20140916

私達の戦争 40: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」2


     


今日は、戦争の失敗について考察します。
奥深い問題なので、要点だけを見ます。

    

戦争の成功と失敗(取り敢えず)

多くの人が成功と認める戦争
A.古代ギリシャが連合してペルシャの侵入を阻止した。
B.高句麗が隋の侵入を阻止した。
C.日本が元(元寇)の侵入を阻止した。
D.米国が連合してナチス・ドイツの侵攻を阻止した。

敵の侵略意図が明確で外交も含めて他に方策が無ければ、侵攻に対する自衛の戦争は当然です。
すべての戦争を否定し、失敗と言うわけではありません。

    

成功とは言えない戦争
E.ペロポネソス戦争:全ギリシャがアテネとスパルタに分かれて70年間戦った。
F.第一次世界大戦:欧州全土で、欧州各国とロシアが二手に分かれて戦った。
G.ベトナム戦争:分断されたベトナムの一方に米国が加担し15年間戦った。
H.イラク戦争:米国と同盟国が武装解除を掲げイラクに侵攻し8年間戦った。

これらの戦争に共通しているのは、大義名分も無く、被害が甚大であったことです。
EとFでは、互いが領土や利権の拡大を狙い対立が深まった末の戦争でした。
互いに相手を悪の枢軸と見なしたが後で勘違いと判ることが多い。
勘違いとは、米国が、Gでベトナム側の戦う意図を民族独立では無く、恐怖視していた共産化と見なし、Hで大量破壊兵器が存在すると見なしたことです。
大抵、戦端は戦争被害の甚大さに思いが至らず開かれることになった。
あれよあれよと始まった戦争が全土を焦土にし、社会が疲弊し、人心が乱れ、悪くすれば次の戦争を招いた。
戦争を牽引した人々は、予想もしなかった被害の甚大さに、おそらく呆然としたことでしょう(私の考え過ぎかも)。

    

これらの戦争を失敗と呼んでよいのではないでしょうか?
それでは何が失敗なのでしょうか。
それは戦った国々、勝者も敗者も互いに損耗し、特に国民のほとんどが辛酸を舐めただけだからです。
唯一ベトナム戦争では、数百万の人命と引き換えに独立と統一を得ることが出来た。
しかし、これも両国の反省の弁によれば、初期の段階で誤解を解く姿勢があれば、無傷に目標を達成出来たはずなのです。

戦争の何が問題なのか
上記の戦争は、真の勝者が無い戦争と言えます。
それでは勝利した戦争は、成功した戦争と言えるのでしょうか?
実は、最初のA・B・C・Dの戦争には後日談があるのです。
おおまかに言うと、これら大勝利した戦争が軍拡路線へと向かわせたのです。

A. 古代ギリシャは、アテネを盟主に軍事同盟化が進み、ギリシャ全土で利権を軍事力で奪い合う戦争と侵略が160年間続き、分裂と衰退を深め、最後はマケドニアに占領された。

B. 朝鮮半島は絶え間なく北方民族と中国から侵入を受け続け、その度に独力で跳ね返して来た。
軍事力は増したのだが、国土と民衆は疲弊していくばかりだった。
しかし2千年間で統一新羅と李朝鮮王朝は上手く侵略を逃れた。
国土の疲弊を救ったのは名誉と戦争を捨てた苦渋の外交にあると言えるだろう。

C. 真剣に受け取ってもらうとまずいのだが、日本はこの時をもって「神風」を大国と戦う時の精神的支柱とした。
不思議なことに、あの巨大な米国と戦ったベトナムにも「神風」信仰はあった。
日本と同じ頃、元寇がベトナムの海岸にも押し寄せ、同様に神風(台風)が吹き、撤退したことがあった。
地政学的に似ているベトナムと朝鮮半島は頑強なまでに侵略者に抵抗した。

D. 長らく孤立主義を任じていた米国は第一次世界大戦の軍需景気と末期の参戦から第二次世界大戦にかけて、一気に軍事超大国に変貌した。
その直後の朝鮮戦争において米国の力無しでは、今の韓国はなかった。
しかしその後、幾たびか世界の警察として貢献したこともあったが、やがてCIAの謀略や身勝手な軍事介入が増えつつある。

