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これまで、世界を覆っている混迷と波乱の予兆を経済問題を中心に見て来ました。
今回は、なぜ国民がこの濁流に流され続けても平気なのかを考察します。
第一章 はじめに
身近な人に、「世の中はどうですか?」と聞けば、多くは怪訝な顔をし、せいぜい「景気は良くならないですね」と答えるぐらいでしょう。
また「将来、不安ですよね」と聞くと、「そうですね」と答えるぐらいです。
さらに「このままでは行けないですよね」と投げかえると、ほとんどの人は逆に「日本ほど素晴らしい国はない」と答え、暗に政策転換を否定することになる。
< 2. 主要国の失業率の推移 >
灰色枠は米国の景気後退期(バブル崩壊)を示し、これでせっかく の金融緩和で稼いだ失業率低下を毎回帳消しにしている。
このグラフでは分からないが、この繰り返される大幅な金融緩和で 累積債務(将来世代への借金)は各国で史上最大になった。
< 3. 日本の相対貧困率 >
簡単に言えば、所得格差の拡大が未来を担う子供を窮地に追い込ん でいる。
< 4. 主要国の貧困率 >
ここで重要な事は、日本が米国の政策に追従している内に、貧困率 は先進国でもトップに近づきあることです。
さらに日本に特徴的なことは、片親家庭(おそらく母子家庭)の貧 困率が群を抜いていることです。
これは男女の賃金差と福祉政策の拙さに起因している。
日本と米国だけでなく他の先進国も押しなべて、失業率の乱高下、高まる貧困化率、繰り返す金融危機、巨大化する累積債務など、経済の悪化が続き、鬱積した不満と苛立ちは移民排斥や人種差別、右翼化などに結び付き、社会はきな臭くなっている。
多くの国民は、この悪化状況が今後、改善されると期待しているのだろうか?
この状況は一時的なもので、米国流の政策を真似ていれば解決すると思っているのだろうか?
それとも、先のことは考えたくないだけなのか?
今まで述べて来たように、現状の悪化は高々1980代から始まった先進国の政策「自由放任主義によるグローバル化」が引き起こしたものです。
そうであるならば、この政策を反転させない限り、世界はさらに混迷を深めることになる。
国民はなぜこのことに違和感を持たないのかを考察します。
第二章 疑念を抱かない不思議
昔では考えられなかった事だが、私達の子供世代(30代)の大半は非正規で働いてる。
このことを同世代の親に問うても、すべての答えは「残念です」ぐらいで、せいぜい言葉が添えられても「息子、娘が不運だった」または「息子、娘が至らなくて」ぐらいです。
これには日本人の奥ゆかしさが出ているとも言えるが、自己責任で納得してしまう特有の文化がある。
しかし、これでは問題の解決にはならない。
相変わらず、お上にお任せから抜けきれない。
この状況は、かつて規制されていた非正規雇用が規制緩和により、あらゆる職種で自由になったことにあり、さらに規制緩和は拡大中です。
< 5. 主要国の労働分配率 >
日本の労働者賃金の企業の付加価値に占める割合は、格差拡大が著 しい米国(青線)より著しく低下している。
付加価値には企業の利益、税金、人件費などが含まれる。
なぜ国民はこれを受け入れるのでしょうか?
理由は簡単で、多くの経済学者に始まり、政府・官僚や保守系マスコミ(米国寄り)までがあるドグマに囚われ、さらにその絶大な効果(?)が喧伝され続けて国民に完全に浸透してしまったからです。
これは米国に追従した原発推進のパターンと同じです。
そのドグマとは1980年代から流布した「自由放任主義こそが経済を活性化する」です。
つまり、あらゆる規制を取り除き、資本や労働、商品などが、世界中の自由市場で競争すれば、経済効率が上がり、コストは下がり、所得は増えると言うものです。
40年近く、このドグマに従い、米国を筆頭に多くの先進国がこれを実施して来ました。
しかし、その結果、米国やEU、そして日本の現状が示す通り、沈滞と失望が蔓延するようになったことは、既にこの連載で見て来ました。
それではなぜ、誰もこのドグマが悪化の原因だと疑わないのでしょうか?
