europe
Persecuting Jews was not limited to just Germany during the Second World War.
From a long time ago, the storm of the persecution of Jews had raged from Europe to Russia.

When motion of the Crusade became lively in the eleventh century, people who considered Jews the enemy of Christian turned into a mob and killed one-third of Jews in Germany and north France.

In the thirteenth century, anti-Judea riot happened, and Jews who had served British royal families became deportation.
But, in the 18th century, the U.K. established a Jewish district in London to win intense world trade competition.

Jews of France had lived as merchants or craftsmen in some cities, but in the 14th century, the motion of anti-Judea happened, and the Jews were ousted.
But, after the French Revolution, the Jews were endowed with equal right once.

When the pest was epidemic in the 14th century, the false rumor that Jews threw poisons into wells spread, and the persecution and slaughter against them happened in each place.
From this time, the Jew was forcibly segregated into ghettos.

When Reconquista was completed in the Iberian Peninsula in the 15th century, not only Muslim but also Jew was ousted.
And, the Inquisition was carried out against Christian converts who still stayed, and most of the execution by burning were Jews.

The Jew that was ousted from Europe flowed into Poland and Russia of the east side.
Whenever countries the Jew immigrated to were confused, here again the Jew was persecuted as an outlet for complaint and betrayer.



西欧でのユダヤ人迫害の歴史
大戦中のドイツだけがユダヤ人迫害を行ったのではありません。
西欧からロシアにかけて、遥か以前からユダヤ人迫害の嵐が吹き荒れていた。

11世紀、十字軍運動が盛り上がると、ユダヤ人をキリスト教徒の敵とみなした民衆が暴徒化し、ドイツや北フランスのユダヤ人を三分の一を殺した。

13世紀、反ユダヤ暴動が起こり、英国王家に仕えていたユダヤ人が国外追放となった。
但し、18世紀、英国は激しい貿易競争に勝つためにロンドンにユダヤ人地区を設けた。

フランスのユダヤ人は幾つかの都市で商人・職人として暮らしていたが、14世紀になるとユダヤ人の迫害が進み、追放された。
但し、フランス革命後、ユダヤ人に平等の権利が認められたことがあった。

14世紀、ぺストが大流行すると、ユダヤ人が井戸に毒を投げ込んだデマが広がり、各地で迫害や虐殺が起きた。
この頃から、ユダヤ人をゲットー(居住区)に強制隔離するようになった。

15世紀、イベリア半島でレコンキスタが完了すると、イスラム教徒だけでなくユダヤ教徒も追放された。
そして残ったキリスト教改宗者に対して異端審問が行われ、火刑の多くはユダヤ人であった。

これら西欧から追放されたユダヤ人は東方のポーランドやロシア側に流入した。
ここでもユダヤ人は、移住先の国が混乱する度に、不満のはけ口や裏切り者として迫害されることになった。





<  3.  Jews were sacrificed when the pest was epidemic >
< 3. ペスト流行時、犠牲になったユダヤ人 >

Why was the Jew persecuted?
There are some common points about the background of above-mentioned persecutions.

When certain society fell into an difficult economic situation, the dissatisfaction of the people was turned to rich Jews, and their assets were often plundered.

The reason why moneylender is outstanding to Jew is Christian could not enter the moneylending business because the Old Testament (Deuteronomy) had prohibited the interest rate.
On the other hand, all restrictions were imposed on the Jew of Europe, they could not go into agriculture or guild (trade association), and had no choice but to go into a moneylending business or entertainment.  Annotation 1.

The Jew was despised and was considered as a betrayer, then was often considered as a cause of epidemic or natural disaster.
Because the Jew had repeated Diaspora and emigration, when they were persecuted, they sometimes asked for help from other countries, and went over to the other side.
The same as many victims of discrimination , it came to develop the group's own identity to strengthen solidarity, and they became more remote from the neighboring society.