おぼろげながら、戦争を体験する事が、更なる恐ろしい悲劇を呼び込む様子を見てとれたと思います。

    

戦争による最大の問題とは何か
必要な派兵もあるし、受けて立たなければならない戦争もあるだろう。
その中にあって、繰り替えされる戦争の罠に国民はいつも注視すべきです。
それは、戦争の勝敗ではなく、戦時体制や軍事国家となって、歯止めが効かなくなる政治状況に陥ることです。

世界史を振り返ると、アッシリア、秦、古代アテネ、ローマ帝国、スペイン、イギリス、ドイツは軍事力により覇者となり、逆にその軍事依存体質により瓦解する宿命にあったと言えるだろう。
個々に見れば、多少事情は異なるだろうが。
要は、一度軍事国家となり戦争を経験すると政府も国民も、やがて戦争の甘い熱情の罠にはまり、抜けだせなくなるのです。
この経緯は、経済・心理・社会・政治・情報文化等のすべてが関わり進行します。
詳しくは連載「戦争の誤謬」「社会と情報」で扱っています。

失敗から学んだつもりでも、民主度が発展しても、時代や武器が変わっても、安心した頃にまた戦争の罠に取り憑かれるのです。

次回は日本を例に見ていきます。





20140914

私達の戦争 39: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」


     


前回、「自虐史観は・・」を書いた折、「日本は何を失敗したのですか?」との質問がありました。
今日は、この質問を取り上げます。

コメントに感謝します
この連載を7月中旬から始めて、多くのコメントをいただきました。
賛否両論ありましたが、いずれも熱のこもった御意見をいただき感謝しています。
賛成のコメントは、当然ですが、私の理解と一致しており、安堵を得ます。
一方、反対の立場からの批判は厳しいですが、逆に、発憤することになります。
指摘された有用なポイントは、この連載で取り上げて解説してきました。
その意味でも、批判的な意見をありがたく思っています。
批判のコメントは私を悩ませますが、この連載をより深いものへと導いてくれるような気がします。
どうかこれからもどしどし賛否両論のコメントをお待ちしています。


    

今回の質問
今回の質問はYAHOO!ブログ、アクアコンパス5に記入されたコメントです。
この質問を見た時、私は正直びっくりしました。
この連載で取り上げている戦争―主にアジア・太平洋戦争、を失敗でないと捉えられている人がいたことに驚きました。
しかし、よくよく自問自答してみると、当たり前の指摘でした。
私がこの連載を始めなければならないと思った理由は、まさにそこにあったからでした。
世の風潮が、軍事に頼り戦争を肯定する傾向が強まったからでした。
そこには、過去の戦争を失敗とする気持ちが無いのは当たり前です。
この問題をいつか書かなければならないと思っていましたが、私は避けていました。
それで決心しました、感謝!感謝!

    

失敗について
ここでは質問者への解答も含めて、皆さんに「戦争から学ぶ」について語ります。
一般的な認識から始まり、最後は「日本の失敗」について説明します。
あることを失敗と見なすかは重要ですが、これまた自由です。

失敗の意味
「失敗」とは「人間の行為がもたらした仕損じ、やり損ない、上手く行かなかったこと」と定義しておきます。

例えば、地震が襲ったとしましょう。
皆は、倒壊した家の前で、呆然と立ち尽くしていたが、やがて復興に向けて動き始めました。
ある人は、これは天災であり、天罰だと諦めました。
彼は、悲しんでいても始まらないと考えたに違いありません。
別の人は、これは人災であり、家の強度不足や立地に問題があったと考えました。
彼は、現状復帰ではなく改良の上、再建することにしました。

本来、地震は天災ですが、人はそこからすらも、自らの行為に反省点を見出し、次ぎの行動に生かすものです。
この反省点を失敗と呼んでいいのではないでしょうか(責任はないでしょうが)。


    

歴史から得るもの
この連載への批判の中に、「歴史から学ぶべき事はない」「過去は過去でしかない」「歴史にIfは無い」と言う意見もありました。
これらをすべて否定出来ないことも事実です。

