< 1. 麗江の巨大な別荘街 >
今日は、中国旅行での驚きを語ります。
私は三十数年前から計8回中国を訪れているので,
幾つかの変化を感じ取ることが出来ました。
< 2. どこもかしこも建築ラッシュ >
上の写真は新幹線から見た西安付近で、多くが建築中で、その数がべらぼうに多い。
通常、中国の新幹線駅や空港は都市部から離れているので、これらの建物は交通の便が悪いはずです。
おそらく巨大な町ごと、または新たな交通機関を造ってしまうことで解決しているのでしょう。
下の写真は麗江から昆明までの新幹線で見た大理辺りで、こんな奥地にも規模は小さいが建築中が目立った。
< 3.廈門の億ション? >
これは高層マンションの一室から見下ろしたところです。
この持ち主によると一戸は1億円近いそうです。
廈門ではここ十数年ほどで不動産価格が十倍以上になった。
* 私の中国遍歴
1980年代後半に香港と広州を社内旅行で訪れました。
これが初めての中国訪問でした。
この時、広州の街を深夜まで歩き、人々の活気を肌で感じ、身震いしたものでした。
当時、台北よりかなり生活水準が遅れていましたが、遥かにエネルギッシュでした。
成長を確信したのが懐かしい。
その後、上海と北京に視察や社内旅行で訪れています。
次いで、廈門の友人を夫婦で尋ねて、廈門と客家土楼などを見学しました。
後に観光ツアーで西安・洛陽、桂林を訪れた。
そして今回のフリーの一周旅行です。
< 4. どこも観光客で一杯 >
上は、夜遅い北京の王府井。
多くの高齢者の団体観光客が通りを闊歩し、飲食店、土産物屋で楽しんでいた。
おそらく地方から来た人々でしょう。
下は、麗江の四方街。
ほんとに多くの観光客で賑わっていた。
団体客もいるが、フリーらしい少数のグループやカップルも多い。
欧米人は数えるほどで、ほとんどが中国人か、稀に隣国の東南アジアからの人でした。
< 5. 都市部の道路状況 >
上は北京で、下は蘭州です。
何処も車、車で一杯でした。
* 中国の印象
一言で言えば、大きく変化し続けていることに尽きます。
廈門を十数年ぶりに訪れましたが、町の様子は様変わりし、高層ビルが乱立していました。
中国各地のどんなに奥地に行っても高層住宅の建設ラッシュでした。
どの都市に行っても、普通乗用車がひしめき合い、渋滞が常態化している。昔のように自転車で交差点が埋め尽くされることはなく、せいぜい昆明でバイクが目立つぐらいです。
観光ツアーでは気付かない発見もありました。
路線バスなど様々な交通機関を利用していると、人々の親切やマナーの良さを知ることが出来ました。
当然、日本や先進国と違うところもあるが、どんどん向上しているように思える。
概ね、若い人ほど親切でマナーが良く、高齢になるほど傍若無人なようです。
これは北欧とは逆のようです。
経済発展がそうさせているのか、はたまた教育がそうさせているのか?
生活の余裕が生み出すものなのか?
お願いしたアンケートの回答や数人との会話、街行く人々の様子から、自信のようなものを感じた。
彼らは経済成長や生活の改善は政府だけの力ではなく、中華文明の秘める力によるものが大きく、だからこそ持続出来ると思っているようです。
暮らしの向上を様々な場面で感じることが出来た。
先ず、十数年前に比べると国内旅行者が大幅に増え、それに連れて海外旅行に行く人も増えている。
都市中心部の百貨店、専門店、大型スーパーの商品価格は日本に比べ安いとは言えないが、いつも大賑わいでした。
幾つかの都市で、飲食店の店員募集の給与を見ると月8~12万円ぐらいでした。
三十数年前は都市部で月5千円ほどでした。
私は概ね中国の経済成長が今後も続くと感じました。
日本で出版されている中国経済の本によると、バブルが弾ける要因が幾つも挙げられているが、それよりも開放政策(自由競争)による生産性向上(IT関連など)や旺盛な労働意欲が勝って良好な結果を生み出しているようです。
おそらく中央政府や地方自治体の都市開発(公共投資)が、現在の好循環を生んでいるのでしょう。
欧米の自由主義経済からみると不可解なのですが、税金に頼らない公共投資に鍵があるようです。
< 6.蘭州だけは中心部を外れるとバイクが多かった >
これから各地の状況を紹介しながら、中国の発展と変化、歴史、人々の生活などを見て行きます。
次回に続きます。