20171030

何か変ですよ! 79:  何が問題か? 2





*1


現在、日本や世界がどんな方向に進んでいるのか?
簡単に言えば、大多数の国民にとって国政は劣化し、生活は苦しくなっているのでしょうか?
これが把握出来ていなければ話にならない。


はじめに
ある人々は、日本は素晴らしい国だと言う。
逆に、このままでは日本は破局を迎えると言う。

また、この軍事的緊張にあって日本は再軍備に向かうべきだと言う。
逆に、このままでは日本は戦争に巻き込まれると言う。

どちらが正しいのか?
この認識の差は、どこから生じているのか?

人々は事実、社会や経済のデーターをどう見ているのか?
人々はそれぞれ保守的な脳や革新的な脳を持っている為なのか?
人々はマスコミや大きな力に洗脳され偏向してしまったのか?

いや、こんな高次元の話ではない。
単に、人々は分からない事、悩ましい事、どうせ政治はよそ事と考えているからこそ判断せず行動しないだけなのか?
いや違う、現状に満足しているからこそ変化を嫌い、政治的判断を保留しているのか?

ここである経済指標から日本経済の真の姿を追ってみましょう。


対立する経済への評価
ここに内閣府作成のグラフがあります。


 
< 2. 如何にアベノミクスは成功しているか! >

このグラフは現政権の成果を高らかに歌い上げています。
A: 失業率はドンドン下がっている。
B: パートの平均時給はドンドン上がっている。
C: 企業収益も少し上がっている。
(実はBとCのグラフは錯覚を利用しています。上昇率はどちらが高いでしょうか?)

ここで疑問が湧いて来ます。
こんなに経済指標が良いのなら、なぜ私達の周囲で景気の良い話が無いのか?
ひょっとしたら私だけが取り残された不運な人間なのかと思いたくもなります。

待てよ!
失業率が下がれば賃金が上昇するはずだが、現実にそうはなっていない。
何か裏がありそうだ!


 
< 3. 少し真実が見え始める >

上のグラフ: 内閣府作成のグラフ。
このグラフから三つの事がわかる。

一つは、人口減少による労働力人口減が効いて、2008年のリーマンショック時の不景気から2012年までの失業率低下を説明できる。
2012年以降は、後に説明する理由により就業者数が増えて失業率の低下を維持している。
もう一つは、団塊の世代の定年延長や働かねばならない女性が増えたことにより、労働力人口が増加し失業率の低下(人手不足)が緩やかになっている。


中央のグラフ: 第一生命経済研究所経済調査部永濱氏のグラフ。
上記の説明を裏付けているグラフです。

下のグラフ: 同上。
青線と緑線の差は非自発的離職者の率を示し、2009年よりその差は縮まっている。
非自発的離職者とは、辞めたくないのに会社を辞めざるを得なくなった失業者を指し、2016年ではまだ55万人以上が存在している。
これが企業が賃金を上げなくても人を採用出来る理由の一つになっている。

 
 
< 4. 失業率と賃金の関係 >

この二つも第一生命経済研究所経済調査部永濱氏のグラフです。

上のグラフ: 働きたくても就業環境が厳しい、適当な仕事がない、または出産や介護などで就職活動をあきらめている人を加算していくと失業率が上がって行く。
やむなく非正規で働き、正規採用への就職活動を諦めている人も加算していくと、広義の失業率は10%近くまで上昇する。

下のグラフ: すべてを加えた広義の失業率が低下してこそ賃金が上昇し、やっと経済学理論と一致することを、このグラフは示している。

また以下のことがわかる。

広義の失業率はここ8年ほどかけて低下し、安倍政権誕生前から始まっていた。
賃金上昇は安倍政権誕生(2012年12月末)の翌年から始まっている。
しかし今回の賃金上昇は前回(2005、2008年)より高い失業率低下にもかかわらず抑制されているように見える。

これらの事実は日本の経済政策のある実態を反映している。
次回、この謎に迫ります。




20171029

何か変ですよ! 78:  何が問題か? 1

 
*1


今回の2017年第48回衆議院選挙を見ていて戸惑うことがある。
議員達の情けない行動やその結果もさることながら、多くの国民が現状をどのように認識しているのかさっぱりわからない。
今回の選挙から見えて来る日本の問題を考えます。


*2


はじめに
獲得した与党の議席数は313で野党は152でした。
結果は与党がほぼ議席を維持した。
あれだけ評判を落とし続けていた首相が再認された。
選挙結果こそが民意のすべてだと豪語する人もいる。

一方、比例と小選挙区の合計得票数は、与党(自民、公明)で5300万票、野党(希望、共産、立憲、維新、他)で5800万票でした。
これが民意だと悔しがる人もいる。
低い投票率53.6%からすれば、棄権が少なくなれば状況は好転したと信じる人もいるだろう。

二つの民意の違いは、選挙制度(小選挙区制)と野党のマネジメントの未熟さ(敵失)の結果だと言える。
しかし私には、さらに深い問題が日本にはあるように思える。
そしてこれが日本を将来取返しのつかいない状況に追い込むことになる。




