20170922

何か変ですよ 72: 日本の問題、世界の問題 8: おかしな認識の数々





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前回、世界経済は危険な兆候を示しているが、人々が無視し出来る理由があります。
今回は、その根底にあるおかしな認識について見ます。


第一章 はじめに
前回示した危険な兆候には、日本だけでなく先進国で深まる所得格差、経済成長の低下、繰り返し巨大化する金融危機、急伸する累積赤字がありました。
日本に限っては人口減があります。

人々がこの兆候を無視する理由には、自由放任主義とグローバル化への信奉が背景にあることがわかりました。
これが金融セクター(金融資本家)が政府をリードし、一方で自虐労働観が蔓延ってしまった原因にもなった。

前回、この危険な兆候はほんの40年前の人為的な政治・経済の転換から始まったことを示しました。
そして、現在、益々危険度は高まり、改善の兆しはありません。

人々が危険な兆候を前にして傍観出来るのは、これらを危険と認識しない理由があるからです。


 
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第二章 これら兆候を危険と認識出来ない理由とは

私が危険と見なす幾つかの兆候を、人々が危険と認識しない理由を探ります。
そこには繰り返される偏見や、ちょっとした思い違い、煽動があります。

a) 所得格差
「所得格差の何が悪いのか?」と思っている人もいることでしょう。
稼ぐ人が稼げば良い、働かない人は収入が無くて当然ではないか。
「収入が無いからと言って、儲けている人の足を引っ張るな」と言う日本の経済学者もいます。

しかし所得格差が放置されると幾つかの問題が発生します。
多くの低所得層の消費が伸びず経済発展が阻害されます。
貧困家庭では充分な教育が行えず、適切な労働者の再生産が出来ない。
いずれ所得格差が拡大し、社会に不満が充満し治安の悪化が起こる。

しかし一番の問題は、多くの国民が勤労意欲を無くしてしまうことです。
これは歴史的に繰り返された文明崩壊の最たる要因であり、また現在の後進国の発展を阻害する原因でもあります。

つまり放置することは社会の悪化を招くのです。


b) 経済成長の低下
「これだけ経済は豊かになったのだから、これ以上、浪費を招く経済成長は必要ない」と思っている人もいるでしょう。

だが経済成長は必要です。
現在の福祉政策や莫大な財政赤字を考えると、経済が縮小したり停滞すると福祉と経済はいずれ破綻することになる。
たとえ国民が生活や医療の水準を低下させることを受け入れても、わずかなりとも成長は必要でしょう。

問題はむしろ、経済が成長出来ない真の理由を先進国の首脳達が把握していないか、認めたくないことにある。
数こそ少ないが著名な経済学者が原因の指摘と献策を行っているのだが。
それゆえ、並み居る先進国は巨額の財政出動とマネサプライを続けて、景気を強引に刺激し続けています。
この挙句、膨大な累積赤字と金融危機が繰り返しているのです。

つまり、現在の国家運営においては経済成長は必要です。
但し、現在のカンフル剤の大量投与のような景気刺激策は問題を先送りし、破局を極大化させるだけでしょう。


 
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c) 繰り返し巨大化する金融危機
「バブル崩壊は資本主義経済の安全弁のようなものだ」と考える経済学者も居るぐらいなので、バブルを当然と思う人もいるでしょう。

確かに、バブル崩壊は歴史的に繰り替えされ、おそらく無くすことは出来ないでしょう。
しかし、これから起こるバブル崩壊(金融危機)はこれまでより危険度が増す。

二つの理由があります。
繰り返す内に、経済崩壊の規模が増大していることです。
このような状況は19世紀のヨーロッパでもあり、第一次世界大戦の引き金に繋がったと指摘する学者もいます。

2008年以降、先進国は軒並み、史上初と言える莫大な緩和マネーを放出しているので、景気過熱とその崩壊は世界中を巻き込む桁外れのものになるでしょう。
膨張した巨大な風船は少しの衝撃で破裂することになる。

