20191105

中国の外縁を一周して 2: 目を見張る変化



< 1. 麗江の巨大な別荘街 >


今日は、中国旅行での驚きを語ります。
私は三十数年前から計8回中国を訪れているので,
幾つかの変化を感じ取ることが出来ました。


 
< 2. どこもかしこも建築ラッシュ >

上の写真は新幹線から見た西安付近で、多くが建築中で、その数がべらぼうに多い。
通常、中国の新幹線駅や空港は都市部から離れているので、これらの建物は交通の便が悪いはずです。
おそらく巨大な町ごと、または新たな交通機関を造ってしまうことで解決しているのでしょう。

下の写真は麗江から昆明までの新幹線で見た大理辺りで、こんな奥地にも規模は小さいが建築中が目立った。


 
< 3.廈門の億ション? >

これは高層マンションの一室から見下ろしたところです。
この持ち主によると一戸は1億円近いそうです。
廈門ではここ十数年ほどで不動産価格が十倍以上になった。


* 私の中国遍歴

1980年代後半に香港と広州を社内旅行で訪れました。
これが初めての中国訪問でした。
この時、広州の街を深夜まで歩き、人々の活気を肌で感じ、身震いしたものでした。
当時、台北よりかなり生活水準が遅れていましたが、遥かにエネルギッシュでした。
成長を確信したのが懐かしい。

その後、上海と北京に視察や社内旅行で訪れています。
次いで、廈門の友人を夫婦で尋ねて、廈門と客家土楼などを見学しました。

後に観光ツアーで西安・洛陽、桂林を訪れた。

そして今回のフリーの一周旅行です。


 
< 4. どこも観光客で一杯 >

上は、夜遅い北京の王府井。
多くの高齢者の団体観光客が通りを闊歩し、飲食店、土産物屋で楽しんでいた。
おそらく地方から来た人々でしょう。

下は、麗江の四方街。
ほんとに多くの観光客で賑わっていた。
団体客もいるが、フリーらしい少数のグループやカップルも多い。
欧米人は数えるほどで、ほとんどが中国人か、稀に隣国の東南アジアからの人でした。

 
< 5. 都市部の道路状況 >

上は北京で、下は蘭州です。
何処も車、車で一杯でした。


* 中国の印象

一言で言えば、大きく変化し続けていることに尽きます。

廈門を十数年ぶりに訪れましたが、町の様子は様変わりし、高層ビルが乱立していました。
中国各地のどんなに奥地に行っても高層住宅の建設ラッシュでした。

どの都市に行っても、普通乗用車がひしめき合い、渋滞が常態化している。昔のように自転車で交差点が埋め尽くされることはなく、せいぜい昆明でバイクが目立つぐらいです。

観光ツアーでは気付かない発見もありました。
路線バスなど様々な交通機関を利用していると、人々の親切やマナーの良さを知ることが出来ました。
当然、日本や先進国と違うところもあるが、どんどん向上しているように思える。

概ね、若い人ほど親切でマナーが良く、高齢になるほど傍若無人なようです。
これは北欧とは逆のようです。
経済発展がそうさせているのか、はたまた教育がそうさせているのか?
生活の余裕が生み出すものなのか?

お願いしたアンケートの回答や数人との会話、街行く人々の様子から、自信のようなものを感じた。
彼らは経済成長や生活の改善は政府だけの力ではなく、中華文明の秘める力によるものが大きく、だからこそ持続出来ると思っているようです。

暮らしの向上を様々な場面で感じることが出来た。
先ず、十数年前に比べると国内旅行者が大幅に増え、それに連れて海外旅行に行く人も増えている。
都市中心部の百貨店、専門店、大型スーパーの商品価格は日本に比べ安いとは言えないが、いつも大賑わいでした。
幾つかの都市で、飲食店の店員募集の給与を見ると月8~12万円ぐらいでした。
三十数年前は都市部で月5千円ほどでした。