< 6. 下位50%の所得割合い >
下位50%の所得割合が全体の50%であれば平等な社会です。
米国は経済成長を続けて来たが、その 内実は大半の国民を置き去 りにしているのです。
1980年代より、米国は一気にその傾向を強めている。
フランスは不平等の進行を食い止めている。
第三章 不思議がまかり通る原因
その大きな理由の一つは、見かけでは景気が良くなるからです。
米国で顕著なのですが、自由放任主義が進んだ結果、金融セクターが巨大化し、これがバブルを煽り、株価高騰に見られるようにGDPの上昇が起こるからです。
しかし実体は、長年のGDP上昇にも関わらず、大半の米国民の所得は横這いか低下しただけです。
残ったのは、実体経済(製造業など)の衰退、膨大な累積債務、所得格差の拡大だけと言えるでしょう。
もう一つは、多くの経済学者や政府首脳、マスコミが、今や経済の首根っこを押さえている最大の受益者となった金融セクターに追従し安住しているからです。
米国のホワイトハウスとゴールマンサックスの関係を見れば明らかです。
さらに付け加えると、自由放任主義が当時広がりを見せていたグローバル化と一体化したことにより、一国が採りうる政策の幅が狭くなったことにあります。
例えば、ある競技で、参加者はどんな有利な道具を用いても良いとするなら、一人だけ何ら道具を用いず競争するなら負けるのは当然です。
今の世界経済は、このように競争に対して無秩序、無制限に近いのです。
これらのことにより国民は反論出来なくなり、泣き寝入りするだけなのです。
このように言い切ってしまうと、国民の見識を貶めているように思われるかもしれません。
そうではなくて、皆さんは洗脳されていることを疑ってください。
そこで少し、皆さんに見方を変えることをお勧めします。
第四章 自分の首を絞める偏見の例
二つの具体例を取り上げます。
a) 最低賃金を上げれば景気は悪くなる
政府や企業は、最低賃金をむやみに上げると、先ず中小企業が倒産し、景気が悪化すると言う。
また賃金上昇は海外との価格競争で不利となり、これも経済を弱めるとする。
一方、現代の経済学では、最低賃金の上昇は消費需要を高め、この結果、景気が良くなり、企業も潤うとする。
皆さんはどちらの説を採用すべきと思いますか?
実は、半世紀前まではこの逆が実際に起こっていたのです。
b) 従業員の育児休暇が増えると企業の体力が弱まる
これは、つい昔の日本の政府や企業の考え方でした。
もし育児休暇で1回に1年間も休まれると、その穴を埋めるために余分に人材を要し、人件費増となり、経済にはマイナスでしかないと言う。
皆さんの多くはこれを当然のように思っていたはずです。
一方、ヨーロッパでは遥か以前から、国が主導して育児休暇を取らせて来ました。
フランスではなんと3年間もあり、さらに保育所の完備、充分な育児手当の支給で、出産を奨励して来ました。
これにより、フランスは2009年には、人口維持が出来る合計特殊出生率を2.0へと回復させた。
フランスは労働者不足(人口減)を補うためにヨーロッパの中でも早くから移民を取り入れて来た国で、積極的に対策を講じて来たのです。
翻って日本はどうでしょうか?
この年の日本の合計特殊出生率は1.37で、これでは人口減は必然です。
もし日本政府が、労働者にもっと目を向けていれば、現在の労働者人口減や高齢化のマイナスを緩和出来ていたはずです。
そうすれば急速な高齢化による年金給付や医療費の不安がかなり軽減され、ゼロ経済成長もここまで長引くことはなかったでしょう。
これらは単に政策ミスと言うより、政府の思考に問題があるのです。
そこに共通するのは労働者軽視であり、企業優先が蔓延ってしまっていることです。
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第五章 愚かな自虐労働観
皆さん、周囲を見渡して、労働者(定年後も)とその家族でない人がどれだけいるでしょうか?
日本の経済―供給と需要(消費)、を支えているのは労働者とその家族なのです。
しかし、いつの間にかその重要な労働者が低く扱われ、所得の低下に見舞われ、さらに真っ先に増税の対象(消費税)となり、将来は益々不安になりつつあるのです。
もっとも哀れなのは、労働者自身が労働権(ストや組合活動など)を軽視し、まるで自虐労働観に苛まれてしまっていることです。
この自虐労働観の最たる間違いについて考察しましょう。
以前、取り上げましたが、企業の内部留保が増える一方で家計の貯蓄が減っている現状がありました。
皆さんは、企業がたくさん利益を挙げなければ景気が良くならないと思われているかもしれませんが、これは少し違います。
当然、賃金上昇の原資になりますので企業の利益は必要です。
だが企業の利益や内部留保自体には景気を良くする直接効果はなく、この資金が設備投資に向かって初めて、景気が良くなるのです。
残念ながら、現在、企業の多くは設備投資より金融商品への投資に血眼ですので、株価は上がっても、実体経済への効果は期待できません。
むしろ景気(GDP)の上昇にもっとも寄与するのは家計の消費支出(国内総固定資本形成の住宅投資も含まれる)です。
つまり労働者の所得が上昇してこそ景気が持続的に上昇するのです。
このことが日本の高度経済成長時に起こったのです。
ではなぜこのような愚かな逆転現象が起きたのでしょうか?
