20170912

フランスを巡って 36: モンサンミッシェル 2





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今日は、モンサンミッシェルの城壁を紹介します。




< 2.徒歩ルート >

赤線のSからEまでを35分かけて歩きました。
歩いたのは2017年5月24日午後2時頃からです。
写真はほぼ撮影順に並んでいます。





< 3. 修道院の入口の手前からスタート >

左上の写真: 修道院が聳え立っている。
右上の写真: 右側の階段の奥に修道院の入口がある。
下の写真: 眼下にシャトルバスで来た橋が見える。




< 4. いよいよ下り始める >



< 5. 最初の塔が見える >

上の二枚の写真: 一番高いところにある北塔。



< 6.北塔から >

上の写真: 北塔から下って来た階段を見上げる。
下の写真: 北塔からブクル塔を見下ろす。






< 7. 北塔とブクル塔の間で >

上二枚の写真: 北塔を振り返る。
下左の写真: ブクル塔が見える。





< 8. ブクル塔の手前にて >
下の写真: 修道院を見上げる。





< 9. ブクル塔にて >




< 10. ブクル塔から見上げる >



< 11. ブクル塔から低塔まで >

上左の写真: 奥に北塔が見える。
上右の写真: ブクル塔を望む。
下の写真: 低塔を望む。



< 12. 王の門の上に到着 >

左下の写真: 王の門の上から城壁内のメインストリートを望む。
この通りを奥に進み階段を上るとS地点に至る。

感じたこと
この30分ほどの間に、雲間が切れ青空が広がって来た。
見上げると陽光に輝く教会の雄姿が聳えていた。
とうとう憧れのモンサンミッシェルの中を自由に散策出来た。

当初、抱いていた孤高の教会のイメージよりは巨大な中世の大要塞であった。
岩盤の島に築き上げられた礼拝堂から1200年をかけて城塞へと発展し、そして幾多の戦いにも難攻不落を誇ったモンサンミッシェルとなった。
城壁を歩いて、その高さと堅固さから、さもありなんと納得した。

11世紀、このノルマンディー地方に入植していたバイキング(ノルマン人)はイギリスをも支配するようになり、やがて英仏の百年戦争(1337-1453年)の火種となった。
このことが、モンサンミッシェルを要塞化させることになった。

この美しい信仰の聖地で幾度となく戦いが繰り返され、この不思議で稀有な容姿となった。



次回に続きます。








20170823

フランスを巡って 35: モンサンミッシェル 1





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これから、モンサンミッシェルを数回に分けて紹介します。
今回は、対岸のホテル街から城内入口近くまでの景観です。


この日の観光
観光したのは、旅行8日目、5月24日(水)、13時から17時です。
到着時は雲が空を覆っていたが、徐々に雲が無くなり晴れ間が見えて来ました。

13時前にホテルに着き、荷物だけを置き、シャトルバスの停留所まで歩いた。
シャトルバスは無料で、朝8時から深夜1時まで5~10分間隔でモンサンミッシェルとホテル街を結んでいる。
シャトルバスは2.5kmを走り、終点の橋の上で降りると、直ぐ前にモンサンミッシェルが全貌を現す。

モンサンミッシェルの観光は、最初に城内で自由散策と昼食時間があり。
私の自由時間は、修道院の入口前まで上り、そこから見晴らしの良い海に面した城壁に沿って下まで降りた。
昼食はツアーには無く、各自がレストランを探して入るか、途中休憩したドライブインで買っておいた食品を食べた。
私は後者で、サンドイッチを買って食べた。

その後、全員が城内入口付近に集合し、ガイドに従って登り、修道院を巡った。
修道院の見学を終えると、そこで散会し、シャトルバス停留所の集合時間までは自由散策となった。
この自由時間は島内の生活感が残る個所を降りた。

後は、シャトルバスに乗ってホテルまで戻った。


 

