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20191128

晩秋の北関東をドライブしました 2: 史跡足利学校


*1


今回は、旅行の最初に訪れた史跡足利学校を紹介します。
当初、期待していなかったのですが、見応えのあるものでした。
さらに素晴らしい秋晴れと紅葉が迎えてくれました。
また北関東の歴史を少し知ることが出来ました。


 
< 2.地図、概ね上が北 >

上:  足利市大観、鳥瞰図 
南側の西から東に渡良瀬川が流れており、その北側中央に足利学校があります。
中央の山の奥、北側に宇都宮、日光があり、昔は日光街道、さらには奥州街道に至り、逆に向かえば江戸に至る。

下: 足利学校の地図。
現在の姿は平成2年に復元されたものです。
堀に囲まれた、凡そ一辺120mの敷地に様々な建物があります。
ここは日本遺産、近世日本の教育遺産群として全国で4カ所、内関東で二ヵ所の水戸の弘道館と共に足利学校が認定されています。


 
< 3.足利学校の全景 >

下: 学校を陸橋から見下ろした。


 
< 4. 同じ陸橋から南北を望む >

上: 北側を見ている。
左に足利学校、さらに奥に足利氏館跡・鑁阿寺(ばんなじ)がある。

下: 南側を見ている。
直ぐ手前、大きな銀杏の木がある所が無料駐車場です。
さらに向こうには渡良瀬川が流れている。


 
< 5. 足利学校に入る >

上: 最初の門、入徳門です。
ここを入ると右手に料金所があります。

下: 次いで学校門です。



 
< 6. 中に入った >

上: 学校門を内側から見た。
この反対側には孔子廟があり、その前に杏壇門(きょうだんもん)があるのですが、工事中でした。
実はこの孔子廟が重要な役割を果たしていたのです。

下: 上と同じ撮影場所から方丈(ほうじょう)と庫裡(くり)を望む。
方丈とは禅寺の本堂です。







 
< 7. 方丈と築山のある庭 >

庭の銀杏が黄色に輝いて美しかった。


 
< 8. 庫裡から中に入る >

庫裡は竈のある土間と板敷きの台所がある所ですが、館内見学はここから入ります。
入って左側に方丈の大広間が見える。


 

< 9. 真直ぐ進むと書院に至る >

上: ちょうど市民による論語の書写体験が行われていました。
 
下: 書院の外観。
庫裡から書院にかけて、足利学校の歴史が展示されています。




 
< 10. 書院の景観 >


 
< 11. 方丈の大広間と庭先 >

上: 大広間ではちょうどかるた会が行われていました。

市民が文芸に関心を持ち、ここを利用していることに感銘を受けました。
歴史の重みを感じます。




*足利学校に想う
16世紀、イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが「日本国中最も大にして最も有名な坂東の大学」と称したのが足利学校です。

なぜここに日本最古と言われる学校があるのか?

このような北関東のさらに北部の山裾にあり、中山道や日光街道からも少し外れているこの地に、なぜ。

ここのボランティアの説明員に問うと、幾つか理由を挙げてくれた。
その中で気になったのが、この地は足利氏発祥の地であり、交通の要衝だった、また昔から文芸を大事にする土地柄との答えでした。

ここは源氏姓足利家発祥の地であり、後に将軍家足利尊氏が出ることになる(生誕の地は異なるが)。
足利学校誕生の経緯は定かではないが、大まかに言うと以下のようでしょう。

古くは平安時代、足利家がここに学校を建てたらしい。
後に将軍家に連なることが存続に幸いしたことでしょう。

室町時代に転機が訪れます。
関東管領の上杉氏が、この学校の再興に尽力し、孔子の儒学を中心とした教育を行います。
彼は金沢文庫も再興している。
この後、学徒三千といわれる事実上日本の総合大学、最高学府となって行きます。
しかし江戸時代には既に足利家が滅んでいたこと、また学問が時代遅れになっていたことで衰微していった。

ポイントは、当時から足利氏の荘園が関東で優勢であったこと、またこの地が文芸に造詣が深い関東管領上杉氏の領地になったことが大きいようです。
さらに中山道と日光街道から離れているとは言え、江戸時代、その両街道を結ぶ日光例幣使街道が足利を通っていた。
つまり、ここは渡良瀬川もあり古くから交通の要衝だったのでしょう。