私は概ね中国の経済成長が今後も続くと感じました。

日本で出版されている中国経済の本によると、バブルが弾ける要因が幾つも挙げられているが、それよりも開放政策(自由競争)による生産性向上(IT関連など)や旺盛な労働意欲が勝って良好な結果を生み出しているようです。
おそらく中央政府や地方自治体の都市開発(公共投資)が、現在の好循環を生んでいるのでしょう。
欧米の自由主義経済からみると不可解なのですが、税金に頼らない公共投資に鍵があるようです。


 
< 6.蘭州だけは中心部を外れるとバイクが多かった >


これから各地の状況を紹介しながら、中国の発展と変化、歴史、人々の生活などを見て行きます。


次回に続きます。




20191103

中国の外縁を一周して 1: はじめに




*1

これから中国旅行記を連載します。
中国外縁部の7都市をフリーで巡りました。
訪れたのは2019年10月15日から15日間です。


 
< 2. 旅行のルート >
赤線は飛行機、黒線は新幹線です。
訪問都市は1廈門、2北京、3開封、4蘭州、5成都、6麗江、7昆明で、この番号順に訪れました。

 
< 3.上が廈門、下が北京 >

 
< 4.成都の博物館と麗江古陳 >


*旅行の概要

新幹線、ホテル、現地ガイドの手配はすべて旅行会社を通さずインターネットで行いました。
各都市内の移動はタクシー、公共のバス、地下鉄を利用しました。
妻と二人で毎日、2万歩ほど歩いて観光しました。
費用は土産や保険も含めて一人23万円ほどでした。

 
< 5.開封の夜市と蘭州 >

 
< 6. 昆明の観光地と繫華街 >


*訪問地と旅行時期にについて

訪問地を簡単に説明します。

廈門: 台湾企業の進出が進み、華僑を頻出した経済発展が著しい大都市です。

北京: 発展する首都であり、多くの観光地や博物館がある。

開封: 商業と大衆文化が開花した宋時代の首都で、宋時代を再現したテーマパークがある。

蘭州: シルクロードの要衝で、黄河を挟んで漢民族と異民族が境界を争った。
そして回族(イスラム)が多く住んでおり、蘭州ラーメンが有名です。

成都: 紀元前に特色ある青銅器文化が興り、三国志時代には蜀の首都であり、現在は大都市です。

麗江: 5000mを越える峰々を這うように長江が流れ、紀元前よりチベットと中国との交流(茶葉街道)の要衝でした。
現在は、その街並みが世界遺産となっている。

昆明: 漢民族の勃興に伴って幾多の先住民族が南下し、麗江を含む雲南省などに住み着いた。
古くは未開の地と言われたが、現在は多くの少数民族が漢民族と共に暮らし、東南アジアに接する交易の拠点でもある。


私は今回の旅行で、中国の経済発展が本物か、経済発展が外縁部(蘭州、麗江、昆明)まで浸透しているのかを確認したかった。
また歴史的な興味から、中国文化に多大な影響を与えたシルクロードと茶葉街道、蜀と宋時代の首都にも訪れたかった。
さらに中国国内の波乱要因である少数民族の状況も知りたかった。

実際にルートを決めるには、15日間で効率よく回れるように新幹線網と航空便の組み合わせで決めました。



 
< 7. 麗江の玉龍雪山と昆明の公園にて >


 
< 8. 新幹線と駅構内 >


この時期を選んだのは私の仕事の都合もあるが、一番は中国のゴールデンウイーク(建国記念の10月1~7日)を避けるためでした。

私から見れば、北京や麗江などの観光地はどこも国内旅行客で満員でした。
そうは言っても閑散期に入るために、蘭州の炳霊寺(へいれいじ)石窟の交通手段がやり繰り出来ず行けなかった。
また甘粛省博物館が急遽数年ぶりの改修閉館となり、入館出来なかった。

一方で、蘭州や麗江などは紅葉の初期に当たり、また開封や麗江などの観光地は至る所、菊花で埋め尽くされていて綺麗でした。

成都だけは1日中雨に降られたが、他の都市の天候は概ね良好で、温かい廈門を除いて1日の気温は約10℃~20℃でした。


 
< 9.新幹線の車窓からの眺めと郷土料理 >

 
< 10. チベット仏教の寺 >


*この旅行記で示したいこと

・様々な中国の風景、観光地、都市部の喧騒、車窓からの風景を写真と共に紹介します。
訪問したのはガイドブックにある主要な観光地、市民が憩う公園、博物館、仏教と道教の寺院です。

