20190419

北欧3ヵ国を訪ねて 63: 古都ロスキレ 2

  
*1


今回はヴァイキング博物館内部を紹介します。
これでノルウェーヴァイキングとの違いが見えてくるはずです。


 
< 2. バス停から博物館へ >

上: 右手前方の街路樹向こうに見える白い建物が博物館です。

中: 左手の船着場に小型木造船が数多く停泊しています。
後に訪問しますが、魅力ある体験の場になっています。

下: 道路の内陸側にはゆったりとした住宅街が広がっています。


 
< 3. 展示物 >

上: ロスキレ湾に沈んでいたバイキング船が4隻並んでいます。
これらは11世紀、ヴァイキング時代末期に作られた船です。
これら5隻は湾内の水路に沈められていたのもので、1962年に発掘されたものです。

下: 船腹です。
ノルウェーのヴァイキング船と同じような作りですが、オスロの博物館で見た船よりは小さい。

この船が小さいのは国の違いではないかもしれません。
オスロの場合は外洋向けの船体であり権力者の副葬品でしたが、ロスキレの場合は、農耕主体の彼らが海上からの敵の侵入を防ぐ為に沈めたものだからです。

このロスキレは11世紀にはデンマーク王家の宮殿が建てられ、ロスキレ大聖堂には歴代国王の棺が安置され15世紀までは王都でした。


 
< 4. 模型 >


 
< 5. 他の展示 >

上: このロスキレのヴァイキング村の再現ジオラマのようです。
幾つか並んでいました。

下: この展示ブースは、ヴァイキング船が夜に航海をしている雰囲気を再現していました。
子供に人気でした。



 
< 6. 沈められていた船の位置 >

左上: ロスキレの位置。

右上: 大きく複雑な湾の最奥部にあるロスキレ。
三角印は灯台、放射状マークは見晴台、一個の円は沈船の場所を示している。

下: 沈船箇所の拡大図。
この位置はロスキレのヴァイキング博物館より北方17kmにある。
湾が三つに色分けしてありますが、最も色の濃い部分の水深が1~3m、最も白い部分で5~7mです。
つまり、彼らは最も深い通行可能な水路を沈船で遮断したのです。
もっとも自分たちも航行できないと思うのですが。



 
< 7. 北欧ヴァイキングの航海実績 >

デンマークのヴァイキングは西側から北海に直接出ることが出来たので、ヨーロッパを荒らした主役だった。
フランスのノルマンディーや英国の南部など。

一方、ノルウェーの者は北側のアイスランド、グリーンランドや英国の北部になった。
スウェーデンの者はバルト海から東部に出た。


 
< 8. ヴァイキングの生活の地 >

上: ヴァイキング時代の定住地を赤で示している。
当時、デンマークの人口は50~100万人、男性の身長は170cm、男性の寿命は40歳ぐらいだった。

下: スカンジナビアの自然。
左側上二つの風景はノルウェー、深いフィヨルドが特徴。
中央二つはフィンランドとスウェーデン、深い森と湖が特徴。
下二つはデンマーク、平坦な地と干潟が特徴。

地域によって、かなり水辺や海岸の様子が異なることがわかる。
だから一括りでヴァイキングと言っても、地域で生業や交通手段が異なり、村の様子も異なったことだろう。



 

< 9. ヴァイキングの生活 >

上: 左上の写真は、同じシェラン島にある別のヴァイキングの要塞遺跡を示す。
その右側の三つの円形は、それぞれ三ヵ所のヴァイキング要塞を示す。
その位置は、直ぐ下のデンマークの地図に描かれている。
その右側に要塞内にあった家屋の図です。
どうやら居住用と言うよりは要塞内で共同で過ごすホールの用です。

下: 戦闘時の装束、兜、剣などが分かります。


ここの博物館はオスロのものと違って目玉の遺物は少ない。
しかし、別の野外展示や作業再現の展示が素晴らしい。


次回紹介します。



20190418

平成の哀しみ19: 深まる亀裂 17: 日本に欠けているもの 2






歴史を俯瞰しない人

歴史の評価が分かれる時、奇妙な事が起きている。

時に歴史を知ろうとして人物や著作に拘る人がいるが、なぜか右派的傾向を持ち易い。
歴史は人間によって作られるのだが。


例えば
邪馬台国問題で魏志倭人伝の文言に拘り、世界の都市発展と比較する視点がない。

南京虐殺は大量の死体遺棄が不可能だから無かったと言うが、すぐ横を大河長江が流れている。

ソ連軍が満州の日本人居留民を殺したが、日本軍は彼らを軍事境界線上にも配した。
世界各地、中国や旧ユーゴでも国境に人々を強制移住させることはあったが、多くは不平士族や異民族で日本の例は少ないはずです。




朝鮮半島と台湾の植民地支配が同列視されるが、産業発展の差と陸続きの有無が日本支配の苛烈さ変えた。
これは東西に通じるスエズを有するエジプトが苛烈な支配を受けたのと似ている。


何が欠けているのか?