確かに、歴史学者が過去について軽々しく是非を断じるのは問題でしょう。
しかし、一方で実践を旨とする人々、スポーツの監督に始まり軍事戦略家(孫子、トゥキディデス、クラウゼヴィッツ)まで過去から多くを学びます。
この学ぶ対象は、勝因もありますが、重要なのは相手の弱点や敗因(失敗)でしょう。

おそらく「歴史や過去から学ぶ価値」が無いと考える意識の中に、歴史認識と言う体系的な論理と、過去と現在との繋がり(共通する文化・精神の存在)に疑問を抱いていることがあるのでしょう。
これは当然の疑問であり、そうであるからこそ歴史を鵜呑みするのは危険で、歴史外も幅広く読み、確認しながら自問自答する姿勢は不可欠です。

もっともそんな暇はほとんどの人には無いはずです。
結局は、広く受け入れられている良書だけは目を通すことが肝要でしょう。
もう一つ言えることは、批判のコメントを書かれた人も、実は日本の過去に好感を持ち、通じるものを感じておられるはずです。


*5

戦争から学ぶ
今次の戦争を経験された人々はまだ周囲にたくさんおられます。
敗戦を迎え、多くの人は何を思ったのでしょうか。
当時、終戦を受け入れられない軍人はいたはずですが、一部に過ぎない。
「勝てると思っていた」「二度と悲惨な戦争はしたくない」が大勢でしょう。

しかし、戦争を知らない人々にとってそうではありません。
これは米国でも同様で、ベトナム戦争から40年も経つと、若者の多くは肯定するようになりました。
当時、大統領選の最重要な論点は戦争の終結だったにもかかわらず。

どうやら戦争には不思議な魔力が潜んでおり、戦争を生きた人々には筆舌に尽くせない悲惨と不条理があるのですが、戦争を指揮する人々や戦争を始める前の国民にはそうでも無いのです。
これは世界共通のようです。
ここに戦争を学ぶ必要があるのです。
どちらかと言うと、戦争の勝敗やいきさつに関わりなく、大いなる闘志と悲惨のギャップにこそ学ぶ価値はあるようです。

次回も続きます。




20140913

私達の戦争 38: 自衛とは




*1

これから、戦争にまつわる基本的な概念について見ていきます。
例えば、自衛、集団的自衛権、抑止力、核迎撃システムなどです。
私達は、何気なく聞いていますが、これらはかなり不正確で矛盾を含んだ概念です。

    

自衛とは何か
自衛は自分で防衛することで、特に不明瞭さがあるとは思えない。
相手が攻撃してくれば、それを防御し、必要ならば相手を打ち負かすこともあります。
前者は自衛であり、後者は正当防衛と呼ばれるものです。
しかし、正当防衛のつもりが過剰防衛になることもあります。

日本は自衛隊を持っていますが、日本国憲法第9条では陸海空軍の戦力保持が否認されています。
自衛隊が戦力ならば憲法違反になるでしょう。
一方、日本が加盟している国連憲章第7条では、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、自衛権の行使は出来るとされる。
国際的には自衛の戦力なら問題は無いことになります。
日本は憲法と国連憲章とどちらに制約されるのだろうか。
取り敢えず、日本の現状を容認する為に国連憲章の立場で話を進めます。
つまり自衛隊の戦力は自衛用であれば良いわけです。

    

自衛の戦力とは
それでは自衛用の戦力とは何を指すのでしょうか?
戦闘機、艦船、ミサイル、核兵器は自衛用でしょうか、それとも攻撃用でしょうか。
それぞれの兵器の能力、例えば航続距離1000km以下なら自衛用でしょうか。
それとも兵器の数量、例えば1万トン以下の艦船で5隻まででしょうか。

仮想敵国の戦力が巨大であれば、それに対抗すべき自衛の範囲は変わるのでしょうか。
そうとするなら、仮想敵国が加盟する軍事同盟の戦力はさらに巨大となるでしょう
当然、逆も真なりで、最小の自衛戦力しか持たない国が、強大な戦力を有する国と軍事同盟を結ぶと、仮想的国から見れば自衛戦力を逸脱したことになるでしょう。
例えば、核兵器を持たない国が核兵器保有国と同盟すれば、仮想敵国からどのように見なされるでしょうか。