・各都市の社会経済、歴史や人々の暮らしについて語ります。

・中国旅行のアドバイス、交通機関、ホテル、スマホの利用、現地ガイド、食事、土産について紹介します。

・旅行で出会った中国人やエピソード、感動と困惑も紹介します。


次回に続きます。





20191003

北欧3ヵ国を訪ねて 90: 最後に







*1

今日で北欧の旅行記を終えます。
最後の思いを記します。


 
*2



12日間の北欧旅行は発見、冒険、感動の素晴らしい日々でした。
春が訪れたばかりの北欧では、自然と人々が正に輝いていました。

北欧は閉塞感漂う日本とは別世界だが、だからと言って高層ビルが乱立し大発展を遂げているわけではない。
しかし心の豊かさが彼らの表情や態度から伝わって来る。

30年ぶりの訪問で北欧の新しい側面も見た。
自然に優しい自転車社会と、国境で人を峻別しない移民受け入れが進んでいた。

この旅行は私にとって、初めての海外一人旅でした。
英会話、旅行手配、現地の移動とトラブル対処もすべて自己責任でした。
緊張と歩き疲れはありましたが、かけがえのない旅となりました。


旅行のアドバイス

私の全旅費は28万円です。
私は中華航空を利用し、朝食以外の大半はコンビニで購入し、ホテル・航空券・鉄道・フェリーの手配は日本からインターネットで半年前から直接した(不安ではあったが、まったく問題は起きなかった)。

少し後悔しているのは、各首都のシテイパス購入です。
これは便利なのですが、多くの観光を詰め過ぎて、現地の人との交流のチャンスを逃してしまった。
交通パスは便利でお薦めです(シテイパスと一緒の首都もある)。

 
*3


皆さんにお願い

早いうちに北欧を訪れ、自分自身と幸福について見つめ直して欲しい。

日本人の多くは井の中の蛙で満足している。
当然、彼らは諸外国が如何に苦労して平和、幸福、豊かさを手に入れたかを知らない。
我々よりも遥かに心豊かに暮らしている国々が世界には多くある。

世界は多くの事を教えてくれる。
例えば、中国の秦帝国はそれまでの大量の奴隷の殉葬を俑(人形)に替えた。
続く漢帝国の初期、奴隷制は後退し、繁栄を始めた。
しかし漢帝国が亡国を迎える頃には、奴隷制は拡大していた。

また世界中に前世紀まで原始的な生活を続けていた先住民族を考えてみよう。
彼らの多くは1万年間も原初生活を続けていたのではない。
彼らは数百年前、他の部族との抗争から、僻地に活路を求めて移り住んだ人々です。
そして文明との接触を断って安全を得たが、失ったものも多かった。

これらの事例は、今の日本を暗示している。

日本はがむしゃらに働き一度は欧米に追いついたが、30年前から衰退を始めた。
目標とした米国は、今や金融とIT以外、国民にとって魅力的とは言えない(安全、福祉、格差で)。

今の日本は凋落の中で彷徨い、見果てぬ夢を負い続けている。


今後について

理想とすべき北欧を訪れた。
しかし、まだ二つの重要な国が残っている。

一つは、今後覇権を握るだろう隣国、中国です。
中国は既に最大のビジネスパートナーであり、異なる体制を持つ軍事大国で因縁もある。
今年、私は中国を一周旅行し、この目で発展、暮らし、歴史を確認して来ます。

その次は、最大の同盟国で覇権国でもある米国です。
現在、米国は内部で所得階層と人種で分裂し、もっとも格差が拡大し、軍事的な危険性も増している。
出来れば、3年以内に米国と幸福度の高いカナダを共に訪れたい。