これは木を見て森を見ないと言える。
または空間的、経済的、世界的な視点が乏しいと言える。

実は東アジア人は欧米人に比べ、木より森を見る傾向が強いのです。
しかし右派的思考は、右脳左脳の連携が弱くシステム思考に向かないとの説がある。

当然、左派的思考にも危うさはあるが。


次回に続く



20190417

平成の哀しみ18: 深まる亀裂 16: 日本に欠けているもの 1






批判精神


日本に欠けているもの



ジャーナリズム

* 高校生の感想

「戦争は経済が潤うから悪くない」

「愛国心のあるネットウヨに好感が持てる」

私は指摘した

「米国はイラク戦争で300兆円を費やした、イラクの被害は別にして」

「愛国心は誰にもある。オリンピックの応援を見ればわかる」

これでは彼らは簡単に煽情される。





* ワルシャワで通訳に今次大戦について聞いた

「この地はドイツとソ連に酷い扱いを受けたが、皆はどう感じているのか?」

彼女はきっぱりと答えた。
「ドイツは許せるがソ連は許せない」

「破壊と虐殺はドイツ軍の方が酷かったのでは」
と聞くと彼女は答えた。

「ドイツは謝ったが、ソ連はいまだに認めない」


この心情は重要です。



* ストラスブールで通訳に町の平和について聞いた

「千年に渡り仏独はこの地を奪い合ったが、現在トラブルはありませんか?」

「両民族が共に暮らしているが問題無い」
と彼女は答え、ベテラン添乗員も同意した。

異民族の混住は紛争の引き金になり易いので、さらに疑問をぶつけたが怪訝な顔をされた。

これはフランスとEUの積極的な融和策が功を奏しているからです。


この違いは日本の政治・教育・文化の貧困に起因しているのです。


次回に続く





20190416

平成の哀しみ17: 深まる亀裂 15: なぜ亀裂は深くなるのか





亀裂を深めるもの?


 



ここ半世紀の大戦争は民主的な国によっても始めらた。

国内に不満や不安が鬱積すると、これをうまく煽動出来る者が為政者になり、隣国への圧力を訴え始める。
やがて隣国と小競り合いが起きると、互いに敵意がエスカレートし、遂に開戦し、完全な敗北まで突き進む。
この手の為政者は発言と人格に問題が多いのですが、当初は歓迎されます。

もし適切に世論が形成されれば、この暴挙を止めることが出来るはずです。

世論の形成は昔、各地域の名士、最近までは新聞やテレビが大きく、今はSNSの影響が大きくなりつつある。


昔、日本の世論は中国侵攻直前に急転回した。
これは反政府新聞への弾圧と国営ラジオの放送が大きく、その後、御用新聞に押されて反政府新聞も戦争礼賛へと傾く。

原発反対の世論が20年かけて賛成になったのは電気事業連合会による毎年1000億円のマスコミ広告でした。
これを仲介するのがオリンピックも扱う電通です。

同様に平成の右翼化を担う企業がある。
「ゴーマニズム宣言」や新しい歴史教科書をつくる会、「国民の歴史」などを支援し出版したのはフジサンケイグループです。

私達は既にマスコミの術中に嵌っているかも。



次回に続きます







20190415

湖北の桜を訪ねて 1: びわ湖バレイ






*1


これから数回に分けて湖北の桜の名所を紹介します。
今回は、びわ湖バレイです。


これらの写真は、2019年4月8日に撮影したもので、クラブツーリズムの日帰りバスツアー『春爛漫!びわ湖バレイ・海津大崎 彦根・長浜・琵琶湖の桜決定版』で訪れた時のものです。
ほぼ快晴で桜も満開に近く、良い旅行となりました。