 
< 12. 昼食 >

足利学校の門前にある「麦とろ銀丸本店」で昼食をとりました。
ここを選んだのは、足利学校内でボランティアの説明員の方に、足利の名物と聞くと、蕎麦だと言われ、この店を薦めてくれました。




 
< 13. 二人が頼んだ蕎麦のセット >

かなり待たされたが、手の込んだ美味しい料理でした。
店の作りと雰囲気も良かった。


 
< 14. 渡良瀬川の上流を望む >

川の上流に赤城山が見える。
その遥か遠くに、今日の宿泊地、草津温泉がある。

茨木空港から足利に来るまでの高速道路沿いの紅葉は綺麗だったのですが、自分が運転しているものですから写真が撮れなくて残念でした。

次回に続きます。






20160319

Went around Croatia and Slovenia 32 : At the end


クロアチア・スロベニアを巡って 32: 最後に


 


< 1. Souq Waqif, market >
< 1. ワキーフスーク(市場) >

This time, I finish this travel report.
At the end, I introduce Doha of Qatar and write down my impression.

Doha sightseeing

There was the sightseeing on our trip back home.
We enjoyed a market and a night view by one bus for approximately two hours.
A local guide and a tour conductor accompanied us.


今回で、この旅行記を終えます。
カタールのドーハを紹介し、感想を記します。

ドーハ観光
今回のツアーは、往復共にドーハ乗り継ぎ約4時間の待ち時間がありました。
帰りのドーハで市内観光がありました。
私達は1台のバスで市場と夜景を約2時間楽しみました。
添乗員と現地ガイドが同行しました。






< 2. New Doha Airport >
< 2. 新ドーハ国際空港 >
When we arrived at the Doha Airport, we went for the sightseeing immediately
The sightseeing was at 9:00-11:00 p.m., on Saturday, September 5, 2015.

ドーハ空港に着くと、直ぐに観光に出ました。
観光したのは2015年9月5日、土曜日、夜9~11時頃です。







< 3. Beginning of the sightseeing >
< 3. 観光の始まり >
Central photo:  The appearance of Souq Waqif.
Lower photo:  The Main street of Souq Waqif.

The whole was clean as after remodeling it.
This place was full of a tourists and local people.
It was hot, but I did not feel uncomfortable.

中央の写真: 駐車場からのワキーフスーク外観。
下の写真: ワキーフスークの中央通り。
改装後で全体が綺麗でした。
観光客と現地の人で一杯でした。
暑いが苦にはなりませんでした。



< 4.  Inside Souq Waqif 1 >
< 4.ワキーフスーク内部1 >
We only looked at the market as it was big.
The main goods were miscellaneous goods, clothing, and accessories.

市場が大きく、見て回るだけになりました。
雑貨、衣類、装飾品が主でした。






< 5. Inside Souq Waqif 2 >
< 5.ワキーフスーク内部2 >
The stores of jewelry looked like high-class.

宝飾品の店舗は高級感がありました。



< 6.  Mysterious buildings >
< 6.不思議な建物 >
Upper photo:  Qatar Islamic Cultural Center.
We can look at it from Souq Waqif.

Lower photo:  Museum of Islamic Art.

上の写真: イスラム文化センター。
ワキーフスークの駐車場から見える。

下の写真: イスラム美術館。



< 7.  Skyscraper city >
< 7.超高層ビル群 >
We went around the large gulf area by bus, and we saw there the scenery that didn't seem a desert.
Elegant residences, luxury hotels and high-rise buildings, and mysterious buildings were emitting colorful light.

I was able to realize an Arab night in the Middle Eastern a second time since visiting to Cairo several years ago.


広大な湾をバスで巡ったのですが、砂漠とは思えないような景観がそこにはありました。
瀟洒な邸宅群、高級ホテルや高層ビル、風変わりな建築物が多彩な光を発していました。

数年前のカイロ以来, 中東アラブの夜を実感することが出来ました。


Impression of this trip
My wife chose this trip, but I could obtain wonderful things beyond expectation.