これにより模範の国、急成長の隣国、反面教師の大国の三つを見終えることになる。
そして何かしらの日本の進むべき道が見えることを願っています。


永らく私の旅行記をお読み頂きありがとうございました。

これで終わります。

しばらくブログを休みます。


20191002

北欧3ヵ国を訪ねて 89: 北欧の旅を終えて 10 : 北欧の人々の声 3







< 1.平均的なスウェーデン人の顔 >


今回はスウェーデンの白人男性を紹介します。


 
*2


帰国時、彼はストックホルム空港で乗り継ぎの待合室で会った人です(私の帰国ルートとは別)。
これが最後のインタビューになった。
彼とも英語でやり取りし、英語のアンケートを見せて
英語で記入してもらった。


彼の回答を紹介します。

1. あなたの国で最も素晴らしいものは何だと思いますか?

答え: People, Sweden is very clean.(訳: 人々と綺麗な国 )

2. 現在、あなたの国や生活で不安や不満はありますか?

答え: Politicians, creating problems
( 訳: 政治家達、問題が多い)

3. 何があなたの国を良くしていると思いますか?

答え: Improvement of Swedish system: it was much better before.
( 訳: スウェーデン社会の改革力、昔の方が良かった)

4. 日本について知っていること、または感じていることはありますか?

答え: Orderly, beautiful, friendly people, great food, Sake, and Japanese Beer.
( 訳: 秩序正しい、美しい、親切な人々、素晴らしい食べ物、酒とビール)

5. 大半の日本人は北欧について無知で、暗いイメージを持っています。
何にか一声お願いします。

答え: very high tax, less entertainment 
( 訳: 重税、娯楽がない)


 
*3


解説と感想

彼は白人の40歳代のスウェーデン人です。
彼はおそらくビジネスマンで、空港で待ち時間を過ごしていた。

彼が指摘するように、北欧は国民(経済界と労働界、政治家と国民)が一体になって改革を続けることが出来る。

世界で初めて高度な福祉政策を取り入れたが、高齢福祉で老人の孤独や財政負担が問題になると、大胆な修正を行った。
初期は自宅から離れた新設の老人ホームが目玉であったが、現在は子供達が住んでいる街で老人が自立出来るようにコミュニティ全体で支援するシステムに変更した。
(これが日本の介護システムの原型になった)
今でも男子の育児休暇取得の奨励と期間延長で北欧三ヵ国は試行錯誤を続けている。

また世界の金融資本主義の荒海にもまれながら、自国の格差拡大を抑制し、且つ競争力向上を図り、経済成長を続けている。
これは経済界と労働界が共に、成長産業への移行と経済システムの刷新を行っているから出来ることです。

教育は、学校教育方針の素晴らしさだけでなく転職時の教育も充実している。
また個人でも生涯教育やスキルアップに熱心です(日本は先進国最下位か)。

まさに北欧の発展は高い政治意識とチャレンジ精神のある国民の賜物と言える。

彼の指摘から、スウェーデンの苦悩が伺える。
1991年以降、経済(金融)重視か福祉優先かで幾たびか政権が交代しており、経済成長の鈍化と格差の拡大が進んでいる。
スウェーデンは他の北欧ほど経済は良くない。

彼は5番の回答で、私が例として書いたおいた「重税と娯楽がない」をそのまま書いている。
私は彼が自国の状況を批判的に見ているのか確認していなかった。

彼の言動から察するに、日本に来たことがあるか、日本に非常に好感を持ってる。

ストックホルムでも最近、ナイトスポットが出来ているようだが、依然として日本の歓楽街とは比べようもないはずです。
日本の赤ちょうちんや夜の街などは男性天国です。
これを知れば、北欧の男性と言えども・・・・

やはり重税を避け、お金を自由に使い、男性優位に暮らせることを望むのかと思ったりもする。


北欧を旅行して、北欧人の日本へのイメージの良さは格別で、気分が良かった。


次回に続きます。



20191001

北欧3ヵ国を訪ねて 88: 北欧の旅を終えて 9 : 北欧の人々の声 2







 
< 1.Älvsjöでは移民が多い >


今回はスウェーデンの移民男性を紹介します。


既に電車内でスウェーデン人の若者から声を掛けられ、少し話をしたことはあったが、これが北欧での最初のインタビューでした。
彼はストックホルム近郊の都市Älvsjöのホテルでフロント係をしている。
初めて見た時、彼はインド人の移民に見え、英語が使えると思い、また優しそうなので声を掛けました。
彼とは片言の英語でやり取りし、英語のアンケートを見せて英語で記入してもらった。
彼は英語で質問して来るので、上手く対応できない自分に苛立った。

 
< 2. Älvsjöのホテル >


彼の回答を紹介します。

1. あなたの国で最も素晴らしいものは何だと思いますか?
  
