20260920

短縮版 迫る多難な危機  第二章 2-4,2-5,2-6

  


「一時の自己満足の為に人類を破滅させては、神も悲しむだろう」

 

この短縮版は、既に投稿済みの「迫る多難な危機」を、少し内容を割愛、分割して連載します。

 

まえがき

 現在、深刻な危機が同時多発的に地球と人類に迫っています。特に、この20年あまり、一部の大国が身勝手に振舞って来たことでより加速しています。今、私達が立ち上がらないと、子孫に顔向け出来なくなる。家族と世界を再び幸福にしましょう。Make the world and people happy again!

 

 

--- 目次  ---

 

第2章 人類は危機にどう対処したのか?

2-4 繰り返される金融危機・恐慌      

2-5 金融危機を招いた悪辣なマネー 

  金融危機対応から見える金融経済の問題

2-6 繰り返される環境破壊と気候変動  

環境を守った事例

まとめ

 

 

 

 

第2章 人類は危機にどう対処したのか?

 人類は、初期には自然の猛威だけでなく、自ら作り出した災厄からも逃げ出すしかなかった。しかし、やがて工夫と協力で危機を乗り越えて来た歴史があります。失敗や成功の事例を見ます。

 

2-4 繰り返される金融危機・恐慌


  恐慌が始めて起きたのは産業革命末期の英国が最初で1825年でした。どうしても自由市場では、好況と不況(倒産)を繰り返します。恐慌下では、多くの労働者が長期に失業と賃金低下に喘ぐことになります。その後、ほぼ10年毎に起きています。やがて恐慌は一国から世界に広がるようになり、遂に1929年米国発の世界恐慌が第一次世界大戦で負けたドイツを困窮のどん底に陥れ(ハイパーインフレ)、ナチス・ヒトラーの台頭に繋がった。大戦後は、南米の債務危機、アジア通貨危機、ITバブル、住宅バブルのリーマンショック等が頻発するようになりました。

 実は、古い時代にも金融危機はあった。最古は古代ローマで、元老院議員らによる大規模な債務不履行(デフォルト)が発生し、ローマの銀行が次々と崩壊。皇帝が現代の価値で数百億円〜数千億円規模を無利子で市場に融資し、史上初の公的資金による銀行救済を行いました。1637年には、投機によるバブル崩壊が起き、オランダのチューリップ・バブルがあった。珍しい品種のチューリップの球根価格が異常に高騰し、家一軒が買えるほどの額に達したのちに大暴落。市場の熱狂と崩壊のサイクルを示した世界最初の事例です。

 

 日本にも、大正から昭和にかけて、10年間に3回と度重なる恐慌が襲いました。最後の恐慌は米国発の世界恐慌が波及し、さらに政府の貿易政策の失敗と農業恐慌が重なり甚大な被害をもたらした。これにより国民の不満が一気に高まり、農民にとって満蒙開拓が救いと思えるようなり、満州事変へと繋がっていった。

 

 人類は多くの経済危機、金融危機・恐慌、債務不履行、ハイパーインフレを経験し、悪戦苦闘しながら乗り越えて来たが、今も経済危機は無くならない。

 

 

 

2-5 金融危機を招いた悪辣なマネー

 

 マネーの暴虐さは近年勢いをさらに増し、日々新たな手口が生み出されています。ここ半世紀の危険なマネーの動きを拾います。

 

 発展途上国が海外の潤沢な資金に惹かれ、国の発展の為に借りる事はよくあります。しかし、これが往々にして悲惨な結果を生みます。一つは、途中からの金利高騰で返せなくなり、さらに高利貸しに手を出し、身ぐるみ剝がされるケースです。これが1970年代~80年代の中南米債務危機でした。この結果、この国々は、国民資産2200億ドルが国外流出し、ハイパーインフレと不景気に襲われた。高利貸しとはIMFです(悪意はないが、結果はほぼ最悪)。

 東南アジア諸国が、これまた海外の資金を国内投資の為に借入れ、国内景気は順調だったのですが、残念なことに外貨の貯えが少なかった。これに目を付けたヘッジファンドらが、タイ通貨を空売りし、通貨が下落することで数千億円儲けた。タイは自国通貨が半減すると、借金が倍になるので買いで防戦したが、完敗した。この結果、この5ヵ国の国民5億人に何が起きたのか。各国のGDP減少率はで5627%になり、タイは、その後の5年間で肺炎、結核、HIVによる死亡者数が5万人増加した。ここでも多くはIMFに頼ることになり緊縮の苦しみを味わった。このファンドの行為は為替投機であって違法では無い。ヘッジファンドは正に生き馬の目を抜く守銭奴です。