*3

私が恐れる危険な兆候
私が一番恐れるのは日本や世界が破滅の道を進み、いつかは戦争に巻き込まれることです。

これまで、この連載で見て来ましたが、先進国、特に米英が先導し、そして日本などが追従しているように思う。
ここでは危険な兆候だけについて見ます。



*4

世界について
A 自由放任主義が経済を破綻させる。
B 右翼化やナショナリズムが嵩じて戦端が開く。
C 核兵器が益々拡散し、人類崩壊に繋がる。
C 気候変動と資源の枯渇が紛争を招く。
D 覇権国家の盛衰が混乱を生む。


日本について
E 人口減が衰退を招く。
F 人々の村意識が災いを招く。

幸か不幸か、これら兆候が何年後に現実の災厄となるかは誰にもわかりません。
ただ確実に近づいているとは言える。

人々は破滅の兆候を無視しているのでしょうか?
それは知らないから、または信じたくないからでしょうか?
日々の糧や楽しみに目を奪われ、先の事は考えたくないのでしょうか?


次回に続きます。




20171025

フランスを巡って 42: シュノンソー城 2





*1



今日は、シュノンソー城の内部を紹介します。
こじんまりした女の館で、それぞれの部屋やホールに特徴がありました。
非常にたくさんの観光客で混んでいました。



 
< 2. 城内マップ >

上の写真: 上流から見ている。
下の地図: 城は4階建てで、1階の様子を示す。上が上流。
1番は護衛兵の間、2番は礼拝堂、3番はディアーヌ・ド・ポワティエの部屋。
6番はギャラリー、9番はルイ14世の居室。
7番は階段を下りた所にある厨房。



 
< 3. 代々の女城主 >

この城は外観が美しく、ロワールの古城のなかでも1,2を争うと言われています。
この立役者が上記の7人の女性で、実に様々な女性らしい物語が秘められていました。

この城は16世紀の創建ですが、2番目の城主は国王の寵姫ディアーヌです。
この国王の正妻であったカトリーヌは国王の死後、ディアーヌを追い出し、主となり、橋の上にギャラリーを作り、この城は盛時を迎えた。
庭園にはこの二人の名が付けられている。

5番目のルイーズ・ド・ロレーヌは夫の国王が暗殺された後、白い喪服をまとい、この城の一室で祈りに人生を捧げました。
6番目のルイーズ・デュパンは啓蒙思想の知識人として有名で、モンテスキュー、ヴォルテール、ルソーといった哲学者をサロンに招き、シュノンソー城はかつて
の栄光を取り戻した。
またフランス革命の暴動から、この城を守った。

7番目のマルグリットは資産家の娘で、破産するまで城の修復に資産を投じた。
8番目の実業家の娘シモーヌは、第一次世界大戦中、このギャラリーを病院に改築し、2000人以上の負傷兵を自ら看護した。




 
< 4. ルイ14世の居室 >



 
< 5. ディアーヌ・ド・ポワティエの居室 >


 
< 6. ルイーズ・ド・ロレーヌの居室 >

上の写真: 三階のルイーズ・ド・ロレーヌの居室。
彼女はこの薄暗い一室に籠って、弔い続けた。

左下の写真: 三階のホール。
右下の写真: 一階の護衛兵の間のタペストリー。


 
< 7. ギャラリー >

上の写真: 1階のギャラリー。
下の写真: 2階のホール。



 
< 8.フランソワ一世の居室 >


 
< 9. 厨房 >


 
< 10. 通路など >


次回に続きます。



20171021

フランスを巡って 41: シュノンソー城 1



 
*1


今日は、シュノンソー城の外観と庭園を紹介します。
訪れたのは2017年5月25日、12:30~15:30でした。
雲一つない快晴でした。


 

< 2. シュノンソー城の地図、上が西です >

上の地図: Sが駐車場で、私達は受付をして左側に延びる並木道を通り、庭園に出た。
ここで右に折れてRのレストランに行き、昼食をとった。
Mは帰りに寄った迷路です。

下の写真: お城と庭園を拡大した。

川はロワール川の支流シェール川で、東(地図下)から西(地図上)に流れている。


 

< 3. 並木道を行くと >

庭園と白い城が視界に飛び込んだ。



 

< 4. 昼食を終え >

レストランからディアーヌの庭園を抜け、城に向かう。


 

< 5. 城の正面に出る >

この城は6人の女性が暮らしただけあって威圧的なところがなく、あくまで優美です。

 

< 6. シェール川 >

上の写真: 下流側(西)を望む。
下の写真: 上流側(東)を望む。

 

< 7. 城内から庭園を望む >

上の写真: 城の北西を望む。カトリーヌの庭園。
下の写真: 城の北東を望む。ディアーヌの庭園。


 

< 8. ディアーヌの庭園に向かう >



 

< 9. ディアーヌの庭園から見た城 >


 

< 10. ディアーヌの庭園 >

 

< 11. 生垣を刈り込んで迷路 >

駐車場への帰りは並木道と並行した道を行った。


 