答え:  the Swedes (people)(スウェーデン人)

2. 現在、あなたの国や生活で不安や不満はありますか?

答え: the laws and orders belong to 20years ago, when here were not so many immigrants.
Many immigrants need to be trained as Swedes so, they can obey the rules.
( 訳: 法や秩序が20年前のもので、移民が少なかった頃のもので古い。移民はスウェーデン人としての教育を受け、この国の規則に従うことが出来る)

3. 何があなたの国を良くしていると思いますか?
   
答え: The older type of raising on educating children!  Not the new style of raising children.
( 訳: 古いタイプの子供教育で、子育てのスタイルは新しくない)

4. 日本について知っていること、または感じていることはありますか?
  
答え: Peaceful and orderly people, Judo, Kodokan and Yasuhiro Yamashita, Ryunosuke Haga.
( 訳: 平和を愛し秩序正しい人々、柔道、講道館、柔道の山下と羽賀選手)

5. 大半の日本人は北欧について無知で、暗いイメージを持っています。
何にか一声お願いします。

答え:  good image. (良いですよ)


 
< 3. ロスキレの校庭にて >


解説と感想

彼はイランからの移民で、およそ20年ほど経っており、英語が充分使えるようです。
彼は40歳代で温和で冷静沈着な人柄です。
知識と体格から見て柔道をやっていたのだろう。

彼は移民を問題視している。
都市によれば30%を超える移民が暮らしており、年々増加している。
北欧での移民への教育や待遇は進んでおり、スウェーデン語か英語が出来れば、賃金は平等(業種毎)に扱われる(教育機会は与えらえれる)。
これは日本とは真逆の発想です(企業が儲かれば良い)。
賃金の平等化は非常に重要な政策で、労働者全体の賃金低下を防ぎ、また移民の生活悪化による社会不安を無くす効果がある。
そうは言っても街中で見る移民(有色人種)は清掃などに多いように思えた。
なぜ移民を多く受け入れのだろうか?
察するに北欧は人道や平和で世界貢献すべし考えているからだろう。
(PKOや和平の仲介などに熱心)

また彼も先述の日本女性のように教育の良さを強調している。

私も日本の衰退を止めるには教育が重要だと考える。
一番の癌は惰性に過ぎる経済と政治だが、これを看過する国民が大勢を占めている。
これは長きにわたる愚民教育(政治から目をそらせる)のせいとも言えるが、この教育を正す手立てがない(北欧は真逆)。
なぜなら中央政府が教育行政を握っているからであり、政治を替えなければ良くすることが出来ない。
私は、この不毛な悪循環を断つ手立てを思いつかない。

彼は私ともう少し話したがっていたようだが、英語が出来ないので私は逃げるばかりだ。
声を掛けた北欧のほとんど人は英語が出来た、特に年配者は100%。
私が日本人とわかると、親切だけでなく、親しみと好感を持ち、挨拶や案内、会話をしたがる人が多くいた。
しかし何人かの若い人は、道を聞いても会話が進まなかった(理由が分からない)。

次回に続きます。




20190930

北欧3ヵ国を訪ねて 87: 北欧の旅を終えて 8 : 北欧の人々の声 1



 
*1


これから数回に分けて
北欧に暮らす人々の声を紹介します。


 
< 2. 王立図書館にて >


コペンハーゲンにて

コペンハ-ゲンの王立図書館で二組の日本母子に出会いました。
彼女らは、日本生まれのお母さんと小学生の男子一人づつです。
彼女らは毎週一度、ここで子供に日本語を教えている。

一組の母子は数年前、転勤でご主人、子供と一緒にコペンハーゲンに来た。
全員日本生まれです。
彼女は子供に軽い障害があって、学校の対応に不満を持ち、異国の地で苦労していた。
彼女とはあまり話が出来なかった。

もう一組の母子は、日本生まれの女性がデンマーク人と日本で職場結婚し、11年前にこちらに移り、男の子(ハーフ)を産んだ。
私は主に彼女と話した。


私が用意したアンケートに記入してもらいました。
アンケートの内容と彼女の答えです。

1. あなたの国で最も素晴らしいものは何だと思いますか?
  