< 2. 衛星写真 >

上の写真: 対岸のホテル街から入場口までルートを赤線で示す。上が東。

下の写真: 赤線はシャトルバスを下車してからおおよその撮影場所。上が北。
赤線: 1回目の自由散策とガイドに従って2回上ったルート。
茶色線: 1回目の自由散策で下った城壁ルート。
青線: ガイドに従って入った修道院。
オレンジ線: 2回目の自由散策で歩き下ったルート。



 

< 3. ホテル街 >

上二枚の写真: ホテル街。
ホテルに荷物を置いて、シャトルバスの停留所に向かう。

下の写真: 走行中のシャトルバスから東側を撮影。
羊達が草を食む広大な草原が広がり、さらに遠くに対岸が見える。


 

< 4. 橋の上から 1 >

上2枚の写真: 長い橋の上を走るシャトルバスから東側を撮影。
干潟が広がっている。

下の写真: シャトルバスを降りて、橋の上から南側、ホテル街を望む。
バスはこの川沿いの左側を走って来た。


 

< 5. 橋の上から 2 >

上の写真: 橋の上から西側を望む。
河口の向こうに広大な田園地帯が広がる。

中央の写真: 17時に撮影。
観光を終了してホテルに戻る前に撮影。

下の写真: 13時半頃に撮影。
シャトルバスを降りて、観光前に撮影。



 

< 6. 左側を望む >



 

< 7. 中央と右側を望む >

上の写真: 中央の白いバンの向こうに城内への入口がある。


 

< 8. 右側を望む >

干潟を多くの人が散策を楽しんでいた。

この島はノルマン人との戦いや英仏戦争を耐え抜いた、如何にも難攻不落の要塞に思える。



次回に続きます。



20170817

何か変ですよ 70: 日本の問題、世界の問題 6: バブル崩壊の果てに待ち受けるもの





< 1. 1980年代、世界を変えた首脳達 >


前回、バブル崩壊と救済が繰り返されて深刻な事態になっていることをみました。
今回は、なぜこのようになったかを探ります。
これでバブル崩壊の考察を終えます。




< 2. 世界の緩和マネー >

上のグラフ: 茶色の線がOECD+BRICsの合計マネーサプライで、青線が世界のGDP

マネーサプライが上昇している時に3回のバブルが起きている。
そして2008年以降、歴史上はじめて先進国全体がGDPを超えるマネーサプライを供給し続けている。
現在は中央銀行バブルの最中だと警鐘を鳴らすエコノミストが増えている。

下左のグラフ: 大国はベースマネー(マネタリーベース)を競うように拡大している。

下右のグラフ: 赤線は世界のマネーサプライ。


第一章 はじめに
先進国(日米など)に格差拡大と累積財政赤字の増大が深刻化していることがわかりました。
これが緩和マネーの増大と金融セクターの膨張と関係していることもみました。
さらに、この始まりは高々1980年代に始まったことも知りました。

この異常な事態は最近の人為的なこと、つまり国と中央銀行の政策の変化が起因してることも知りました。
事の起こりは米国にあり、さらに経済理論が様変わりしたことにある為、理解することは難しい。

ここでは、先進国の政治経済の大きな変化を取り上げ、何が元凶なのか、何が経済と金融政策を変えてしまったのかを探ります。




< 3. 世界のヘッジファンド >


第二章 なぜこのようなことになったのか?
皆さん、不思議に思いませんか?
世界を巻き込む巨大なバブル崩壊を繰り返し、また国内の所得格差を著しく拡大させている国は何処でしょうか?
それは民主主義と資本主義の先進国である米国です。
その結果、トランプ大統領が誕生したも言えるのです。

これは他人事ではなく、放置すればいずれ我が身に起きることなのです。
この事態は米国がリードでして来た二つの金融政策に端的に現れています。

バブルが起きる原因はどこにあったのか?

大きな要因の一つは、緩和マネーの巨大化でした。
中央銀行はバブル崩壊後の景気刺激策として大量の緩和マネーを市場に供給して来た(マネーサプライ)。

バブルが過熱する時は、必ず投機家が巨額資金(自己資金の20~30倍の借金)を金融商品に投じて高騰を煽っていました。
単純に考えて、彼らが自己資金内で運用する分には、高騰はそれほど起こらず、例え暴落が起きても破産の可能性は著しく低くなります。
つまり、バブルの過熱も崩壊もなくなります。

それではなぜ投機家はそのような莫大な借金が可能になったのでしょうか?