今一つは、金融危機の度に、金融セクターと超資産家は富を増やし、一方で政府は累積赤字を増大させ、国民は失業と福祉削減のあおりを受けている。
たとえ一時バブル崩壊を逃れても、いずれ所得格差と累積債務の増大が社会と経済を破局に突き落とすでしょう。


d) 急伸する累積赤字
「GDPの2倍に迫る累積赤字でも日本は盤石だ!」と言う経済学者がおり、人々は免罪符を貰ったようなもので、深刻さに目を向けないでしょう。

しかし、いずれ累積赤字が限界を越え、破綻する可能性があります。
この限界は明瞭ではなく、国民が不安に思い始める時が限界と言えます。
残念ながら、今の経済学は儲ける手法を研究しても、社会を困窮させる現象の研究には力を入れていません。
可能性が高いのは金利上昇や、累積債務が国民の金融資産より上回った時かもしれない。

国が破綻すると言うことはどのようことなのでしょうか?
世界を見回して、国家が破綻して地図から消えたのは二つぐらいしかなく、多くは存続を続けています。
それでも傷は深かったのです。

大きく分けて二つの問題があります。

一つは、デフォルトを起こし、政府が国民や海外の投資家に借金を返さないことです。
デフォルトになれば日本人一人当たり1000万円が紙屑になるだけで、平均すればまだ預金や現金が800万円残っている。
皆が一斉に失うので、あきらめがつくはずだと軽口をたたく人もいる。

しかし、この時、国民の落胆だけでなく、金融危機と同様に経済は停滞し、厳しい緊縮財政が続くことになる。
誰も、政府に資金を提供してくれませんので。


今一つは、歴史を振り返ると、累積債務を抱え経済悪化の状況にある時、国民の不満が煽られて戦争や侵略に向かった国がありました。
例えば、政府が状況悪化を大増税や通貨増発で逃れようとした結果どうなったでしょうか?
かつて日本やドイツが他国の侵略に向かい始めたのは、そのような状況で身動きが取れなかった時でした。
これは経済学で論じる範疇を越えていますが。

つまり、歴史的事実として多くの国は累積債務の悪循環から逃れられず、ついには破局に至るのです。
たとえ今は良くても。


 
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e) 日本の人口減
「人口が減るのは豊かな社会の現れで仕方ない」と諦める人も多いでしょう。

実は、日本の景気低迷の最大の要因は人口減と言えるでしょう。
現在の人口減は、若年層が減り、労働人口が減り、そして高齢者の人口割合が増えることです。
つまり、単純に、働く人が減り、稼がない人が増えることで、確実にGDPは低下していきます。
一時期、退職者を埋め合わせる為に求人が増えても、じわじわと陰りが広がります。
これは致命傷です。

特に、日本はこれを長年放置し、労働移民も増やさないのであれば、それこそ沈没するしかない。

   
第三章 おかしなドグマ 
人々は自由放任主義や、グローバル化、自虐労働観、超繁栄する金融セクターに疑いを持たないかもしれない。
これらドグマの何が奇妙なのかを見ます。

a) 自由放任主義(果てしない規制崩し)
この論理が正しいと信じる人がよく引き合いに出すのが、「自然界は弱肉強食」だと言うのがあります。
この論理の前提に、「競争が強くする=生存競争を生き抜いた者こそが優れている」との思い込みがあります。

結論から言うと、高度な動物、まして人間に当てはめることは間違いです。
簡単に言うと、生死を分けた自然淘汰は進化の源でしたが、高度な動物ほど生存には競争と同様に協力も不可欠でした。
まして社会的な動物(霊長類、人間)には高度な利他行動が不可欠なのです。
実は、この手の進化論まがいのドグマは帝国主義の時代にも、先住民を差別する為に大いに普及したのです。

この手のドグマは保守派経済学のものと言うより、何やら不気味な時に顔を出す亡霊のようなものです。

現実の社会で考えてみましょう。
通常、国が定める経済や産業の規制の多くは、消費者や労働者の為のものでしょうか、それとも企業の為のものでしょうか?
前者もあるが、当然、政府を動かして規制を作り安いのは企業や産業側です。

