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前回に続いて、著書「検察が危ない」から記者クラブの状況を見ます。
< 2. 霞ヶ関、司法記者クラブでの原告団記者会見 >
「一心同体の司法クラブ」(P154~155)から抜粋引用します
前回からの続きになります。
「 被疑者の逮捕、起訴等の節目で地検次席、特捜部長が記者に対して行う会見には、司法クラブの記者だけが参加できる権利を与えられる。しかも、そこではカメラで撮影することも許されないし、録音することも許されない。そこで配られた資料を外部に出すことも禁止される。
それは記者会見ではなく、公式リークと言った方がいい。要するに、自分たちのお仲間にまとめて情報提供して、説明しているだけに過ぎない。
このように、実際に検察の内実を多少なりとも知り得るのは、この閉鎖的な空間にいる司法クラブの記者か、その出身者というごく限られた人間達であり、それ以外の“よそ者”はこの世界に入ってくることは出来ない。
このように、司法クラブの現場記者は恒常的「従軍記者」的な立場で、検察翼賛報道を続けるが、その一方で、新聞等は政治的に検察を利用しようとする動きを見せることもある。
いずれにしても、現役の司法クラブ記者であれ、司法クラブ経験者の社会部遊軍記者であれ、デスクや部長であれ、司法クラブでの経験を基に、検察関係者との人的なつながりを持っている記者にとって、その人的つながり自体が記者としての貴重な財産になっている。
それは、検察が正義であり、社会的に、政治的に大きな影響力を持っているからこそ、財産であり続けるのであり、検察の威信が地に墜ちてしまうと財産価値がなくなってしまう。
こうして、メディアが検察をほとんど批判することなく、一方的に賞賛する報道のなかで、世の中の「検察の正義」に対する信頼はほとんど信仰に近いもになっていく。 」
明確になったこと
上記の記述は、両者の一体化、特に新聞社が検察に寄り添う状況をうまく説明しています。
1.冤罪を生む体質
これまでに紹介した事件は、検察・警察・国税庁と新聞社が暴走し冤罪に繋がったと説明しました。
これについても、著者は両者の一体化に原因があるとしています。
連載37~39話:新聞は誰の味方か 1~3、に詳しい。
これほどまでに記者クラブは問題を孕んでおり、海外や「国境無き記者団」、国内からも批判されていながら、大手新聞社は既得権益にしがみついています。
< 3. 郵便不正事件での証拠改竄の被告検事たち >
2.
日本の新聞社は権力を監視することが困難
「原発事故で官僚が情報隠蔽」や「郵便不正事件」などの報道から、あることが見えてきました。
記者クラブに属する新聞社が権力を批判することは困難でした。
しかし記者クラブに属さない雑誌やフリーランスにはそれが期待出来ます。
残念ながら、まだまだその力は弱い、記者クラブの壁が立ちはだかっているからです。
多くは追従していると言えるが、時に権力に逆らい、その悪行を暴露する新聞社もまだ健在している。
これは長年、国民が新聞社に権力の監視を期待しているからで、これが無くなると危険な状態になる。
このことが、官僚化の弊害に染まっている朝日を幾分なりとも救っているのでしょう。
連載37話:新聞は誰の味方か1、に詳しい。
次回に続きます。
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