* I could feel the history of the Balkan Peninsula and the civil war of the former Yugoslavia in my bones.

* I could touch the nature, scenery, and people of the Balkan Peninsula and the Adriatic Sea.

* I could realize the refugee issue accidentally.


旅を終えて
今回の旅行先は妻の希望で選びましたが、私には予想以上に得ることがあった。

     バルカン半島の歴史、旧ユーゴの内戦を肌で感じることが出来ました。
ヨーロッパの火薬庫と呼ばれた理由は千年にも及ぶ東西大国の支配の後遺症でした。
そして同じ民族の出自でありながら宗教や言語の違い、経済格差が介在して対立が深まっていった。

     バルカン半島やアドリア海の自然と景観、人々に触れることが出来ました。
沿岸部は自然の産物が少ないが、観光資源が恵みをもたらし、人々はそれを満喫していた。

     偶然にも難民問題を実感することになった。
中東の難民がバルカン半島を通過し、ヨーロッパは混乱を始めた。
このようなことは人類史に幾度もあったが、現代でも起こることに驚かされた。
これは元を正せばバルカンと同じように、かつての欧米諸国の中東への干渉が一因です。

     初めて利用した旅行会社ジャンボツーアズの良さを確認した。
低価格でありながら観光内容は良い、ホテルや食事はそれなりだが。
利用航空が少し不便だが、仕方なし。


Finally

I touched the people of the former Yugoslavia that are living brightly, and then I was impressed with the marvel that people got back peace from the bloody civil war.

Thank you for reading my travel report for a long time.
From the next time, I will introduce my Mediterranean Sea Cruise.


最後に
私は、明るく生きる旧ユーゴの人々に接し、血みどろの内戦から平和を得た不思議に魅せられた。

長らく、この旅行記にお付き合いいただきどうも有り難うございました。
次回からは、地中海クルーズを紹介します。




20160317

Went around Croatia and Slovenia 31 : Zagreb, the capital of Croatia, 2


クロアチア・スロベニアを巡って 31: 首都ザグレブ 2



*1

I introduce the old city of Zagreb today.
今日はザグレブの旧市街を紹介します。




< 2.  Zagreb Cathedral >
< 2.聖マリア被昇天大聖堂 >
Upper photo:  A view of the north side from the front of the Cathedral.
Central photo:  The front of Zagreb Cathedral. 
Lower photo:  Mary column in front of the Cathedral.

上の写真: 大聖堂の前のカプトル広場から北側の眺め。
中央の写真: 大聖堂。
下の写真: カプトル広場に立つ聖母マリアの柱。



< 3.  the origin of tie >
< 3.ネクタイの由来 >

The guide explained the origin of the tie started in Croatia.
The origin is that mother gave her scarf to son who was going to the battlefield and the son bound around his neck.
The some tour participants were moved to tears by the explanation.

ガイドさんがクロアチア発祥のネクタイの由来を説明してくれました。
母が自分のスカーフを戦場に赴く息子に与え、息子が首に巻いたのが始まりでした。
それを聞いたツアー参加者からすすり泣く声が聞こえました。



< 4. streets >
< 4.通り >
Lower photo:  The big egg was painted with naive art of Croatian painting.
Central photo:  Radiceva street.
"Krvavi Most" that is called the bridge of blood crosses on this street, and some bloody pastes are hidden in these two streets.
One of these is an assassination of federalists by centralist of Serbia that happened about 100 years ago here, and it would lead to the civil war in Yugoslavia.
Another one is that two towns on the East-West hills that bordered on the bridge of the blood had conflicted always.
Zagreb came into being by these two towns that merged.

下の写真: クロアチアの素朴な画法ナイーブアートで描かれた大きな卵。
中央の写真: ラディッチ通り。
この通りに交わる「血の橋」通りがあり、この二つの通りには血なまぐさい歴史が秘められている。
一つは約100年前に起きたユーゴ内戦に繋がるセルビア中央集権派による連邦制派への暗殺事件です。
いま一つは、血の橋が架かる小川を境にして東西の丘の町が常に争っていた。
この二つが合併したザグレブが生まれた。



< 5.  Saint George statue and Kamenita Varata
< 5. 聖ユラユの像と石の門 >
Upper photo:  Saint George statue stands on a dragon that he exterminated.
Lower photo:  A chapel of the Virgin Mary is in the gate.
It enshrines an icon of the Virgin Mary that remained unscathed in an inferno of the 18th century.
Several people were worshiping on the left side of the photo.