< 12. お花畑 >

帰り道沿いに、野菜やお花を栽培している広い畑があった。


次回は城の内部を紹介します。



20171018

何か変ですよ! 77: 戦いの始まり 4





< 1. 大統領(実業家)、金融資本家、右翼の合体 >


なぜ今、北朝鮮問題に火が付いたかをこれまで見て来ました。
そして国民は踊らされてヒステリックになっていることもみました。
実は、この状況は世界の潮流が招いたと言えるのです。
このことを確認し、連載を終えます。



*2

はじめに
私は世界が右傾化していると指摘しました。
また世界経済は自由放任主義によって金融偏重と格差拡大を招きました。
おそらく多くの方は、このことを実感しておられることでしょう。

しかし私はなぜ先進国が軒並み右傾化したのかを上手く説明できずにいました。
この理由として、欧米で所得格差が拡大したこと、中東の戦乱が移民や難民の大量流入を招いたことを挙げました。
しかし、これでは日本や米国の右傾化やポピュリズムをうまく説明出来ていない。

実は、1980年代頃から世界で経済とは異なる次元の変化が起きていた。
それはハンチントンが「文明の衝突」で指摘した現象と言えるかもしれません。



*3


世界の右傾化の背景にあるもの
はじめに、多くの方が知っている世界の幾つかの変化や遠因を挙げます。

私が連載「中東に平和を」で取り上げたように、イスラム復興運動が1980年代から中東で勃興し始めました。
この遠因として、パレスチナ問題や米国主導の中東での戦争がありました。
さらには20世紀前半に世界中で起こった植民地からの独立と国家再建運動がありました。

20世紀末には日欧米の経済はバブルを繰り返しながら停滞していました。
1991年にはソ連が崩壊しました。
一方で、かつての非欧米諸国、植民地だった国が高い経済成長を始めた。
これを象徴するのがブリックスの経済発展で、特に中国の躍進でした。


これらの事実を関連づける世界の潮流とは何か?
ポイントは三つあります。

一つは、欧米や日本などの経済が軒並み失速し、自信を無くしてしまった。
(米国経済は成長しているが、一握りの富裕層の富を増やしているだけです。)
この理由は定かではないが、日欧米では人口ボーナス期が終息していることが大きい。
これに欧米主導のグローバリズムによる産業構造の変化で起きた失業と格差拡大が加わった。

今一つは、多くの独立を遂げた国では、グローバリズムの荒波の中でアイデンティティを意識することになった。
これがイスラム教だけでなく他の世界宗教(キリスト教など)にも宗教復興(原理主義)へと向かわせた。
例えば、再建中の国では少なからず欧米化(近代化)を目指していたが、その軋轢(都市化による疎外感、混乱や貧困)に苦しむ二世代目を癒したのは連綿と続く文化(宗教団体の献身など)でした。
また経済発展を遂げた国、特に欧米化せずに成し遂げた国では自らの文明に誇りを持っようになった(中国や中東産油国)。

最後の一つは、冷戦終結に代表されるイデオロギー対立の終焉でした。
大きな対立が消えると、他者との新たな識別(文明、宗教、民族)による自己確認が生まれた。

こうして世界は文明毎(主に宗教単位)に団結を強めるようになっていった。
さらにこれに火に油を注ぐことが起きた。



*4


何が火に油を注いだのか?
分かり易いのはネオコン(新保守主義)が主導したイラク戦争でした。
ネオコンは、民主主義や自由主義を遅れた国に広める為には、武力も辞さないとした。
これは先進国の右派にも左派にもある意識で、それまでの繁栄による驕りが招いたと言える。

しかし、武力介入を受けた国では民主主義が定着するどころか欧米への反発を招く結果となった。
実際、アフリカや中東では数々の武力介入が、混乱と疲弊を招き、膨大な難民を発生させてしまった。

こうして、世界は文明毎(主に宗教や民族単位)に対立を深め、先進国は被害者意識を強め右傾化(ナショナリズム)し、さらには金融資本家が支配する信頼無き政治に絶望した国民はポピュリズムに走ってしまった。
こうしてトランプ、ルペン、安倍が人気を博すようになってしまった。




*5


まとめ
結局、100年前の帝国主義(植民地)の残滓に喘ぐ国々と、100年間ほど繁栄を謳歌し早くも衰退する日米欧が、ぶつかり合う中で今の右傾化とポピュリズムが起きている。

これは実に危険な兆候です。
恐らくはヨーロッパで帝国主義が沸き起こった背景にも、同様の国内外の葛藤が起きていたのでしょう。

出来れば、皆さんが冷静になり、歴史を踏まえて正しい判断をして欲しいと願います。


最後に
タイトルに「戦いの始まり」としたのは、朝鮮半島で戦争が始まろうとしていることを言いたかった。
さらには、国民にとって抗しがたいことですが、「右傾化とポピュリズム」と戦って、勝利して欲しいと願ってのことでした。
これは幾度も歴史上繰り返されて来た・・・・・



どうか皆さん、この選挙の一票を大事にしてください。
日本の将来が安泰であることを祈って、この連載を終えます。