企業や産業が望む規制の例としては、競争を避ける為に他者を規制するものです(関税、輸入量制限、業界均一料金など)。
一方、消費者の安全を守る為に、企業側を規制する場合もあります(公害防止、消費者金融の金利制限など)。

実際、問題がある多くの規制緩和は、企業繁栄の為に自由を与え、国民や社会への被害は二の次と言うものです。
すべてがそうではないが、米国の金融セクターが巨大化していった背景にこれがありました。

もう少し単純に考えましょう。
歴史的に見て、権力や武器、資本を野放しにするとどうなるでしょうか?
もしある人が「やがて競争の末に秩序が保たれ、必ず平和で平等な社会が訪れるはずだ」と言えば、人々は信じるでしょうか?
おそらく、嘲笑ものでしょう。

しかし、現在の経済学の主流はこのような事を平気で言い募っているのです。


b) グローバル化 
「グローバル化は必然だ!」、「グローバル化は災厄を撒き散らす!」と二つの意見に分かれ、これまた何が問題かが分かり難い。

これを例えるなら「自動車は便利だ!」「自動車は危険だ!」と同じです。
つまり危険だけど便利で捨てることが出来ない。
グローバル化を排除するのではなく、グローバル化を適切にコントロールする  ことが必要なのです。
自動車に例えれば、死亡事故を減らすために道路交通法、取り締まり、罰則などの強化が必要だと言うことです。

現在は、大型トラックの巨大コンボイが至る所を自由に疾走しているようなものです。
世界が統一的な法規制や税制を制定し、管理する必要があるのです。
もっとも、これを不可能だと一笑に付す経済学者や、猛烈に反対する業界や大国が存在するので事は簡単ではない。

大事なことは皆さんが、タックスヘイブンや、金融危機や通貨暴落に繋がる過剰で身勝手な資金移動が、これまでどれだけの実害をもたらしたかを先ず知って頂くことです。

 
c)  自虐労働観
「労働者を甘やかすとだめだ」、「労働者が団体活動するとろくなことがない」 と思っている人がいるはずです。

しかし、そうでしょうか?
  企業や経営者を甘やかすことは良いのでしょうか?
企業や産業が金に物を言わせ、社会や政治に影響力を持つことは良いのでしょ   うか?

実は、どちらも限度を越えることが問題なのです。
20世紀の前半は、労働運動の行き過ぎがありましたが、現在は企業側の行き 過ぎなのです。
実は、その前の19世紀は労働者のストが犯罪で、労働者は死を賭してスト権  を社会に認めさせた経緯があったのです。

もう一度立ち止まって、労働者自身が労働権に気づかないといけない。


d) 超繁栄する金融セクター
高々、一産業(金融セクター)の発展を妬むのは良くないと言われそうです。

この事を前回まで扱って来ましたが、やはりこの中心問題は金融セクターが巨 大な力を持ち、災厄をもたらしているにも関わらず国民の立場になって制御出 来なくなってしまったことです。
端的な例は、毎回金融危機を繰り替しておきながら、血税で救済しなけ ればならず、また財政赤字を増やし続けなければならないことです。

繁栄すること自体が問題ではなく、歴史上よくある、武力や権力の集中が恣意 的な振る舞いを増長させてしまうことなのです。
現在の問題は、金融セクターが経済と政治の中枢を握ることで起こっているの です。


第四章 何が国民を惑わしているのか

私は経済学にかなりの非があると考えます。
極論すると経済学は似非自然科学でありながら、経済を制御出来ると吹聴し、かつ国民が疑いを差し挟むことが出来ないことが問題なのです。

a) 経済学者の断言と予測は占いよりましか
巷では、「累積債務を問題にする輩は経済音痴である」「リフレ策は金利高騰を招かない」などと強気の発言をする経済学者を見かけます。