大きな要因の一つは、政府が高レバレッジ率を許して来たからです。
政府は金融セクターの要望に従ってあらゆる規制緩和をこれまで行って来た。

それではなぜ政府と中央銀行はこのような危険を冒すようになったのでしょうか。





< 4. 2007年度、米国の資産格差 >

上位1%の金融資産は、米国の42%になった。


第三章 危険を冒す政府、肥え太る人々
なぜ政府と中央銀行は危険を冒してまで、巨大な緩和マネーを投じ、金融の規制緩和を行うようになったかを見てみましょう。

この様変わりした政策については経済学派のケイジアンとマネタリスト、米国の民主党と共和党、ドイツと米国、日銀総裁の白川(元)と黒田(現)で意見が対立し、賛否が別れています。
これら論争を理解することは困難でも、現実に悪化する状況を直視すれば、また背景を理解出来れば、自ずと答えは見えて来るはずです。
出来れば良質な経済書をお読みください。
私が読んだ参考図書を末尾に紹介します。


政策が変わっていった背景を簡単にみます。

第一段階 1970年代より、先進国が金本位制を止めたことにより、緩和マネーの巨大化が可能になった。

最初に1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を止め、1978年から先進国が続いた。
これにより各国の中央銀行が金の備蓄量を気にせず貨幣を発行出来るようになった。
中央銀行は貨幣供給量の調整で物価対策と通貨対策、景気刺激策を自由に出来るようになった(マネタリズム)。

これ以前、各国は金本位制を幾度も止めては、また復帰を繰り返して来た。



第二段階 1979年から米国のFRBが貨幣供給量を制御するマネタリズム(フリードマンが唱えた経済政策)により、スタグフレーション(失業率上昇と物価上昇が併進)を収め、景気を回復させた。

これ以前の経済政策は、米国のニューディール政策に代表される、政府が市場に介入し公共投資や賃金アップ(労働組合奨励)などで需要を喚起するケイジアンが主流であった。
第二次世界大戦まではこれが功を奏したと言えるのですが、戦後の世界経済は好調後に、インフレからスタグフレーションへと突入した。

先進国の産業・経済界と保守派は、これをケイジアンからマネタリズムへの転換の絶好の機会と捉えた。


第三段階 1980年代より、先進国は「自由放任主義」を掲げる保守的な政策に転換した。


スタグフレーションの原因の一つに、強い労働組合による旺盛な賃金上昇があったとされ、先進国の産業・経済界はこぞってこの抑制を政府に訴えた。
彼らにとって、経済疲弊の病根は強い労働組合と公営企業の赤字であった。
また第二次世界大戦後の英国や米国は、日増しに高まる日独の輸出攻勢で経済は勢いを失っていた。

これを挽回するために、英国のサッチャー(1979~)、米国のレーガン(1981~)がマネタリズムと自由放任主義を推し進め、やがて他の先進国も追従した。
自由放任主義とは、市場は規制を受けない自由競争状態であればあるほど経済の効率が高まり、発展するとの考えです。
すべてを自由競争に委ねれば、企業家は意欲を増し、商品価格は低下し、経済効率は上昇し、経済は発展すると信じた人々は、また政府の裁量と財政規模を縮小すべしとした。

彼ら指導者は国営企業の廃止や労働組合の制限、産業・金融の規制緩和を推し進め、景気刺激策として公共投資から貨幣供給へと軸足を移した。
日本だけは後者のマネタリズムへの転換を日銀が拒んでいたので、公共投資を継続した。

確かに、経済を安定的に発展させるには成長に見合ったマネーサプライは不可欠ですが、行き過ぎた緩和マネーが問題であり、その限度、効能と弊害について意見が分かれています。