何か変ですよね
問題点を整理します。
各国の自衛(防衛)と攻撃の境界は、個別の自衛力に限定しても、あらゆる想定をするなら不定となります。
さらに同盟国全体の自衛力で見るなら、その境界の判定はほとんど絶望的です。
結論は簡単で、各国の戦力を自衛の範囲内と規定することに無理があるのです。

当時、国連憲章第7条に個別的・集団的自衛権を盛り込むかで、大いに紛糾したのです。
国連において、中小国はこの条項にかなり反対したのですが、米ソ大国を署名させるために妥協せざるを得なかったのです。
これを単に言葉の綾ではないかといぶかるかもしれませんが、取り敢えず、憲法や国際条約で自衛権を規定することに矛盾があることに気が付いていただければ幸いです。

    

真の問題とは
当時の各国代表は、法文の矛盾に反対したのではなく、二度の大戦の失敗を繰り返さない為に反対したのです。
歴史が示すように、各国は仮想敵国の戦力と競うように軍拡競争する宿命にあったのです。
その始まりは漠然とした自衛の戦力からでした。
つまり不確定な自衛力を認めてしまうと、暴走し軍拡競争に陥りやすいのです。
このことが最大の反省点だったのです。

防ぐ手はあるのか
一つの例を見ましょう。
日本国内では、銃刀法により自衛出来る武器が大幅に制限されています。
多くの国では、拳銃の所持が認められており、自衛権が擁護されているように見えます。
米国ではさらに、州兵だけでなく民兵組織(小規模な集団的自衛権)まで認められています。
日本は、当然、破防法等により、これは認められていません。
この連載「銃がもたらすもの」でも考察したように、どちらが国民の安全保障に有利だったかは、一目瞭然です。

ポイントは、自衛権の制約と統一した武器の制約にあります。
これが最も成功しているのは、世界広しといえども日本だけです。

*5

しかし自衛の問題はこれだけではない
過去と現実に起きている問題を箇条書きします。

1.軍事衝突時の原因: 満州事変、ベトナム戦争のトンキン湾事件、ドイツ軍のポーランド侵攻のように正当防衛、挑発、虚構かの判定が困難です。紛争当事国が互いに正当防衛(自衛)と称することになる。

2.核ミサイル迎撃: この抑止理論(防衛理論)も千変万化であり、結論としては自衛ではなく攻撃が主になる。後に扱います。

3.諜報活動: 代表的なのが米国の国家安全保障局NSAと中央情報局CIAの暗躍です。これらの行うクーデター幇助、暗殺、情報操作、武器援助などによる他国の政敵排除は何処まで自衛なのでしょうか。CIAのある幹部は自衛の範囲と自著に記しているし、秘密裏に行われるので手の打ちようもない。

これらはどれも放置出来ない問題です。

最後に
少しややこしい話になりましたが、現実の適用や戦史を見る限り、その複雑さは想像を越えます。
大事なことは、当たり前と思っている大前提でも、これほど脆いのです。
それだけに社会の平和を維持することは困難なのです。




20140912

I enjoyed the taste of Japan: 日本の味を楽しむ

  
< 1.  Hankyu Higashi-dori: 阪急東通 >

I introduce a course dish that I ate at a sushi bar of Umeda today.

今日は、梅田の寿司屋で食べたコース料理を紹介します。



< 2.  Uoshin in Umeda: 魚心、梅田店 >

Introduction of the shop   http://r.gnavi.co.jp/k121901/
I watched the introduction of this shop with a newspaper by chance.
This shop is “Uoshin” of sushi bar in Hankyu Higashi-dori of Umeda.
My eating course dish seems to be “ Kuzushi-Kaiseki, Takara-bune”.
This course dish was reasonably priced in proportion as large helping of dish.
This dish needs a reservation.


店の紹介 
新聞広告でたまたまこの店を見ました。
店は梅田の阪急東通にある寿司屋、魚心です。
食べた料理は「くずし懐石 宝船」だと思います。
このコース料理は盛りだくさんの割に値段がお手頃でした。
この料理は予約が必要です。



< 3.  Inside of the shop    >

Introduction of the course dish
I introduce the dish in order of having been served.