しかし、経済史、特にバブル崩壊史を振り返ると、ある種の経済学者の挙動が珍妙です。
ここ2百年あまりの数々のバブル絶長期において、なぜか新進気鋭か人気絶大な経済学者(実業家も居るが)がバブルを煽り、さらには崩壊の危険が無いと言って喝采を浴びていたのです。
当然、バブルで一儲けしようとする人々は彼に熱烈な声援を送ります。

その結果、彼はバブル崩壊と共に凋落の憂き目にあうのですが、潔く責任を取ったと言うことを聞きません。
単なる目立ちたがり屋が、たいした根拠もなく科学的な物言いによって、国民を惑わせただけなのです。
詳しくは「バブルの物語」ガルブレイス著を見てください。

あの「金融の神様」と呼ばれた元FRB議長グリーンスパンですら、2008年のバブル崩壊をまったく予見で出来なかったのです。

憤りを感じるのは、昔の天気予報、いやほとんど占いと変わらない実態なのに断言や予測を軽々とする経済学者、しかしその実害は比べものにならないほど絶大なことです。
私の経験では、彼らは経済的な予測―円高や株高など、を行って外れても、まったく平気な人々ばかりです。

つまり、高らかに歌う経済政策の将来の成果は、現在の天気予報のように自然科学上のデーターを使いシュミレーションすることが出来ていないのです。
経済政策や経済予測は、想定外の攪乱要因で多く外れることがあると、皆さんは肝に銘じて頂きたいのです。


 
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第五章 想定外の危険と向き合う

既に見たように経済的な現象とその理解、さらには問題の解決方法と将来予測には、不確定要素が多々あります。
一方、経済悪化は私達の最大の関心事で、また政治を大きく悪化させる最大の要因でもあります。
これが半世紀前のドイツと日本のファシズムの引き金になりました。

私が一番強調したいのは、想定外の危険や悪化と向き合うことの重要性です。
東日本大地震の原発事故は、福島県の10万人を越える避難者や数十兆円の損害を生みました
想定外で済まされていますが、そこに原発が無ければ、被害はなかったのです。

科学技術に基づいた設備にでも、これだけの被害が発生するのです。
まして一部の経済学者が太鼓判を押す程度の経済政策では想定外のアクシデントによって、逆の事態が起きるとも限らないのです。
増大する累積赤字による破綻、インフレ後の金利上昇、巨大なバブル崩壊など重大な懸念は幾らでも起こりうるはずです。

むしろ問題の本質は、原子力政策と一緒なのですが、経済学は社会科学と言うより、あまりにも政治化しています。
分かり易く言えば、時の政権と癒着していることです。
政権に都合の良い経済学者が重用され、互いに利便を得ていることが問題です。


 

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第六章 まとめ

経済の問題を、その思想から論じて来ました。
これらは思想と言うよりも、思い込みや好みと言えるものでした。

歴史は繰り返すと言うが、現在は20世紀前半の労働者優先から、企業優先に変わり、その歪が極大化しつつある状況です。
ここで労働者優先に転換出来るかが鍵になるのですが、残念ながら、大きな問題があります。
それは多数ではあるが非力な人々が社会を変革することは歴史的に見て困難を伴っていることです。

フランスの経済学者ジャック・アタリが言っているように、放置された累積債務の果てに来るものは内乱かもしれない。
そうならない為にも、人々が問題と向き合い、社会を変えて行くことを始めなければならない。


次回に続きます。



20170920

フランスを巡って 37: モンサンミッシェル 3






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今日は、メインストリートと修道院の入場までを紹介します。