However, the largest cause is elsewhere.
It was closely related to the fact that the Jew had been able to coexist with Islam until one century ago.
In other words, it is the antagonism between Christianity and Judaism.
In an extreme instance, the Christianity was established by adding the New Testament to the Old Testament of the Judaism and was the religion like the brothers of it.
However, the establishment of Christianity made the Jew unfortunate.

This continues the next time.




なぜユダヤ人は迫害を受けたのか?
前述の迫害が起きた背景に幾つかの共通点がある。

社会が経済的苦境に陥ると民衆の不満が裕福なユダヤ人に向けられ、資産が略奪されることもあった。

ユダヤ人に金融家が目立つのは、旧約聖書(申命記)が金利を禁止していたのでキリスト教徒は金融業に参入出来なかったことによる。
一方、西欧のユダヤ人は、あらゆる制限を課せられ、農業やギルド(同業者組合)に参入出来ず、金融業や芸能などを生業にせざるを得なかった。注釈1.

ユダヤ人は蔑視され裏切り者と見なされており、疫病や天変地異の原因にされた。
ユダヤ人は離散と移住を繰り返していたので迫害されると、救いの手を他国に求めたり、また寝返ることもあった。
多くの被差別民と同様に、団結を強めることが集団の独自性を高めることになり、より周辺社会から疎遠になってしまった。

しかし最大の要因は別にある。
それは、一世紀前まで、ユダヤ教徒はイスラム世界で共存出来ていたことと関係があります。
つまり、キリスト教とユダヤ教の対立なのです。
キリスト教はユダヤ教の旧約聖書に新約聖書を加えて成立した兄弟のような宗教です。
しかし、キリスト教の誕生がユダヤ教徒に悲運を背負わせることになったのです。


次回に続きます。


注釈1.
申命記(旧約聖書)による金利の禁止はキリスト教徒よりもユダヤ人にとって重大なのですが、二つの逃げ道があった。

「同胞に利子を付けて貸してはならない。・・・外国人(異教徒)には利子を付けて貸してもよい・・」24章20-21より
ハムラビ法典でも、国内と国外で法律の適用を変えている。

「主はあなたを祝福されるから、多くの国民に貸すようになるが、借りることはないであろう。」15章06節より

またユダヤ人は中東において古代より高い文化を持ち王宮に仕え、離散によるネットワークを生かし貿易で活躍していた。
西欧において、キリスト教徒は金融業から締め出されたので、逆にユダヤ人は金融業で成功することになった。


ここで宗教に共通する現象がみられる。
それは金利や利益の扱いです。
ほぼ世界の経典宗教は、金利や商業を蔑視し禁止していた(実際には行われていた)。
これは当時の小さな同族社会では、利子や利益を貪る行為が融和を乱し、紛争を招くと考えられていたからです。
しかし、時は流れ、産業と貿易が発展すると偽装金利が横行するようになり、ついには金利を容認せざるを得なくなった。

それぞれの教団は聖典の解釈を変更せざるを得なくなった。
キリスト教では、13~14世紀にかけて、一部の利子を認めていくことになった。
16世紀の宗教改革以降、利子取得は容認されるようになった。

イスラムでもコーランは利子を禁止していた。
資金の貸与は利子以外の方法で利益が得られ行われていたが、商事会社の発達を阻害しいた。
19世紀後半、ファトワーが発せられ、ムスリムも利子や配当を受け取れる場合が認められた。
最近では利子取得を回避する手として、銀行と融資を受けた事業体が共同経営を行い、利益を配分する例がある。

ここで興味深いのは、聖典に遺存した古い規律が社会の変化に適合しなくなると、教団は何とか解釈の変更で問題解決を図っていることです。


20161209

Bring peace to the Middle East! 49: religion and persecution 3: Persecution of Jewish people 1

中東に平和を! 49: 宗教と迫害 3: ユダヤ人の迫害 1




<  1. Merchant of Venice >
< 1. ベニスの商人 >

Previous time, we knew how Islam had been seen from Europe.
From now on, I will investigate why Jewish people were oppressed.
There is a sad nature of human repeated. 