第四段階 米国では金融家達が徐々に政治を支配するようになっていた。

米国の金融家(銀行家)と大資産家らは、ロービー活動と選挙応援を通じて20世紀初頭より政治力を高めており、レーガン以降、その力は強力になっていた。

彼らは米国の経済復活には世界的な競争に勝つ必要があり、この為に世界大恐慌後(1929年~)の数々の経済・産業・金融の規制を撤廃すべしと政府に規制緩和を求め続けた。
保守的である共和党の方がより規制緩和を行い自由放任主義的な政策を採ったが、多くの民主党政権でも後退には至らなかった。

この規制緩和は多岐にわたりますが、そのポイントは国民の犠牲を防止する規制の廃止、一方で金融家の自由な投機を阻害する規制や監督を廃止したことです。
一例としてはシャドーバンキング(ヘッジファンド)の暗躍、高レバレッジが最近の金融危機の大きな要因になっている。
他に自由放任主義の施策としては企業経営者の報酬アップ(ストックオプション)、労働運動の制約、富裕層減税による累進課税のなし崩しがある。


現段階 こうしてバブル崩壊がほぼ10年毎に起こり、中央銀行は膨大な緩和マネー、政府は財政出動で金融救済と景気刺激策を繰り返すようになった。

こうして金融セクターが潤い巨大化し、富める者は益々富むようになり、さらなる政治支配が可能になった。
例えば、バブル崩壊後の2009年から2012年までの収入増加のじつに91%が、米国の最富裕層上位1%の懐に収まった。
このような状況では、米国の多くの政治家も経済学者も現状の自由放任主義とマネタリズムに追従することで主流に成り得る。
これになびく日本も同様です。

これが米国と、米国に追従する日本や他の先進国の状況です。




< 5. 2013年度、子供の貧困率 >

米国は世界で2番目に高く、日本は9番目に高い。

第四章 まとめ
結局、ここ40年ほどの金融家らによる政治と経済の転換は、著しい所得格差と莫大な累積赤字を生んでしまった。
そして多くの先進国では高い失業率と低経済成長がほぼ定着した。
さらに政治には国民の意向が反映されなくなり、失望の果てに日本、米国、ヨーロッパで右翼や国粋主義が台頭するようになった。

我々が今行わなければならないことは、先進国の金融セクターの横暴を止める政策を政府に採らせることです。
その対策の為には世界が一致団結して新たな金融政策、秩序ある競争を生み出す適切な世界的な規制と累進課税を採ることです。

経済学者スティグリッツは「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」で、抜本的な改革案を提示しています。


次回に続きます。



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参考図書

*「国家は破綻する 金融危機の800年」カーメン・M・ラインハート著、2011年刊。
内容: 世界中の国家の破綻、デフォルト、金融危機、通貨暴落、高インフレの全体像をデーターで俯瞰させている。
感想: 破綻が頻発している事実に驚かされたが、破綻のメカニズムの定性的な解説がなく、経済の素人には面白くないかもしれない。

*「ささっと不況を終わらせろ」ポール・クル-グマン著、2015年刊。
内容: バブル崩壊後の不況対策について、幾多の事例を参考にしながら主に米国について批判的に解説している。
感想: 様々な破綻が読みやすく語られ理解し易い。またクル-グマンの立ち位置が見えてくる。

*「2020年 世界経済の勝者と敗者」ポール・クル-グマンと浜田宏一著、2016年刊。
内容: 二人が米国、EU、中国の経済、アベノミクスについて対談している。
感想: 対談集なので底が浅く、二人の議論が噛み合っていないように思う。
クル-グマンは概ねアベノミクスが最善の方策であり期待もしている。
気になるのは彼が日本の達成を困難と見ていることと、次のバブル到来を危険視していないことです。
 
*「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」スティグリッツ著、2016年刊。
内容: 米国の経済政策(自由放任主義とマネタリズム)を批判し、米国と世界経済の復活を目指す改革案を提示している。
感想: 現状の経済の問題点を多角的に分析し、それぞれに対策を提言している。
しかし要点を絞って書いている関係で、専門の経済用語の知識がなければ理解が困難です。