< 2. 今回紹介する徒歩ルート >

Sの王の門からスタートし、メインストリートのグランド・リュを進み、Eの修道院の内部に入るまでを赤線で示します。




< 3. 王の門 >

上と左下のの写真: 王の門
右下の写真: 王の門をくぐって、通りを進む。



< 4. 賑やかなグランド・リュ >

狭い坂道と階段は観光客で一杯でした。
左右には土産物屋や飲食店がひしめいていた。





< 5.サン・ピエール教会 >

左上の写真: サン・ピエール教会。
階段の途中、商店が途切れた時、左手に小さな教会が見えた。
教会の入口にジャンヌ・ダルクの像が見える。

ジャンヌ・ダルクは英仏の百年戦争の時、モンサンミッシェルを目指したことがあったが、結局来ていなかったはずです。
この像は、彼女が聖ミカエルのお告げを聞いて、初めてフランス王の為に立ち上がることを決意したことに由来するらしい。


右上の写真: この階段の突き当りで通りは終わり、左に曲がると修道院が見える。撮影場所の左手がサン・ピエール教会です。

下の写真: 教会の前は小休止するには良い場所で、私達が行くと、写真の少年たちが声をかけて来ました。

彼らは「ジャパン! ジャパン!」と尋ねました。
「イエス、イエス」と答えると、彼らは嬉しそうに「ナルト! ナルト!」と連呼しました。

日本のアニメの威力は凄いです。
彼らはオランダから来たらしい。








< 6. 修道院が聳える >

階段を上り切ると、直立する修道院が聳えていた。
下の写真: 来た道を振り替えった所。





< 7. いよいよ修道院へ >





< 8. 修道院に沿ってさらに階段を上る >




< 9. さらに階段を上る >




< 10. 階段を上り切った所で >

見上げると、金色の聖ミカエルの像が青空に輝いていた。





< 11. テラスから見下ろす >

ここは高度80mぐらいになります。

中世、この険しい岩山の上に、かくも壮大でそそり立つ教会を建てたものだと驚嘆した。
当時、ここには人々の篤い信仰と高度な建築技術があった。




< 12. いよいよ入場します >


次回に続きます。



20170916

何か変ですよ 71: 日本の問題、世界の問題 7: 人はなぜ気が付かないのか?






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これまで、世界を覆っている混迷と波乱の予兆を経済問題を中心に見て来ました。
今回は、なぜ国民がこの濁流に流され続けても平気なのかを考察します。


第一章 はじめに
身近な人に、「世の中はどうですか?」と聞けば、多くは怪訝な顔をし、せいぜい「景気は良くならないですね」と答えるぐらいでしょう。
また「将来、不安ですよね」と聞くと、「そうですね」と答えるぐらいです。

さらに「このままでは行けないですよね」と投げかえると、ほとんどの人は逆に「日本ほど素晴らしい国はない」と答え、暗に政策転換を否定することになる。




< 2. 主要国の失業率の推移 >

灰色枠は米国の景気後退期(バブル崩壊)を示し、これでせっかく の金融緩和で稼いだ失業率低下を毎回帳消しにしている。
このグラフでは分からないが、この繰り返される大幅な金融緩和で 累積債務(将来世代への借金)は各国で史上最大になった。





< 3. 日本の相対貧困率 >

簡単に言えば、所得格差の拡大が未来を担う子供を窮地に追い込ん でいる。




< 4. 主要国の貧困率 >

ここで重要な事は、日本が米国の政策に追従している内に、貧困率 は先進国でもトップに近づきあることです。
さらに日本に特徴的なことは、片親家庭(おそらく母子家庭)の貧 困率が群を抜いていることです。
これは男女の賃金差と福祉政策の拙さに起因している。


日本と米国だけでなく他の先進国も押しなべて、失業率の乱高下、高まる貧困化率、繰り返す金融危機、巨大化する累積債務など、経済の悪化が続き、鬱積した不満と苛立ちは移民排斥や人種差別、右翼化などに結び付き、社会はきな臭くなっている。

多くの国民は、この悪化状況が今後、改善されると期待しているのだろうか?
この状況は一時的なもので、米国流の政策を真似ていれば解決すると思っているのだろうか?
それとも、先のことは考えたくないだけなのか?