料理の紹介
出た料理を順番に紹介します。



< 4.  two food boxes二段重箱and roast beef salad 

Two food boxes: right box is the sliced raw fish of a tuna, etc. left box is assorted small sushi.

二段重箱: 右はマグロと鮮魚の刺身としらす。左は小さな寿司の盛り合わせ



< 5. a hot pot of sharp-toothed eelハモの柳川鍋仕立てand tempura of a lobster 

The hot pot of sharp-toothed eel:  Matsutake mushroom is in it.
The tempura of a lobster: Only this plate is for two people.

ハモの柳川鍋仕立て: 松茸が入っています。
ロブスターの天ぷら: この皿のみ二人分です。

< 6.  steamed egg hotchpotch, assorted sushibean paste soup >

The steamed egg hotchpotch:  Snow crab is in it.
The assorted sushi:  Sushi of an abalone, tuna, green onion, salmon roe, and conger eel.
The bean paste soup.
After this, a sherbet is as a dessert last.

ずわい蟹あんかけ茶碗蒸し: ずわい蟹に入り。
寿司盛り合わせ: 活きアワビ、マグロとろ炙り、芽ネギ、いくら、あなごの寿司。
赤だし味噌汁。
この後、最後にデザートとしてシャーベットが出ます。

After the meal

The cook cooks before the nose of our.
All clerk are amiable, and these dishes were provided timely.
The meal was a lot of kinds of seafood and very colorful.
We were able to enjoy the meal slowly.
Since the sizes of the Sushi and the Sashimi are small, young person may be unsatisfactory.
The taste seems to be equal to the price.

食事を終えて
板前さんが、目の前で料理をしてくれます。
愛想も良く、タイミングよく料理が出て来ます。
出てくる海の幸の種類が多く、彩りもよく、ゆっくり食事を楽しめました。
若い人には、寿司や刺身などの大きさが小さいので、もの足りないかもしれません。
味は、値段相応でしょうか。

< 7. a night view of Umada >

Then, we became a good mood by having alcohol, did shopping in the underground center of Umeda, and left for our home.

この後、アルコールも入り、気を良くして梅田の地下街で買い物をして帰路につきました。



20140910

私達の戦争37: 摩訶不思議な解釈9 「自虐史観は・・」

     

「自虐史観は日本を貶(おとし)めるものだ」
この手の文言には、大いなる勘違いがひそんでいます。
そこにはアジア、特に島国である日本の精神風土が深く関わっています。

自虐史観とは
「自虐史観」は、戦後の歴史学会の主流だった歴史観を否定するために用いられた蔑称でした。
分かりやすく言うと、否定側の要望は、日本の失敗や悪口を告げ口するな、良い所を探せでした。
否定側から発行された「国民の歴史」は当時、一斉を風靡しました。
私も読みましたが、あまりにも見え透いた我田引水が多く、大学教授の書いた本とは信じ難かった。
要は、日本文化は中国や朝鮮半島から学んだものではなく、固有の洗練されたものであると言うことに尽きます。
美術工芸や建築については、現地を旅行すれば多くの継承が存在することは一目瞭然であり、世界の美術史とはそのようなものです。
継承を否定することには無理があります。

要は、日本は素晴らしい、隣国など比較に値しないと言いたかったようです。
当然、この手の論調は愛国の心情を揺さぶり感動すら与えるでしょうが。

    

不思議なこと
私は機械技術者として、企業の技術革新を担って来ました。
幾つかの日本初や世界初の加工品を立ち上げて来ました。
その経験から言うと、成功には「失敗を生かす」と「手堅く挑戦する」姿勢こそが不可欠でした。
私は困難な挑戦に立ち向かうべき時ほど、成功例よりも多くの失敗例から問題点を学び、事にあたりました。
技術的に成長しない人を見ていると、そこには共通して「失敗を徹底的に考察し、問題点を抽出する」姿勢が欠如していました。

ここで勘違いをしてはならないことは、「失敗が萎縮を生む」のではなく「失敗を生かさないから萎縮を招く」のです。
確かに、失敗を知らない人ほど大胆な行動に出ることはありますが、その結果は明らかです。