前回、イスラムが西欧からどのように見られていたかを知りました。
これから、なぜユダヤ人は虐げられたかを探ります。
そこには繰り返して来た人類の悲しい性があります。




*2

Preface
At the start of taking up the problems of the Middle East, I had dissatisfaction toward the present conditions that Muslim in the Middle East was treated like a bad person unfairly, so I was going to investigate the truth.
However, the more I investigate, the more I feel a feeling of futility.

I can say that the most of failing to advancing the peace is due to the Middle East including the existence of radical extremists.
On the other hand, there are a lot of outside factors that embroiled the Middle East in armed conflicts.
The Middle East war began with the founding of Israel.
It seems a result of the counter action of Jewish people that had been persecuted in the Eurasian Continent.

I have handled various wars through my blog so far.
These also had many flash points in common with the Middle East.
One of them is a feeling of discrimination to produce antagonism or persecution.


はじめに
私は中東問題を取り上げるに当たり、中東のムスリムが不当に悪者扱いされる現状に不満を持ち、真実を探ろうとした。
しかし、調べれば調べるほど、空しくなってしまった。

確かに、和平が進まないのは暴虐な過激派の存在など中東の側に問題が多いと言える。
一方で、中東に紛争を呼び込んだ外部要因が数多く存在している。
中東戦争勃発はイスラエルの建国が切っ掛けでした。
それはユダヤ人がユーラシア大陸で受けた迫害の反動でした。

私は、今までブログで様々な戦争を扱って来ました。
それらにも、中東とほぼ共通する火種が存在しました。
その一つが、対立や迫害を生む差別感情です。




<  3.  anti-Semitic purges in Russia (pogrom)>
< 3.ロシアでのユダヤ人迫害(ポグロム) >

Jewish misfortunes
Looking around the world, I don't know a race such as Jew that had been so despised and achieved success.
After the extinction of Israel, the Jew was scattered all over the world and continued being persecuted for 2,000 years, and accomplished the founding of Israel in the same area.
Now, it could say that the Jew is one of the world's top race in knowledge, information, and
capital power.
The Israel is an advanced industrial country, and an eminent military nation having nuclear weapon.

Why was this excellent race despised and persecuted for 2,000 years?
It originated in Jerusalem and arose from a grudge bred in Europe.
The grudge seems to have been amplified by a fervent devotion.


ユダヤ人の悲運
世界中見渡して、ユダヤ人ほど侮蔑され、かつ成功した民族を知りません。
ユダヤ人はイスラエル滅亡後、世界に離散し、2000年間迫害され続けた後、同じ地に建国を成し遂げた。
今やユダヤ人は知識や情報、資本力で世界有数の民族と言えるでしょう。
イスラエルは先進工業国であり、核兵器を持つ有数の軍事国家と言える。

なぜこれだけの事を成した優秀な民族が、2000年もの間、侮蔑され迫害されたのだろう。
それはエルサレムに始まり、西欧で醸成された怨念が災いしている。
その怨念は篤い信仰心によって増幅されたように思える。




*4


A Jewish tragedy
The most known tragedy will be the Holocaust by Nazis Germany.
While World War II, the German military killed 6 million Jews in concentration camps and forced labor.

Why did Hitler do such a reckless act?
Hitler described the reason in "Mein Kampf".
“ It is our only purpose to achieve the existence and prosperity of our German race as Aryan that can create excellent culture.
....
The pacifism, democracy, and internationalism to antagonize Germany nationalism are means for world conquest by "Jewish race" as a destroyer of all culture. “

Why did Hitler hate Jew so much?
This happened in the process that Germany became a fascism from the bottom after World War I.
He professed the defeat and economic ruin of German were mainly due to Jew.
Jew was always despised as miser, betrayer and vulgar person than before.
Then, Hitler thought that necessary condition for the revival of Germany was to get Eastern Europe again by the fight with the Soviet Union.
On the other hand, anti-Semitic purges in Russia became harsh, and many Jews flowed into Eastern Europe from Russia.
Because Germans were afraid of the Soviet Union and communism, they worried about Jewish betrayal.
Thus, Germans obeyed racial discrimination of Hitler blindly.