答え: 福祉政策、子供の環境。

2. 現在、あなたの国や生活で不安や不満はありますか?

答え: 移民政策。

3. 何があなたの国を良くしていると思いますか?
   
答え: 教育、自然。

4. 日本について知っていること、または感じていることはありますか?
  
答え:なし。

5. 大半の日本人は北欧について無知で、暗いイメージを持っています。
何にか一声お願いします。

答え: 家庭を一番に考える。子供を育てるのにとても良い環境が揃った国。


彼女は、デンマークの暮らし、社会、政治を高く評価し、現地のニュースで耳にする日本の異常さに失望していた。
幾つか紹介します。

日本では国会議員の腐敗は当たり前だが、こちらではまったく考えられない。
日本で酷い強姦事件(早稲田大学)が起こっているが、こちらでは考えられない、情けない。

日本の女性はこちらの男性に人気があるが、主人の友人で結婚に失望している人が多い。
それは彼女らがまったく政治に関心が無く、会話が出来ないことです。

私が話した彼女は知的で、あらゆる事について話し合え、意見をはっきり言う。
国際結婚も、さもありなんと納得した。


 
*3


驚いたのは、彼女の子供が、既にデンマーク語、日本語、英語が話せて、小学生の終わりまでにはドイツ語を学び始めるとのことでした。
英語は必須、ドイツ語は選択科目で、学校教育の一環です。

彼女らを見ていると、異国で暮らすことは一筋縄では行かないと感じた。
一方の女性は満喫しているが、他方は苦労している。
如何に素晴らしい国であっても移住するとなれば文化や言語の壁は大きい。

様々な事に気付かせてくれた素晴らしい一時でした。


次回に続きます。




20190929

北欧3ヵ国を訪ねて 86: 北欧の旅を終えて 7 : 北欧の国民性 2









< *1 かつての日本人の海外移住 >

ヴァイキングが教えてくれたこと


日本のある著名人は、心優しい日本民族が虐殺などするはずが無いから、隣国からの非難は嘘だと言う。
そして多くの国民も溜飲を下げる。

私はヴァイキングの子孫の国、北欧を訪れたが、彼らが凶悪だと感じたことはなく、むしろ非常に親切です。

一方で、900年前のヴァイキングによる虐殺や略奪は真実です。
彼らはヴァイキングの冒険家と交易者の側面を誇りにしているが、その一方、かつての悪行も認めている。
前回見たように国民性はなかなか変わらないので、上述の説は辻褄が合わない。

この稚拙な説を採り上げるのは気が引けるのですが、残念ながら多くの人が真に受けている。

これも戦史や心理学、人類学を少し学べば、人は容易に状況に支配され異常行動をとること、またその程度は国民性によって左右されることが理解出来るはずです。

日本の国民性には著しい特徴があり、良くも悪くも大きく作用して来た歴史がある(ドイツと似ている)。

良い例としては、明治維新や戦後復興などを国民が一丸となって行ったことです。
悪い例としては、日清日露戦役から太平洋戦争に至る道でした。
心配な点はヒトラーのような独裁者が居なくても、一丸となって闇雲に突き進んでしまうことです。
現在も、省みることなく惰性のまま進んでいる。


 
*2

なぜ日本は閉鎖的なのか

北欧と日本は同じように海で囲まれ大陸の端にある細長い国土に住みながら、なぜかくも異なってしまったのか。

一つは語族です。
デンマークは同じゲルマン民族であるドイツと陸続きで、北欧三ヵ国は同じゲルマン語族です。(フィンランドは異なる)
後に新旧教徒の違いはあるが同じキリスト教を受容し、大陸との繋がりは深い。