20170815

何か変ですよ 69: 日本の問題、世界の問題 5: バブル崩壊 3





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前回、バブル崩壊のメカニズムと被害についてみました。
これが繰り返されることにより先進国社会の深部が蝕まれています。
今回、この状況を確認します。



*2


第一章 はじめに
これまで3回にわたり、世界各国が如何に経済的な破綻に見舞われて来たかをみました。
お読みになった皆さんは、おそらく世界が金融的な破綻に益々晒されつつあると感じたはずです。
先進国、資本主義国に何か変調が起きているとも感じられたことでしょう。

一方で、一気に世界を巻き込むバブル崩壊は必然だとも思ったに違いない。

そうであればこそ、バブルが過熱しないようにするしかない。
この為にはバブルを過熱させる要因を世界から取り除くしかない。
この要因は各国政府が、ここ40年ほどで作り出して来たものです。
所詮、作り出したものですから取り止めることが出来るはずです。

傍観している内に、我々の世界は大きな濁流に飲み込まれるはずです。





< 3. 米国のマネーサプライと負債 >

上のグラフ: 青線はマネーサプライM2の推移、左目盛り、10億ドル。
マネーサプライが急伸しているのがわかる。
(マネーサプライは中央銀行(FRB、日銀など)や金融部門全体から経済に対して供給される通貨の量で、一般の事業会社や個人、地方公共団体などが保有するお金の量を示し、国や金融機関が持っている現金は除きます。)
黒の破線は下のグラフの合計負債額/GDPの推移、右目盛り、%。


下のグラフ: 家計(青色)、非金融(赤色)、金融(緑色)の部門毎の債務残高/GDPの推移、%。
金融の負債がサブプライムローン危機の折に威勢よく上昇している。
しかも三部門の合計額は優にGDPの2.5倍になっていた。
この合計額がGDP(100%)を超えたのは、規制緩和とマネタリズムが隆盛になった1980年後半以降で、その後急伸している。


第二章 現在、バブル崩壊時に繰り返されている事
ここ40年ほど、先進国はバブル崩壊時に、金融危機の拡大を防ぐために莫大な救済金を金融機関に拠出して来ました。

この救済を行わない選択肢もあるのですが、しなければ1929年のウォール街大暴落に始まる世界大恐慌のようになります。
この時、米国の一人当たりの国民所得は最大35%低下し、元に戻るのに10年を必要としました。
失業率は一時約25%まで上昇した。
これがドイツや日本を経済的な窮地に追い込み、第二次世界大戦の引き金にもなりました。






< 4. 世界大恐慌時の米国 >

上の写真: 当時の取り付け騒ぎ。
下のグラフ: 米国民一人当たりのGDP推移。


それまでの恐慌では多くの場合、政府は銀行の倒産を放置し、不良な銀行を淘汰することが良策と考えていた。
しかし、この放置策では恐慌による傷が深まるので、現在は政府と中央銀行が、大規模な金融機関を集中的に救済するようになった。

このことは、当初、国民から反発があったものの、現在では受け入れられるようになった。
しかし、これが二つの深刻な問題を引き起こし、社会を歪める大きな要因になってしまった。

このポイントは二つある。

一つには、この救済資金が政府の累積財政赤字の急伸を招いている。
これを前回、見ました。

いずれこの負債を国民が広く負担せざるを得なくなります。
言い換えれば、バブルで救済される一部の大規模金融機関と大資産家を、犠牲になった国民が等しく救済することになる。


注意すべき事!!
リフレ策(アベノミクスなど)によって、累積財政赤字が霧散すると断言するエコノミストもいるが、私にはむしろ大きな破綻を呼び込む可能性があると考える。
世界のどこかでバブル崩壊(金融危機)が起きてしまうと、金余り(緩和マネー、溢れるマネーサプライ)が多ければ多いほど崩壊の被害は甚大になる。
つまり、ヘリコプターマネーによる膨大な金余り状態が最も危険だと言える。
現在、日本では、行き場を失った緩和マネーが株式投資、不動産投資、サラリーマン金融に向かっている。