This continues the next time.




ユダヤ人の悲劇
最も知られているのはナチス・ドイツによるホロコーストでしょう。
第二次世界大戦中、ドイツ軍は強制収容所と強制労働などで、600万人のユダヤ人を殺害した。

なぜヒトラーはこのような暴挙に出たのだろうか?
ヒトラーは「わが闘争」でその理由を述べている。
「文化を創造し得る『アーリア人種』たるドイツ民族の生存と繫栄こそが、唯一の目的であり、・・・
さらに、ドイツ民族主義に敵対する平和主義・民主主義・国際主義は、文化破壊者たる『ユダヤ人種』による世界制覇の手段である。」

なぜヒトラーはここまでユダヤ人を目の敵にしたのか。
これは第一次世界大戦後、どん底のドイツがファシズム化する過程で起こった。
彼はドイツの敗因と経済破綻の主因の一つをユダヤ人のせいにした。
かねてから、ユダヤ人は守銭奴で、裏切りが者で、低俗な民族と蔑視されていた。
またヒトラーはソ連と戦い、東欧を獲得することがドイツ再興の条件としていた。
一方、ユダヤ人迫害(ポグロム)が苛烈化し、ユダヤ人がロシアから東欧に流入していた。
ドイツ国民はソ連と共産主義を恐れていたので、ここでもユダヤ人の裏切りを懸念した。
こうして、ドイツ国民はヒトラーの人種差別に盲従することになった。


次に続きます。









20161206

Bring peace to the Middle East! 48: religion and persecution 2: Prejudice against Islam



中東に平和を! 48: 宗教と迫害 2: イスラム教への偏見





*1

Previous time, we look at the antagonism and persecution that arise from Buddhism or Hinduism.
From now on, I look at the antagonism and persecution between religions (Judaism, Christianity, and Islam) that were born in the Middle East.


前回、仏教とヒンドゥー教がもたらした迫害や対立を見ました。
これから、中東で生まれた宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の迫害や対立を見ます。


What is understood from previous examples of the Buddhism and Hinduism
Religion retained laws and social system of that time, and also kept the discrimination.
In addition, it regards the heresy with hostility to secure the legitimacy, and the antagonism arises.
The religious community will promote these strongly.

前回の仏教とヒンドゥー教の例からわかること
宗教は当時の規範や制度を遺存し、差別を温存することになる。
また正当性を確保する為に異端を敵視し、対立を生むことになる。
教団がこれらを強力に推し進めることになる。




<  2.  the Ottoman Empire was capturing Vienna  >
< 2.オスマントルコのウイーン攻略 >


How did Europe cognize Islam?
“ It is fundamentally impossible that Muslim tolerably governs Christian countries.”
In the late 19th century, British prime minister Gladstone swore in this way.
He was a pious Christian and dominated during the colony expansion.

"The sword and Koran of Muhammad are the biggest enemy for civilization, freedom and truth since recorded history."
In the late 19th century, Scottish Islamic scholar William Muir said in this way.
He was a colonial administrator in India, too.

There are still persons believing "the Koran or a sword" as words indicating the aggressiveness of the Islam, but this is only a forgery.

“This notorious swindler Muhammad was the founder of the heresy doctrine.”
It was written in a famous encyclopedia of the end of 17th century.


西欧はイスラム教をどう見ていたのか?