一方、日本は隣国と言語を異にし、宗教も異なる。

もう一つは生業です。
日本は稲作農耕民のお陰で食料が豊富で、また南北に伸びる列島の産物が自給を可能にし、巨大都市を出現させた。

日本にも、かつて遠洋航海の交易民、倭寇がいた。
彼らはヴァイキングに3世紀ほど遅れ数世紀間活躍した。
しかし彼らは海流・海風に恵まれた北西九州の島嶼部を拠点にしたに過ぎない。
海賊は日本各地に多数存在したが、その活動は近海に限られていた。
幸か不幸か、日本では危険な遠洋航海で生計を立てる必要がなかった。

これらの違いが大きい。


 
*3

 
*4


閉鎖性が招く衰退

現在、海外志向を持つ日本の若者が減っている。
1ヵ月程度の語学留学は増えているが、長期海外留学は減っている。
一方、日本の政府や経済界は巨大なインフラ輸出(原発など)を次世代の産業に育成しようとしている。
おそらく多くの国民は、この政策に夢を抱くかもしれない。
残念ながら、この二つの現象は表裏一体であり日本をさらに衰退へと向かわせる。

日本が活況であるなら、若者が日本に残ることも良いだろうが、現在急速に衰退している。
所得低下が災いしているので同情するが、かつて大正時代に前後して100万人以上が日本から海外移住したこともあった。

またインフラ輸出は聞こえが良いが、産業の空洞化を加速させ、後に日本国民が発展途上国のカントリーリスクを長期に背負うことになる(原発事故の補償など)。
(実はこのパターンは西欧が帝国主義に邁進した結果、国民が税負担と命を投げ出すことになったのと同じです)

二つに共通していることは日本が惰性に流れ、世界から目を背けていることから起こっている。
やはり海外との差、特に衰退を自覚することが出来ないのが問題です。
またインフラ輸出の問題は、日本が諸外国の実情と世界史に関心がないことから気づかない。

明らかに我々は閉鎖的な民族であって、余程意識して海外に目を向けていないと、同じ轍を踏むことになる。
我々には、この自覚が必要です。

このことをヴァイキングが教えてくれた。


次回に続きます。



20190928




*1


なぜ北欧は成功したのか


彼らの国民性が幸いしている

経済的側面から見ると、旺盛な海外志向が大きい。
これは多言語教育や、規模を問わず海外進出を図る企業や個人の姿勢に見られる。

社会的側面から言うと、高い政治と社会意識が大きい。
これはほぼ全員のボランティア参加や高い投票率に見られる。

この淵源はどこにあるのだろうか?
これはヴァイキング時代に遡るだろう。

ヴァイキングの大遠征(北米への航海など)は先駆を成すもので、危険極まりないものでした。
当初は、作物が採れない冬期の交易の為で、スカンジナヴィア半島内を行き来するものでした。
やがて航海術の向上、西欧の発展による交易のメリット、西欧からの侵略への対抗策として、逆に遠洋航海による交易と侵攻に向かったのだろう。
そして彼らが非キリスト教だったことが暴力行為への抵抗を弱めた。

もう一つの側面は共同体の有り様でした。
ヴァイキングが作った国、アイスランドは直接民主主義でした。
遠征時のヴァイキングのリーダーも仲間によって選ばれた。
このことは出港地の村落共同体でも同じでした。


 
*2


ヴァイキング精神は今も生きているのか?