< 5. 日本の不動産の値上がり >

上のグラフ: 値上がりは東京だけでなく全国に広がりつつある。
下右のグラフ: 銀行の不動産向け貸し出しの増加が値上がりに繋がっている。


二つには、救済されるのが大規模な金融機関に限られていることです。

救済される金融機関ほど、バブルの中核であったとも言える。
一方、救済対象から外されるのは圧倒的に大多数の被害者です。
かつて日本では自己責任が声高に叫ばれたことがあるが、これは真逆です。

崩壊と救済が繰り返される内に、以下のことが慢性化し深刻さを増しています。
特に米国において。

金融機関や資産家、特に大規模であればあるほど「モラル・ハザード」(倫理感の欠如)が浸透しています。
救済されることが分かっている彼らは悪辣な手で暴利を貪り食うことを厭わなくなりました。
金融機関は更なる大規模化を目指し合併を繰り返し、大資産家もこれに群がります。

大規模金融機関と大資産家は、バブル崩壊で失業し賃金低下に苦しむ大多数の人々をしり目に、救済策で破産を逃れます。
しかしそれだけではない。

景気刺激と金融安定化の為の大規模な金融緩和策で、崩壊後いち早く所得を増大させることになります。
これが繰り返されることにより顕著な所得格差が生み出されました。
これは米国の所得格差拡大の要因の一つに過ぎないが、根は一緒で、次回説明します。


さらに富を蓄え政治力を持つようなった大規模金融機関と大資産家は、国際競争と経済活性化と称する金融の規制緩和を政府に実行させて来ました。
1929年の世界大恐慌への反省から制定された規制が、なし崩しに廃止されて来ました。

こうしてここ40年ほどの間に、金融セクターが世界の繁栄を掌中に収めるようになったのです。
例えば、1950~1980年の間、米国の金融セクターは総企業収益の10~20%であったが、2001年には46%に成長している。注釈1.
その後、サブプライムローン危機で平均32%に低下している。


これが所得格差の元凶であり、結果であり、今後もバブル崩壊が繰り返さずを得ない理由なのです。



第三章 データーで確認します




< 6. 米国の所得の推移 >

上のグラフ: トップ1%の所得(赤)と平均賃金(青)の推移。
平均賃金は生産性(緑線)よりも伸びが低い、つまり正当な分配とは言えない。
一方、トップ1%の所得は鰻登りで、バブル崩壊の度にその差は開いていく。

下のグラフ: 年収5分位の年収推移。
上位になればなるほど上昇し、下位になればなるほど伸びなくなり、両者の差は開くばかり。
この格差は規制緩和とバブル崩壊のみで起こっているのではなく、逆累進課税や労働組合の衰退、法人優遇なども影響している。





< 7. 日本のマネーサプライと所得階層別の所得推移 >

上のグラフ: 緑線がマネーサプライ(マネーストック)、青線がマネタリーベース、赤線が名目GDP紺色線が東証時価総額です。

通常、マネーサプライを増やせば、インフレや景気刺激を可能にし、抑えれば逆効果となります。
しかし不思議なことに、マネーサプライが続伸しているにも関わらず、GDPは増えず、停滞を続けている。
このGDPマネーサプライのギャップ(緩和マネーの増大)が気になります、米国で起きたサブプライムローンの前兆を感じさせる(図3のグラフ)。

日銀が金融緩和などでコントロールするのはマネタリーベース(民間の金融機関が預金準備率に従って中央銀行に預けた貨幣総額)で、その何倍かが市中に出回るマネーサプライになる。
中央銀行がマネタリーベースをコントロールしたからと言って、マネーサプライを確実に調整することは出来ない。

ただここ数年の日銀のマネタリーベースは各段に多いので、株価を押し上げている。
株価上昇は日銀や政府機関が株購入していることも影響している。


下のグラフ: 赤線が下位90%の所得の推移で、橙色線は最上位0.01%の所得です。
下位90%の所得は3回のバブル崩壊で低下していったが、最上位0.01%の所得はバブルの度に上昇している。
米国ほどではないが、同じ傾向が見て取れる。


次回に続きます。



注釈1.
スティグリッツ著、「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」2016年刊、p75より。