そうは言っても、やはり失敗ばかりでは萎縮してしまいます。
挑戦する気力は成功体験の積み重ねから生まれて来ます。
だからと言って、やる気を削がない為、「自信」や「誇り」を育てるために「失敗」から遠ざけることは本末転倒です。

    

世界では
「ヨーロッパの歴史 欧州共通教科書 1994年版」から、第二次世界大戦について書かれている「犯罪」p345より抜粋します。

「ドイツ軍によって占領された国々の国民は、虐げられ、搾取された。数百万の人々が、ドイツの戦争経済のために働かなければならなかった。抵抗はことごとく暴力的に押さえ込まれ、ほんの少しでも疑いを持たれることは、そのまま死を意味していた。人質の処刑は組織的に行われた。中でもドイツ軍の占領が苛酷を極めたのは、東ヨーロッパにおいてであった。・・・『劣等民族としてのスラブ人』は、ドイツ人の奴隷にならなければならなかったのである。」

以前のドイツ国内向け教科書も、この共通教科書と同様に、生徒らに戦争の真実を知らせ、真摯に向き合わせる姿勢があった。

欧州各国、フランス、ベルギー、スイス、ドイツ、オーストリア、他に6ヵ国には、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の否認を禁止する法律がある。
これは表現の自由を侵害すると指摘されることもあるが、この手の歴史的事実を虚偽とする行為は民族主義(反ユダヤ主義)やファシズム(ナチズム)を再発させるとし、毅然とした態度を取っている。
つまりドイツを含め欧州は戦争の真実を知るだけではなく、否定しないことも重要だと考えている。

    

素晴らしい日本の精神風土
自虐史観と罵り同調する人々は、日本の精神風土に誇りを持っている方が多いはずです。
もしこの精神風土が自虐史観とピッタリと一致していたらどうでしょうか?

心理学に文化心理学と言う分野があり、国や地域毎に異なる心理(国民性)を研究しています。
これによると米国は楽観主義で、東アジア(日本、中国、韓国)は悲観主義の傾向が強いのです。

「あるテニスプレーヤーがトーナメントで決勝戦に進出した場合を考えて下さい」
実験者が、各国の被験者に上記のシナリオを想定してもらい。
A:「この試合に勝つとタイトルを獲得し、トロフィーが授与されます」
B:「この試合に負けるとタイトルは取れず、トロフィーはもらえません」
次いで、どちらが被験者にとって重要であるかを評定してもらった。
米国人はAを、東アジアの人はBを選ぶ傾向がある。
これは東アジアの人々は、成功よりも失敗回避を重視していることを示している。

失敗を念頭に置き、社会へ気配りしながら行動することが悪い習性とは言えません。
それぞれの国の国民性に優劣はなく、その国の歴史や風土によって育てられたものです。
過去において、それが社会に適応した行動や意識だったのです。

*5

つまり、本来、日本人は失敗を生かす国民性なのです。
日本の「改善活動」は正にそれです。
抜きんでた個人の成果ではなく、皆が関わる不具合部分を皆で改善し成果を得るのです。

いつの間にか、一括りに自虐史観と蔑称する人が現れると、周囲を気にして「失敗を反省する」ことから萎縮してしまうのです。
それこそ日本の良さを自覚できずに「恥ずかしい」ことをしているように思えるのですが。






20140908

私達の戦争36: 摩訶不思議な解釈8 「冷戦のおかげで・・」


    


「冷戦が世界の紛争を防いだ」、この手の真相を確認します。



< 2.2012年度、世界の武力紛争、茶=戦争、赤=小規模武力紛争、by UCDP 

私が最初に抱いた疑問
「冷戦後、世界で武力紛争が多発するようになった」
「冷戦の米ソ均衡が武力紛争を回避していた」
この手の言説を見聞きし、私は長らく答えを出せずにいました。
日頃、世界の紛争報道から察するに、この指摘は正しいようにも思えました。
しかし一方で、冷戦当時、米ソによる軍事援助と代理戦争が頻発していたのも事実でした。
アフガン、ベトナム、ソマリア、イラン、イラクなどの戦争・紛争がその例です。