上の写真: 退治した龍の上に立つ聖ユラユの像。
下の写真: 門の中に聖母マリアの礼拝堂があります。
18世紀の大火災で無傷で残った聖母マリアのイコンを納めている。
左側で数人の方が礼拝しておられました。




< 6.  St. Mark’s church >
< 6.聖マルコ教会 >
Upper photo:  St. Mark’s church of the thirteenth century.
A combination emblem of the three countries of the Middle Ages and an emblem of Zagreb are drawn on the roof with a tile.
This tile was made in Hungary, and it means that Zagreb was affected by both of Austria and Hungary.
The Prime Minister's office is seen to the left, and the Diet Building is seen to the right.

Central photo:  The Diet Building.
Lower photo:  The Prime Minister's office.


上の写真: 13世紀の聖マルコ教会。
屋根に中世の三つの国とザグレブの紋章がタイルで描かれている。
このタイルはハンガリー製で、ザグレブがオーストリアとハンガリーの両方の影響を受けているのを象徴している。
右に国会議事堂、左に首相官邸が見える。

中央の写真: 国会議事堂。
下の写真: 首相官邸。



< 7. Saint Catherine Church and Lotrščak Tower >
< 7.聖カテリーナ教会と要塞 >
Upper photo:  Saint Catherine Church.
Lower photo:  A fortified tower of the thirteenth century.

上の写真: 聖カテリーナ教会。
下の写真: 13世紀の要塞。




 8.  Cable car 
< 8.ケーブルカー >
Upper photo:  The cable car that links the hill of 30m in height is the shortest distance in the world.
Lower photo:  The promenade that goes down from the upper station of the cable car to under the hill.

上の写真: 高さ30mの丘を結ぶ世界一短いケーブルカー。
下の写真: ケーブルカー駅から続く丘を下りる散歩道。





 9.  Ban Jelačić Square 
< 9. イェラチッチ広場 >
Upper photo:  The open space where a statue of Ban Jelačić that is revered as a Croatian national hero stands.
Lower photo:  The flower-shopping street leads to Dolac Market in the back.
             
上の写真: 国民的英雄のイェラチッチ総督の像が立つ広場。
下の写真: 奥の青果市場に通じる花屋の通り。
 



< 10.  Dolac Market
< 10.青果市場 >
When my wife looks at a fruit and vegetable market, she becomes cheerful suddenly.
妻は青果市場を見ると、俄然、元気になる。




< 11.  Some aspect >
< 11. 見かけたもの >
Upper photo:  An event in Ban Jelačić Square.
The video footage for 16 seconds
https://www.youtube.com/watch?v=Mt6XWoX_T7w

Central photo:  I saw the folk costume in Ban Jelačić Square.
Lower photo:  The person who was walking with Dalmatian a street.

On the next time, I introduce Doha that is the capital city of the state of Qatar, and finish this travel reports.


上の写真: イェラチッチ広場での催し物。
16秒のビデオ映像 https://www.youtube.com/watch?v=Mt6XWoX_T7w

中央の写真: イェラチッチ広場で見かけた民族衣装。
下の写真: 通りで見かけたダルマチア犬を連れた人。


次回、ドーハを紹介してこの旅行記を終えます。






20160220

クロアチア・スロベニアを巡って 30: 首都ザグレブ 1





< 1.早朝の散策 >

今日から、クロアチアの首都ザグレブを紹介します。
ここは落ち着いたヨーロッパの古都の雰囲気があります。
これがバルカン半島の最後の観光となります。


早朝の散策
2015年9月5日、土曜日、朝6時半から1時間ほど、ホテルからザグレブ中央駅まで散策しました。
小雨が時折ぱらついていました。




< 2. ザグレブ市街、上部が北。 >

上の写真: ザグレブの中心部です。
緑枠は私達が散策したザグレブ中央駅の辺りです。
私達のホテルはこの地図の左下の方にあります。

下の写真: これは上図の緑枠で、後に観光する旧市街です。
緑線は観光ルートで、「S」は散策の始めと終わりの位置です。





< 3. ザグレブ中央駅の南側 >
上の写真: 南側から見た中央駅の裏側。
中央の写真: 中央駅の表側に通じる地下道の入口が中央に見える。
バス停で待つ朝の通勤客が見られた。
多くの人の服装からは経済水準が高いように思えなかった。