 
< 2. ツアーの訪問地、 上が北 >

Aがびわ湖バレイで、ロープウェイで山頂に行き、琵琶湖を一望することが出来ます。

Bは海津大崎で、湖岸に沿って800本の桜が咲き誇ります。

Cは長浜の豊公園で、お城と湖岸の間を桜が埋め尽くしています。

ABの中間の湖岸沿いの道路に6kmにわたり桜並木が続く、風車街道があります。

順次、紹介していきます。



 
< 3. ロープウェイ >

上: 右側の山頂に向かってロープウェイが行きます。

下: ロープウェイのゴンドラからの眺め。
びわ湖の右側に微かにびわ湖大橋が見えます。



 
< 4. 山頂駅 >

上: 残雪の山頂が見えますが、スキー場です。
私は若い頃、一度だけここのゲレンデ滑ったことがありました。

下: ロープウェイ山頂駅側から見た「びわ湖テラス」です。



 
< 5.びわ湖テラス 1 >

水を張ったテラスからの眼下の眺めは素晴らしい。
手摺りが無い分、開放的です。

残念ながらこのテラスと同じ高さで雲が湧いていましたので、視界が完全に開けることはなかった。



 
< 6. びわ湖テラス 2 >

迫り出した展望台はちょうど雲の中でした。



 
< 7. びわ湖テラス 3 >

上: 左の建物がテラスカフェです。

下: カフェの内部から外を見たところ、ちょうど雲が立ち上っていました。



 
< 8. ロープウェイ山麓駅 >

山麓駅と駐車場周辺の多くの桜が満開でした。

上: 対岸に見える遠くの山影は近江八幡と沖島です。

下: ロープウェイのゴンドラです。


次回に続きます。



20190414

平成の哀しみ16: 深まる亀裂 14: 沖縄と本土 4




深い亀裂


 


沖縄の問題は日本の閉鎖性、同胞外への無関心さと冷酷さを示す。

海を隔ているだけで、同じ日本なのに本土は一方的に犠牲を強いる。
この風潮は近年益々強まっている。

これまで沖縄は本土の犠牲であり続けた。

沖縄は14世紀に統一王朝を成したが、やがて本土から差別的な支配を受ける。
そして大戦中は本土の盾となり玉砕の地と化した。
大戦後は米軍の支配下に置かれ、社会経済は破壊され、日本への復帰後も基地は存続した。

沖縄の基層文化は西九州と同じか、より古いと言える。

沖縄が基地反対と言えば、本土側と既得権益層からデマ(中国分派などと)と批判、分断が繰り返され支援金も減らされた。


為政者が一部の人々に犠牲を強いても、日本人は自分に関わらなければ無視する。
この政治意識の低さがやがて我が身を滅ぼす。

為政者が自己責任をよく口にするが、これは非正規で貧しくなるのは個人の勝手だと言うのと同じです。
まさに公共の福祉が後退している。
今、国民は分断され、徐々に権利を剥奪されつつある。

同じ日本人でさえ分断と差別が可能なら、民族の異なる隣国と宥和など叶うはずもありません。

まるで日本は絶望の淵に迷い込んだようです。




次回に続きます

20190413

平成の哀しみ15: 深まる亀裂 13: 沖縄と本土 3





沖縄に軍事基地は必要か?

 

俗説をみます
A 中国の侵攻を食い止める為。
B 米国との軍事同盟を維持する為。
C 普天間基地を無くすために辺野古新設が必要。

A 米海兵隊が中国有事の際に役立つとは思えない。
沖縄は基地が小さく、訓練には手狭で兵站に弱く、大陸からの攻撃に脆弱です。
これからの大国間の戦争は航空機やミサイルが主力で、海兵隊の出番はありません。
航空機の航続距離が短い時代、ベトナム戦争当時、沖縄は米軍にとって非常に役立ったが。

B 中ロ北朝鮮に対する抑止力として米国のコミットメント(関与)は日本にとって重要です(取り敢えず)。
しかし、米国にとって重要なのは日本の駐留経費負担と基地提供であって、沖縄以外に適地はある。

C 普天間の代替えとして辺野古建設を進めるが、地盤に問題があり莫大な費用と年月を擁する。
また米国の戦略変更で辺野古が無駄になる可能性もある。
沖縄の最大産業は観光業で自然破壊はマイナスになる。


日本の防衛と日米安保にとって米軍基地は何処かに必要かもしれないが、中国との防衛に、これ以上の基地と海兵隊が沖縄に必要とは言えない。

むしろ費用対効果、沖縄県民の総意を考えると問題が多い。


次回に続きます。


20190412

北欧3ヵ国を訪ねて 62: 古都ロスキレ 1





< 1. ヴァイキングの故地 >


今回は、コペンハーゲン港から古都ロスキレまでを紹介します。
私はデンマークではコペンハーゲンを中心にシェラン島を旅しました。
シェラン島の訪問地を簡単に紹介します。


 
< 2. デンマークの訪問地、上が北 >

上: シェラン島の主な訪問地。
赤枠が主な訪問地で。黒線は電車です。
1日かけてコペンハーゲンを離れて北側の二ヵ所、お城と野外民俗博物館を訪ねた。
数時間かけてコペンハーゲンの西側にある古都ロスキレを訪ねた。
1日半かけてコペンハーゲン中心部の街並み、博物館、美術館、宮殿、教会、図書館などをバス、地下鉄や船など使い観光しました。

下: ロスキレではヴァイキング博物館と大聖堂を見て、公園と市街地を散策しました。
ピンク線は行きのバスで、青線は帰りの徒歩です。
黒線はコペンハーゲン間の電車です。