 


 最後に、世界が金融屋に騙され浮かれ、その果てに巨額の損失を出したのが、2008年のリーマンショックでした。二つの破綻要因があり、一つは、米国の低所得者用住宅ローン(高リスク)を他の債権と組み合わせた新しい証券CDOが世界中に販売された。これを有名な信用格付け会社が保障した。またこれら証券を買った銀行が、不渡りでも損失を補填して貰える保険CDSが出回り始めていたので、銀行は飛びつくように買った。しかし不動産バブルが弾けると、一気に世界中で安心とされたCDOCDSも不渡りが続出し、世界的な金融危機となった。世界の株価時価総額の約半分15兆ドル(約1500兆円)が数か月で吹き飛んだ。米国は救済に7000億ドルも税金を注ぎ込みました。証券CDOは総額1.5兆ドル、保険CDS総額は58兆ドル(5800兆円)にもなっていた。普通の神経なら、保険CDOの総額がこれほど多いと知った段階で、危険と判断するはずなのですが、無視するからこそ、毎回のように金融危機が起こるのです。投機家は「皆で渡れば怖くない赤信号」の心境になってしまう。

 

 三つの実例から言えることは、如何に金に群がる投資家らが、儲けの為なら国家や国民を食い物にし、世界に甚大な被害を与えているかがわかる。金融危機が再発しても被害が少なくなるような制度が必要です、大企業ではなく中間層以下にとって。我々は、賢くなるべきです。

 

 

金融危機対応から見える金融経済の問題

 

 2008リーマン・ショック後G20協調対応を行った。未曾有の世界的金融危機に対し、G20が中心となり、世界規模での協調的な利下げと、総額5兆ドル(税金)にも及ぶ大規模な財政出動を同時に実行しました。しかし、一連の対応から金融業界の恐ろしさが見えて来ます。対応は大きく二つに分かれる。一つは、倒産対応で、大手銀行を「秩序立てて潰せる」ようにする破綻処理手段が整備された。米国は、1930年の大恐慌時、安易な救済がモラルハザード(倫理の欠如)を生むとし銀行の連鎖倒産を事実上放置し、深刻化させました。しかし、その後、「大きすぎて潰せない」として、銀行を巨額の公的資金を投じて救済し、この慣行が続いていた。これをまた大転換した。もう一つは、今後の金融危機防止策で、金融機関の自己資本比率の大幅引き上げ、店頭高リスク金融商品(デリバティブ)の透明化、無免許銀行(シャドーバンキング)への監視強化が主でした。

 

 幾度も金融危機に見舞われているのに、なぜこの対応が事前に出来なかったのでしょうか? 金融危機は、危機⇒規制⇒「安心+景気刺激」⇒規制緩和⇒危機が繰り返されている。これが繰り返されるのは、金融資産の増加は多くの人にメリットがあり、過熱し易い一方、毎回、金融イノベーションにより状況が変わり、バブル崩壊を予見できない事にある。さらに米国は、金融資本家の勢力が大きいので、政府に圧力を掛け、規制緩和に戻ってしまう。バブルが起きると、投資利益は金融資本家に行き、バブルが崩壊すると負債は政府が被り、景気後退が庶民を襲う。これが繰り返されている。金融はブラックボックスのようだが、国家と世界が協力して、正確に把握し制御しないと、悪化するばかりです。

 

 

 2-6 繰り返される環境破壊と気候変動

 

 公害は古くからあった。人々の経済活動による環境破壊は幾度も起こっていた。地域毎の異常気象が重なることもあった。最古の記録として、出エジプト記に登場する「十の災い」があり、ナイル川の水位低下(紀元前1500年頃)が起因していた。水位がかなり低下し滞留すると赤い藻が発生し、蚊やアブを食べるカエルが死に絶え、蚊やアブが大量発生し、これが家畜や人に感染症を大量発生させることになった。エジプト文明はナイル川の氾濫農耕に依存していた為に被害が拡大した。

 