下の写真: 中央駅の南側を見ている。
こちらは中央駅の表側と違って、静かな住宅街と言うところです。



< 4. 中央駅への地下道のショッピング街 >
店はこぎれいで、清潔な感じでした。
中央駅までの往復に、ここを通ったのですが、朝7時を過ぎると人通りが多くなりました。

少し嫌な経験をしました。
昨日の夜、ホテル周辺を歩いて写真を撮っていた時、自転車に乗った青年が通りざまに私に声を掛けました。
「カメラはだめ!」
顔は笑っていましたが。

この地下道を歩いていると、6人ほどの若者達とすれ違いました。
すると彼らははしゃぎながら「カメラ!カメラ!」と連呼した。
周囲には、多くの人がいたのですが、少し不安を感じました。

後で思い出したのですが、ガイドブックに中央駅の裏側は不用心なので行かないように注意してあった。





< 5. 中央駅 >
上の写真: 北側から見た中央駅。
中央の写真: ホーム。
下の写真: 中央駅から北西側を見た。

この駅はクロアチア最大の駅で、かつてはオリエンタル急行が停車した。
しかし、それほど大きくはなかった。





< 6. 中央駅の構内 >
上と中央の写真: 古本市が行われていた。
値段は安かったが、言葉が分からない、残念!
絵本を数冊購入。

下の写真: バックパッカーに混じってホームレスらしい人がいるようだ。



< 7.トミスラヴァ広場 >
これは中央駅の北側に延びる新市街の中心にある広大な公園です。




< 8. 車窓からの新市街 1 > 
古都ウイーンを思わせる雰囲気があるが、よく見ると古く痛みが激しい外壁が目立つ。
経済的な苦境を感じさせる。




< 9. 車窓からの新市街 2 >
上の写真: ミマラ博物館。
中央の写真: 国立劇場。


次回に続きます。




20160217

クロアチア・スロベニアを巡って 29: スプリットからザグレブへ






< 1. 途中の景色 >

今日は、スプリットを離れて首都ザグレブ到着までを紹介します。




< 2. スプリット >

上の写真: 宮殿近くの港のレストランで昼食。
アドリア海の海岸を見て気づいたのは、漁船よりも圧倒的にレジャーボートが多いことです。
海岸沿いには別荘が並び、人々は海洋レジャーを楽しみ、地元の人々は観光で生計を立てているようだ。
これでアドリア海とはお別れして、高原を抜けてクロアチアの首都ザグレブに向かいます。

中の写真: 水道橋。
下の写真: 道路から見たスプリット市街。



< 3. スプリットの全景 >
上の写真: バスの移動中、時折、山の上に十字架が立っているのを見かける。
多くは地雷の犠牲者のもので、いまだに地雷が残っているところがある。
まだユーゴ内戦の傷跡がある。



< 4. 要塞 >

険しい岩山の上の要塞がスプリットを見下ろしている。
スペインを旅行した時もそうだったが、険しい断崖の上に廃墟となった要塞が見られた。
これは両地域の厳しい戦争の歴史を物語っている。



< 5. 湖 >
これはダムなどによる人工湖を見下ろすドライブインからの眺めです。



< 6. 途中 >

これはスプリットとザグレブの中間辺りの特徴的な景観です。
この日の午後、ザグレブに近づくにつれて雨雲が増え、時折、雨が降りました。

真中の写真: これは湖です。
下の写真: アドリア海に近づくほど、このような乾燥した岩山が多くなる。



< 7. ザグレブ近郊 >

広大な平野と緑に覆われた豊か台地が続きます。



< 8. ザグレブ >
上二枚の写真: ザグレブ市街の夕暮れの様子です。
下の写真: 中心部近くの夜の様子です。


次回に続きます。