今回の写真は2019年6月7日、10:00~12:00に撮影したものです。



 
< 3. フェリーを下船 >

上: 下船したばかりのフェリーを見上げる。

下: 予約していたシャトルバスからの眺め。


 
< 4. シャトルバス >

上: 右側の路側帯に数多くの自転車が見える。
首都の中心部に近いのに車が少ない。

下: シャトルバスの停車場、普通の道路端で下車。
電車や地下鉄駅から少し離れた所で降りる。


 
< 5.Nørreport駅付近 >

上: シャトルバスの停車場側からNørreport駅付近を望む。

下: この地下を電車(国鉄)や地下鉄が走っている。


私は電車を利用する前にCopenhagen Cardの72hを買う必要があった。
7-Elevenで販売していることが分かっていたので、写真のような道路中央にある店に入った。

ここで注意があります。
店員がカード使用開始時間を聞いてい来るので、今から使うのか、また使用開始の日時を指定する必要があります。
私は直ぐ使うので、カードのvalid form欄に購入時の時間10:30を記入してもらった。
初め何を言っているか分からず、戸惑った。
オスロのホテルでカードを買った時もそうだったのですが。

この地下に降り、電車に乗って2駅先のコペンハーゲン中央駅に向かう。



 
< 6. コペンハーゲン中央駅 >

上: 地下1階のホームだが、地上は見える。

下: エスカレーターに乗って1階のコンコースに出た。
この写真は西側寄りから東側を見ている。
中央の青色の表示板が電車の行先表示で、ここで電車の発車時間とホームを確認した。
この周辺に案内係がいたので聞くことが出来た。
この写真の反対側のエレベーターで階下に降りて、ロッカーに荷物を預けた。
ここでは荷物を人手で預かってもくれる。

ホテルは近いのだが、この駅でスーツケースなどの荷物を預けた。
直接ロスキレに電車で向かう方が時間ロスが無いので。
ここには様々な飲食店やコンビニ、スーパーはあるのだが、11時少し前なので、食べずに電車に乗った。

Copenhagen Cardを買っておくと、今回の遠出と中心部の観光入場と交通がすべてフリーパスのなので、非常に楽です。
入場券と切符を買う手間暇がまったく不要でした。



 
< 7. ホームにて >

上: コペンハーゲン中央駅のホームで電車を確認。

中: 電車内の表示で、行先と車両を確認。

下: ロスキレ駅に到着。


 
< 8. ロスキレ駅 >

上: 待合室。

下: 待合室の前のバス停。
駅前のバス停からは目的地に行かないようです。






< 9. バースターミナルに向かう >

上: 駅前の道路脇の表示板。
ヴァイキング博物館に行くには左に行く方が良いようです。

下: 駅を出て左側に進むと、バスターミナルが見えた。

数多くのバス停があったので、どのバス停で乗るべきかを近くの人に尋ねた。
ここでも若い女性に聞くと通じず、年配の男性が教えてくれた。



 
< 10. バス停からバスに乗る >

上: バスターミナル横の店舗。

下: バスに乗った。

私が何処で降りるべきか不安がっていると、左前の女性が次で降りなさいと教えてくれた。
私がバスに乗車する時に、運転手に「ヴァイキング博物館に行きますか」と尋ねたのを聞いていたからだろうか。

旅ではちょっとした親切が身に沁みるものです。


次回に続きます。







20190410

平成の哀しみ14: 深まる亀裂 12: 沖縄と本土 2


 


沖縄の問題とは?


 


俗説
A 左翼や海外からの支援に毒されているだけで基地反対は一部。
B 法外な補助金を貰い軍事基地の恩恵を受けながら身勝手。
C 日本の防衛を無視。

A 今回、間違いだったことが判明した。
基地反対への県外からの支援はあるだろうが、むしろ基地賛成派(自民党、公明党、既得権益層)の締め付けを跳ね返しての結果でした。


B 複雑だが誤解がある。

沖縄は国の補助金(交付税、振興予算)を貰っているが、総額で全国12位、一人当たりで5位、最大ではない。

問題は、一人当たりの県民所得が全国最低で、全国平均より30%も少ないことです。
これは大戦後の27年間の米軍支配で産業経済が破壊されたことが大きい。
この時の本土復帰に反対したのは米軍と言うより、基地利権を持っていた人々でした。
その後も軍事基地化が続き、自立するチャンスを失っている。


沖縄の人口は日本全体の1/89、本島の面積は本土の1/190。
ところが米軍の人数は本土の2.4倍、米軍基地は平地の少ない沖縄本島の面積の18%を占める。
ベトナム戦争当時、従軍した米兵による市民の被害が続出した。

沖縄にとって米軍基地は深刻な生活問題です。


次回、Cを検討します