逆に、国民性は何百年も経てば特徴を無くしてしまうのでしょうか?
実は、国民性を育む文化、特に生業と家族形態が存続していれば、国民性は生き続けます。

ヴァイキング精神はゲルマン文化と氷河後退地の地形と気候が育んだと言える。
言語や法意識(村の掟)は、農耕と牧畜を生業としたゲルマン文化を受け継いだ。
一方、寒冷気候と痩せた土壌、平らな大地を縦横に貫く遠浅の湖や河川、また荒海から深く入った良港のフィヨルドは、北欧の生業と交通手段を規定した。
それは水際の小さな村落で漁労、農業、牧畜を細々と兼業していくことでした。
そして喫水の浅いボートで遠くまで交易することで不足の資材を補った。

このことにより、アジアのような大規模な農耕地と大都市の出現が遅れ、
かつての地中海の海洋都市国家のように、植民都市開拓や交易に重きをおくようになった。
このことが、後に誕生した王や貴族への権力への集中が遅れた理由でしょう。


この背景になっている状況は、それほど変わらなかったと思う。
ノルウェーなどはむしろ海上運輸や海洋資源を生かし続けている。

おそらくは国民性を育む最も重要な家族制度にも変化はなかっただろう。


 
*3

ストックホルムとオスロの巨大な墓苑を見たが、多くはシンプルな墓石で装飾にあまり差が無く、大きさにも差がなかった。
そして区画ごとに整然と並んだ墓石群、森林に囲まれた様子を見て、今なお、かつての国民性は健在だと感じた。
(新しい一部の墓石には大きなものや華美なものもあったが)

人は墓に最も保守的な側面、自然や社会への意識を遺すものです。


次回に続きます。


20190927

北欧3ヵ国を訪ねて 84: 北欧の旅を終えて 5


  


*1


北欧の歴史的意義とは?


 
< 2.2019年の世界幸福度ランニング、北欧青矢印 >
赤矢印の日本は低下し続けている(2015年は46位だった)。


不思議な北欧

北欧三ヵ国の人口は530~990万人と少ない、当然経済大国ではない。
寒冷地の為、農作物は期待出来ない(自給出来るようになったが)。
ノルウェーを除いて豊かな資源国とは言えない。
しかし日本のGDPに占める貿易額(輸出と輸入の計)の比率が30%に比べてスウェーデンは60%もある。
これが経済の強みの一つです。


北欧三ヵ国は福祉国家を目指している。
簡単に言えば、国が人権(健康・安全・生活)を手厚く保障している。
日本の通念では、国民の権利保護の行き過ぎが経済の自由を奪い、経済失速を招くはずです(米国に沿った主張)。
北欧は試行錯誤しながら隣国同士が切磋琢磨しながら国民の権利保護と経済成長を両立させ来た。

この試みは20世紀半ばに始まったに過ぎない。
なぜ彼らは画期的な挑戦を始め、成功させているのだろうか?
社会主義と目指す所は同じようだが、独裁と官僚主導を排し、経済効率も手に入れている。


北欧はバルト三国ほどではないが、侵略の苦渋をなめて来た。
両地域には似た宿命がある。
大国(ドイツやソ連)に侵攻され、また互いに争うこともあった。
助け合うこともあるが強固な同盟を結ぶわけでもない。

弱小国だけに、独立は武力ではなく世界の信任に頼らざるを得なかった。
現在、北欧三ヵ国は西欧(EUやNATO)との絆を強め、1世紀前の中立政策から距離を置いているようだ。

北欧三ヵ国は過去の軋轢を乗り越え、同じゲルマン民族として、よく似た政体(立憲君主制、福祉国家)を保持している。




 
< 3.小さな国土ながら世界に打って出た国々、赤の星印 >

小さいが一味違う北欧

小国が世界をリードしたことはあっただろうか?
ユダヤ王国、古代アテネ、古代ローマ、リトアニア、ポルトガル、オランダ、イギリス、日本などはどうだろうか?
これらの国は初期こそ国土は小さいが、やがて周辺から世界に君臨したことがあった。
但し、武力を背景にしていたが。

かつて日本は西欧の覇者イギリス、フランス、ドイツに政治・産業・軍事を学んだ。

しかし、これからの時代、最大の軍事力や経済力ではなく、国民が最高の幸福と所得を共に得ている北欧から学ぶべきではないだろうか。

米国は同じ資本主義である北欧に比べ国民の幸福と平和において遥かに及ばない。
(米国の平均所得は高いが、90%の国民は低い)

北欧はこれまで世界を席巻した文明国とは一線を画している。
この国々は今が旬かもしれない。
遠く小さいからと侮ることは避けたいものです。


次回に続きます。