「ムスリムが文明化されたキリスト教徒諸民族の上に善政を、またはなんとか我慢できる統治を敷くなどは根本的に不可能だ。」
19世紀後半、英国の首相グラッドストンはこう言い放った。
彼は敬虔なキリスト教徒であり、植民地拡大期に君臨した人物です。

「ムハンマドの剣とコーランとは文明・自由・真理に対する有史以来最大の敵である。」
19世紀後半、スコットランドのイスラム学者ウィリアム・ミューアはこう言った。
彼はインド植民地の管理者でもあった。

今でも「コーランか剣か」をイスラム教の攻撃性を示す言葉として信じる向きがあるが、これは捏造に過ぎない。

「これぞ名うてのペテン師ムハンマド。宗教の名を語るに至った異端教説の始祖にして創立者」
非常に影響力のあった17世紀末の百科事典「東洋全書」に書かれている。





<  3.  Luther  >
< 3. ルター >

In the beginning of 16th century, Luther criticized that the Roman Catholic Church had been made by devil in the Christendom as same as the heresy of Muhammad.
He was a theologian who became a pioneer of the Reformation, but he regarded heresy with hostility and also criticized Judaism severely.

The prejudice against the Islam does not seem to change from old days.
The prejudice of the westerner against the Muslim can be summarized into three words: sexual license, murder, and compulsory conversion.
This matches the image of "Thousand and One Nights (Arabian Nights)" introduced in Europe of 1704.


16世紀初め、ルターは、ローマ・カトリック教会のことを、ムハンマドの異端と同類であってキリスト教世界内部に悪魔がこしらえたものだと批判した。
彼は宗教改革の先駆けとなった神学者ですが、異端を敵視しユダヤ教も痛烈に批判している。

どうやら昔からイスラム教に対する偏見は変わらないようです。
ムスリムに対する西欧人の偏見は性的放縦や殺人、強制改宗に集約されます。
これは1704年、西欧に紹介された説話集「アラビアン・ナイト」のイメージに結び付きます。




<  4.  Egyptian conquest by Napoleon  >
< 4. ナポレオンのエジプト遠征 >

Why did such prejudice be born, and why did it remain strongly?
The Islam worships the one God as same as Christianity, and two doctrines are similar.
However, it is different to deal with Jesus and the Trinity, etc.
Christian will regard it as heresy.

The Islam was an invader and menace for Europe since the birth period.
Actually, Spain in the west side and Austria in the east side were exposed to their aggression.
Most of Europe lacked the opportunity to know this area and only knew through Byzantine Empire at most.

However, Europe came to have confidence in own civilization when it experienced the Industrial Revolution (since the mid-18th century).
On the contrary, in the end of 18th century, Napoleon conquered Egypt, and Europe ruled the Middle East since the mid-19th century.
Europe had already colonized most parts of the world, but people resisting most stubbornly was only Muslim.

Thus, both religions deepened opposition feelings while having a sacred place in same Jerusalem.


This continues the next time.





なぜこのような偏見が生まれ、強固に生き続けたのでしょうか?
イスラム教はキリスト教と同じ唯一神を崇め、教義が似ています。
しかしながらイエスや三位一体の扱いなどで違いがあります。
これはキリスト教徒にとって異端に映るのでしょう。

西欧にとってイスラムは誕生期から侵略者であり、脅威であった。
実際、西側のスペインと東側のオーストリアは彼らの侵略に晒された。
西欧の多くはこの地域を知る機会に乏しく、せいぜいビザンチン帝国を通じてであった。

しかし西欧は産業革命(18世紀半ば~)を経る頃には、自らの文明に自信を持つようになった。
逆に、18世紀末、ナポレオンはエジプトに遠征し、西欧は19世紀半ば以降から中東を支配した。
既に西欧は世界の大半を植民地にしていたが、最も頑強に抵抗したのはムスリムだった。

こうして両宗教は聖地を同じエルサレムに持ちながら対立感情を深めていた。


次回に続きます。