 人間が原因となった古い事例がトルコのエフェソスに残っています。古代ギリシャ人は、植民地上流の川沿いの森林を伐採し、牧草を植え、羊を飼いました。やがて土砂が下流の湾に堆積し、マラリアが発生し、人々は浚渫を繰り返した。紀元前3世紀に始まり紀元後14世紀、遂に捨てられ、都市遺跡は今の海岸から6kmほど内陸に引き離されてしまった。南太平洋のイースター島や中国の黄土高原などの殺風景な風景も、長年の森林伐採が原因です。今の米国は、地球温暖化を否定することで産業の発展を促進しているが、そのツケは米国民だけでなく世界が負うことになる。

 

 しかし20世紀になると、国内や世界が一致団結し、国内だけでなく地球を守る機運が高まるようになった。

 

環境を守った事例

 

1987年、モントリオール議定書によるオゾン層の保護が始まった。世界規模の環境問題を国際条約で解決した最も成功した例の一つです。197080年代、冷蔵庫やスプレー缶に使われるフロンガスが地球のオゾン層を破壊し、有害な紫外線の増加を招いていることが判明した。世界各国がフロンガスの製造・使用の段階的廃止に合意しました。先進国が途上国へ技術的・資金的な代替フロンへの転換支援を行ったことも功を奏し、現在オゾン層は回復傾向にあります。

 実は、この裏で科学者達の孤軍奮闘があった。高感度検出器による大気中のフロン発見、次いで別の科学者が、フロンが成層圏で壊れオゾンを破壊すると発表、さらに南極観測隊が上空のオゾン層が極端に薄くなっている事を発見した。これを米国のフロン業界が「根拠のない空想科学だ」と猛烈なバッシングを行った。しかしカーター大統領は、スプレー缶へのフロン使用を禁止した。こうして地球が救われることになった。

 

1980年代~、ヨーロッパ複数国の協力によりライン川の水質浄化。スイスからフランス、ドイツ、オランダなどを経て北海に注ぐライン川は、高度経済成長により工場排水や生活排水が流れ込み、1970年代には生態系が破壊され「ヨーロッパの下水道」と呼ばれるほど汚染されました。流域国が国際機関を作り、国境を越えた水質監視、厳しい排水規制を共同で実施しました。国境を越える環境問題は、国境を越えた共同管理によって解決できる事を示した。

 


2017年、水銀規制の水俣条約発効。日本の工場から排出されたメチル水銀が魚介類に蓄積し、それを食べた人々の間で中枢神経系に重度障害を引き起こした。これは国内最大規模の公害病で、被害者は7万人を越え、企業と国に対して勝訴した。

 その後、日本が主導して「水銀に関する水俣条約」が130か国以上の合意で採択されました。先進国と途上国が協力し、水銀の採掘から輸出入、製品(蛍光灯や電池など)への使用、廃棄に至るまでのライフサイクル全体を国際的に規制する体制を構築しました。

 日本の誇れることをもう一つ、日本の公害裁判において、「原因の証明は、被害者(市民)ではなく、企業側が科学的に反証できない限り認める」という形で、被害者に有利な判決が出されました。逆に、米国では、「原告(被害者)が厳密な科学的メカニズムと予見可能性を証明する必要があり、高度な専門証拠を完璧に揃えらえない限り、企業は免責される」とされている。米国の企業優先・経済優先が、あまりも露骨です。ヨーロッパの判例も、概ね日本のように被害者側に立っています。

 

 

まとめ

  

 人類が自然と共に暮らし、自然から恩恵を得る限り、環境を痛める可能性はいつもあり、放置すれば我が身に災厄が降りかかった。一方で、気候変動も数千年の間に地球の平均気温は±1℃の範囲で変化し、局所的に大きな異常気象を起こし、人々は苦境に陥ったことが度々あり、文明の崩壊に繋がったこともあった。人類は科学を発達させ、民主主義が広がる中で、自ら招いた公害や環境破壊について、多くの人が協力し乗り越えるようになってきた。だが気候変動による異常乾燥などには、つい最近まで無力だった。少しづつ科学技術で対処できるようにはなっているが、ほんの一部に過ぎない。

 

 

----全体の目次----

第一章、世界に迫っている危機の要約。

第二章、人類はこれまでに危機に対してどう対処して来たか。 

第三章、我々が直面している重大危機。

第四章、米国の衰退と世界の危機回避能力喪失は一体。

第五章、如何にあるべきか。

第六章、成功している北欧は資本主義のもう一つ道。

 

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