今まで述べて来たように、現状の悪化は高々1980代から始まった先進国の政策「自由放任主義によるグローバル化」が引き起こしたものです。
そうであるならば、この政策を反転させない限り、世界はさらに混迷を深めることになる。

国民はなぜこのことに違和感を持たないのかを考察します。


第二章 疑念を抱かない不思議
昔では考えられなかった事だが、私達の子供世代(30代)の大半は非正規で働いてる。
このことを同世代の親に問うても、すべての答えは「残念です」ぐらいで、せいぜい言葉が添えられても「息子、娘が不運だった」または「息子、娘が至らなくて」ぐらいです。

これには日本人の奥ゆかしさが出ているとも言えるが、自己責任で納得してしまう特有の文化がある。
しかし、これでは問題の解決にはならない。
相変わらず、お上にお任せから抜けきれない。

この状況は、かつて規制されていた非正規雇用が規制緩和により、あらゆる職種で自由になったことにあり、さらに規制緩和は拡大中です。




< 5. 主要国の労働分配率 >

日本の労働者賃金の企業の付加価値に占める割合は、格差拡大が著 しい米国(青線)より著しく低下している。
付加価値には企業の利益、税金、人件費などが含まれる。


なぜ国民はこれを受け入れるのでしょうか?

理由は簡単で、多くの経済学者に始まり、政府・官僚や保守系マスコミ(米国寄り)までがあるドグマに囚われ、さらにその絶大な効果(?)が喧伝され続けて国民に完全に浸透してしまったからです。

これは米国に追従した原発推進のパターンと同じです。
そのドグマとは1980年代から流布した「自由放任主義こそが経済を活性化する」です。
つまり、あらゆる規制を取り除き、資本や労働、商品などが、世界中の自由市場で競争すれば、経済効率が上がり、コストは下がり、所得は増えると言うものです。

40年近く、このドグマに従い、米国を筆頭に多くの先進国がこれを実施して来ました。
しかし、その結果、米国やEU、そして日本の現状が示す通り、沈滞と失望が蔓延するようになったことは、既にこの連載で見て来ました。

それではなぜ、誰もこのドグマが悪化の原因だと疑わないのでしょうか?




< 6. 下位50%の所得割合い >

下位50%の所得割合が全体の50%であれば平等な社会です。
米国は経済成長を続けて来たが、その 内実は大半の国民を置き去 りにしているのです。
1980年代より、米国は一気にその傾向を強めている。
フランスは不平等の進行を食い止めている。

 

第三章 不思議がまかり通る原因
その大きな理由の一つは、見かけでは景気が良くなるからです。

米国で顕著なのですが、自由放任主義が進んだ結果、金融セクターが巨大化し、これがバブルを煽り、株価高騰に見られるようにGDPの上昇が起こるからです。

しかし実体は、長年のGDP上昇にも関わらず、大半の米国民の所得は横這いか低下しただけです。
残ったのは、実体経済(製造業など)の衰退、膨大な累積債務、所得格差の拡大だけと言えるでしょう。

もう一つは、多くの経済学者や政府首脳、マスコミが、今や経済の首根っこを押さえている最大の受益者となった金融セクターに追従し安住しているからです。
米国のホワイトハウスとゴールマンサックスの関係を見れば明らかです。

さらに付け加えると、自由放任主義が当時広がりを見せていたグローバル化と一体化したことにより、一国が採りうる政策の幅が狭くなったことにあります。
例えば、ある競技で、参加者はどんな有利な道具を用いても良いとするなら、一人だけ何ら道具を用いず競争するなら負けるのは当然です。
今の世界経済は、このように競争に対して無秩序、無制限に近いのです。

これらのことにより国民は反論出来なくなり、泣き寝入りするだけなのです。

このように言い切ってしまうと、国民の見識を貶めているように思われるかもしれません。
そうではなくて、皆さんは洗脳されていることを疑ってください。
そこで少し、皆さんに見方を変えることをお勧めします。



第四章 自分の首を絞める偏見の例
二つの具体例を取り上げます。

a) 最低賃金を上げれば景気は悪くなる
政府や企業は、最低賃金をむやみに上げると、先ず中小企業が倒産し、景気が悪化すると言う。
また賃金上昇は海外との価格競争で不利となり、これも経済を弱めるとする。

一方、現代の経済学では、最低賃金の上昇は消費需要を高め、この結果、景気が良くなり、企業も潤うとする。

皆さんはどちらの説を採用すべきと思いますか?