私の推測では、冷戦は地域紛争を多発させたはずであり。
冷戦後は大量の武器が出回り、大国のたがが外れたことにより紛争が増えたのだろうと私は理解していました。
しかし、確信はなかった。


そこでデーターを探しました
今回紹介するグラフは、スウェーデンのウプサラ大学の平和紛争研究部(Uppsala Conflict Data Program)が収集・作成したものです。
このUCDPの資料は紛争解決学の分野で信頼出来るものだそうです。


< 3. 武力紛争の頻度、by UCDP >
用語: Extrastate =国家外、Interstate=国家間、Internationalised=国際化した内戦、Intrastate=内戦。

このグラフを見ると、第二次世界大戦後の冷戦期(1945~1989年)において内戦は増加し続け、1991年をピークに減少傾向にあることが明白です。
「冷戦が武力紛争を多発させていた」のは事実のようです。

一方で、大戦後、国家外(灰)と国家間(黄)の武力紛争は長期減少傾向にある。
1975年に国家外(灰)は無くなり、国家間紛争(黄)と国際化した内戦(黒)も一度大きく低下した。
この年はベトナム戦争が終結した年であり、この終結は72年にニクソン大統領による米中関係正常化が図られた結果です。

複数国同士による大規模な武力紛争(灰)の減少は、冷戦期、米ソ2強が均衡したからだと主張する軍事専門家がいる。
しかし、冷戦後、均衡が破れ米一強と中露の時代になっても国家外や国家間の武力紛争は増えなかった。
それに対して、彼らは核抑止力が現在も効いているからだと補足する。
しかし現在、核兵器の均衡は米露だけで、核保有は9ヵ国まで拡散し、不安定状態は深まっている。
既に銃社会で見たように、あてにならない抑止力よりも暴発の危険が増している。
むしろ米中、米ソの相互理解(関係正常化)が大規模な紛争を無くしたと言うのが事実ではないだろうか。

残念ながら、内戦(赤)は起こり続け、国際化した内戦(黒)は若干増加傾向にある。



< 4.地域毎の非国家的紛争の頻度、by UCDP >

このグラフから、非国家的紛争がアフリカで大きく増加し、ここ数年は中近東でも急増していることがわかる。
冷戦後、新しい形態の紛争が増加している(以前の資料がないので不正確)。
この非国家的紛争とはテロや武装集団による紛争を指しているらしい。


冷戦をどう見たらよいのか
冷戦(二大覇権国の均衡)は、第三次世界大戦を防いだかもしれないが、数多くの地域紛争を招いた。
大戦が起きれば1億の人命を失うだろうが、ベトナム戦争だけで800万人が死んだ。
また冷戦期と冷戦後も含めて、難民の数は膨大である。
現在の非国家的紛争(テロなど)の火種は冷戦期に大きくなったように思える。
それは、2大強国が傘下の小国で、傀儡政権や転覆派に継続的で大規模な軍事援助を行い、対立を煽ったからで、アルカイダ、イラク、ソマリア、ベトナムなどはその例です。
さらにその火種は、両大戦に遡る植民地政策や領土・国境確定にあった。

つまり、単純に言えば、過去の戦争や侵略の後遺症、軍事力均衡頼みだけの対立が、災いを生み続けたと言える。
それを和らげたのは相互理解(関係正常化)であった。
第三次世界大戦の防止や核抑止力については、大国に近い軍事専門家の希望的観察であって、確実なことではない。


残念なこと
「冷戦が世界の紛争を防いだ」と声高に主張する人の著作を読んで思うことがある。
著作の中で、すべてをなで切りにし、「平和呆け」をなじるが、行き着くところは軍事力信奉と日本優位に尽きる。
この手の人は、雑多な知識を売り物にしているが、論理は稚拙で、データー提示も少なく、説得力に欠ける。
それこそ古代中国の孫子に始まり、18世紀のプロイセン軍人のクラウゼヴィッツが顔を覗かせる。
非常時に備え軍事力と戦略の必要性は理解出来るが、結論はことごとく過去の延長線上にある。
そこには紛争を解決するために人類が生みだした外交術や法概念の発展、近年の紛争解決学への関心が微塵も無い。
当然、視野の狭い戦争論に終始することになる。

このような論調に安易に乗らないこと願ってやまない。