実は、半世紀前まではこの逆が実際に起こっていたのです。


b) 従業員の育児休暇が増えると企業の体力が弱まる
これは、つい昔の日本の政府や企業の考え方でした。
もし育児休暇で1回に1年間も休まれると、その穴を埋めるために余分に人材を要し、人件費増となり、経済にはマイナスでしかないと言う。
皆さんの多くはこれを当然のように思っていたはずです。

一方、ヨーロッパでは遥か以前から、国が主導して育児休暇を取らせて来ました。
フランスではなんと3年間もあり、さらに保育所の完備、充分な育児手当の支給で、出産を奨励して来ました。
これにより、フランスは2009年には、人口維持が出来る合計特殊出生率を2.0へと回復させた。
フランスは労働者不足(人口減)を補うためにヨーロッパの中でも早くから移民を取り入れて来た国で、積極的に対策を講じて来たのです。

翻って日本はどうでしょうか?
この年の日本の合計特殊出生率は1.37で、これでは人口減は必然です。
もし日本政府が、労働者にもっと目を向けていれば、現在の労働者人口減や高齢化のマイナスを緩和出来ていたはずです。
そうすれば急速な高齢化による年金給付や医療費の不安がかなり軽減され、ゼロ経済成長もここまで長引くことはなかったでしょう。


これらは単に政策ミスと言うより、政府の思考に問題があるのです。
そこに共通するのは労働者軽視であり、企業優先が蔓延ってしまっていることです。



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第五章 愚かな自虐労働観
皆さん、周囲を見渡して、労働者(定年後も)とその家族でない人がどれだけいるでしょうか?
日本の経済―供給と需要(消費)、を支えているのは労働者とその家族なのです。
しかし、いつの間にかその重要な労働者が低く扱われ、所得の低下に見舞われ、さらに真っ先に増税の対象(消費税)となり、将来は益々不安になりつつあるのです。

もっとも哀れなのは、労働者自身が労働権(ストや組合活動など)を軽視し、まるで自虐労働観に苛まれてしまっていることです。

この自虐労働観の最たる間違いについて考察しましょう。

以前、取り上げましたが、企業の内部留保が増える一方で家計の貯蓄が減っている現状がありました。

皆さんは、企業がたくさん利益を挙げなければ景気が良くならないと思われているかもしれませんが、これは少し違います。
当然、賃金上昇の原資になりますので企業の利益は必要です。
だが企業の利益や内部留保自体には景気を良くする直接効果はなく、この資金が設備投資に向かって初めて、景気が良くなるのです。
残念ながら、現在、企業の多くは設備投資より金融商品への投資に血眼ですので、株価は上がっても、実体経済への効果は期待できません。

むしろ景気(GDP)の上昇にもっとも寄与するのは家計の消費支出(国内総固定資本形成の住宅投資も含まれる)です。
つまり労働者の所得が上昇してこそ景気が持続的に上昇するのです。
このことが日本の高度経済成長時に起こったのです。

ではなぜこのような愚かな逆転現象が起きたのでしょうか?




< 8.日本の労働組合 >

日本の労働組合の組織率は1970年代後半から凋落傾向が始まった。
しかし、これは日本に限ったことではなかった。




< 9. 主要国の労働組合組織率 >
 
つまり、1980年代から世界が変わったのです。


第六章 きっかけは反動でした
一番大きい理由は、かつての政策への反動が起こったからです。

この連載で既に述べたように、1970年代までの先進国経済は「ケインズの有効重要説」(代表例、世界恐慌後のルーズベルトのニューディール政策)に従っていたことにあります。
米国では、これにより労働者の権利は擁護され、賃金が上昇し続け、これが需要を喚起し、経済発展が続いたのです。
他にも公共投資や大戦による軍需が景気を押し上げた。

しかし、1970年代の石油高騰等の要因が加わり、スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)が世界を呑み込みました。
この時、主に貨幣供給量の制御でこの問題を解決出来たのですが、同時にこの発案者(フリードマン)の保守的な経済学(自由放任主義)が主流になる切っ掛けとなりました。

これを期に、企業側と資本側が逆襲を始めたのです。
自由競争と言う名目で、労働者の権利を弱め、賃金を抑えることで利益を生むことに味を占めてしまったのです。
その後、これも自由競争の名の下に規制緩和と金融緩和(通貨増発)で、金融セクターが莫大な利益を得るようになった。
さらにグロ―バル化は、海外移転が容易な企業や資本に有利に働き、その一方で移住にコストがかかる大半の労働者には不利に働くことになった。

こうして世界の労働者は、経済学からも、政府からも、さらに世界からも軽く扱われるようになった。
その国の民主化度の差によって多少悪影響は異なりますが。




< 10. 米国のCEO(経営責任者)と労働者平均の給与比 >

いまでこそ、米国のCEOの給与は高値に跳ね上がったが、1980 年代以前は、それほどではなかったのです。


 
第七章 労働者が軽視されることで起きたこと
以前、ハーバード大学の熱血授業で米国の高額所得が論じられていました。
最後まで聞いたのですが、得るところはありませんでした。
それは高額所得者がなぜこうも増加したかを説明出来ていなかったからです。

一般には、米国経営者の高額所得はストックオプション(自社株購入権利)やM&A(企業買収)が可能にしており、米政府がこれらを解禁して来たことによると考えらている。
また巷では、これらが会社経営を活性化させているとし、高額所得は黙認されているようです。

しかし、経済学者のピケティやスティグリッツ、経済評論家のマドリックなどは、最近の実証的研究を挙げて否定している。
先ず、経営者の高額所得と企業業績との間には相関が無いと言う。

ここが重要なのですが、こんな無駄な事が起きた理由は、これらをチェックし牽制出来る労働組合の弱体にあると言うのです。
私は、この研究結果を知って、やっと高額所得の増加現象を納得することが出来ました。



第八章 日本の事情
日本の労働事情が本格的に劣化し始めたのは、世界の流れを受けて中曽根内閣の時代からでしょう。
国鉄民営化、非正規雇用の拡大、確定拠出年金(米国の401Kのコピー)などが代表例です。

非正規雇用と確定拠出年金は多くの労働者にとって待遇の悪化を招きましたが、その一方で企業や金融セクター(退職金運用手数料稼ぎ)にとっては非常に好都合でした。
そして、保守系の報道や政府発表は、これらのメリットを謳うばかりで、マイナスには一切触れなかった。
むしろ、徹底的に労働者の怠慢や労働組合の横暴をあげつらっていた。

こうして労働組合は弱体化していったが、これは米国も同じでした。
これには日本では非正規雇用が影響し、米国では法制度や裁判などが影響がした。

すると日本では、労働組合の縮小と共に野党勢力は凋落し、中小企業の商工会議系に支えられた与党は勢いづくことになりました。


こうして、この世は魑魅魍魎が跋扈するようになってしまったのです。


第九章 まとめ
日本は素晴らしい国であり、多くの人が変革で危険を冒す必要が無いと考えるのも無理がありません。
しかし、日本の良さは自然、文化伝統、治安の良さなどであり、極論すると地理的に隔絶していることにあります。
これは長所なのですが、一方で危険でもあります。

私達日本人は井の中の蛙になり易く、どうしても安逸が続くと、海外の変化に疎くなり、惰性に走りがちです。
戦後の日本は最初、米国に助けられ、その後は脅され(プラザ合意、日米構造協議など)、また長らく追従して来ました。

しかし、そろそろ状況の悪化に目を向け、自立した視点を持っても良いいのではないでしょうか?



次回に続きます。