< 8.日本の労働組合 >
日本の労働組合の組織率は1970年代後半から凋落傾向が始まった。
しかし、これは日本に限ったことではなかった。
< 9. 主要国の労働組合組織率 >
つまり、1980年代から世界が変わったのです。
第六章 きっかけは反動でした
一番大きい理由は、かつての政策への反動が起こったからです。
この連載で既に述べたように、1970年代までの先進国経済は「ケインズの有効重要説」(代表例、世界恐慌後のルーズベルトのニューディール政策)に従っていたことにあります。
米国では、これにより労働者の権利は擁護され、賃金が上昇し続け、これが需要を喚起し、経済発展が続いたのです。
他にも公共投資や大戦による軍需が景気を押し上げた。
しかし、1970年代の石油高騰等の要因が加わり、スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)が世界を呑み込みました。
この時、主に貨幣供給量の制御でこの問題を解決出来たのですが、同時にこの発案者(フリードマン)の保守的な経済学(自由放任主義)が主流になる切っ掛けとなりました。
これを期に、企業側と資本側が逆襲を始めたのです。
自由競争と言う名目で、労働者の権利を弱め、賃金を抑えることで利益を生むことに味を占めてしまったのです。
その後、これも自由競争の名の下に規制緩和と金融緩和(通貨増発)で、金融セクターが莫大な利益を得るようになった。
さらにグロ―バル化は、海外移転が容易な企業や資本に有利に働き、その一方で移住にコストがかかる大半の労働者には不利に働くことになった。
こうして世界の労働者は、経済学からも、政府からも、さらに世界からも軽く扱われるようになった。
その国の民主化度の差によって多少悪影響は異なりますが。
< 10. 米国のCEO(経営責任者)と労働者平均の給与比 >
いまでこそ、米国のCEOの給与は高値に跳ね上がったが、1980 年代以前は、それほどではなかったのです。
第七章 労働者が軽視されることで起きたこと
以前、ハーバード大学の熱血授業で米国の高額所得が論じられていました。
最後まで聞いたのですが、得るところはありませんでした。
それは高額所得者がなぜこうも増加したかを説明出来ていなかったからです。
一般には、米国経営者の高額所得はストックオプション(自社株購入権利)やM&A(企業買収)が可能にしており、米政府がこれらを解禁して来たことによると考えらている。
また巷では、これらが会社経営を活性化させているとし、高額所得は黙認されているようです。
しかし、経済学者のピケティやスティグリッツ、経済評論家のマドリックなどは、最近の実証的研究を挙げて否定している。
先ず、経営者の高額所得と企業業績との間には相関が無いと言う。
ここが重要なのですが、こんな無駄な事が起きた理由は、これらをチェックし牽制出来る労働組合の弱体にあると言うのです。
私は、この研究結果を知って、やっと高額所得の増加現象を納得することが出来ました。
第八章 日本の事情
日本の労働事情が本格的に劣化し始めたのは、世界の流れを受けて中曽根内閣の時代からでしょう。
国鉄民営化、非正規雇用の拡大、確定拠出年金(米国の401Kのコピー)などが代表例です。
非正規雇用と確定拠出年金は多くの労働者にとって待遇の悪化を招きましたが、その一方で企業や金融セクター(退職金運用手数料稼ぎ)にとっては非常に好都合でした。
そして、保守系の報道や政府発表は、これらのメリットを謳うばかりで、マイナスには一切触れなかった。
むしろ、徹底的に労働者の怠慢や労働組合の横暴をあげつらっていた。
こうして労働組合は弱体化していったが、これは米国も同じでした。
これには日本では非正規雇用が影響し、米国では法制度や裁判などが影響がした。
すると日本では、労働組合の縮小と共に野党勢力は凋落し、中小企業の商工会議系に支えられた与党は勢いづくことになりました。
こうして、この世は魑魅魍魎が跋扈するようになってしまったのです。
第九章 まとめ
日本は素晴らしい国であり、多くの人が変革で危険を冒す必要が無いと考えるのも無理がありません。
しかし、日本の良さは自然、文化伝統、治安の良さなどであり、極論すると地理的に隔絶していることにあります。
これは長所なのですが、一方で危険でもあります。
私達日本人は井の中の蛙になり易く、どうしても安逸が続くと、海外の変化に疎くなり、惰性に走りがちです。
戦後の日本は最初、米国に助けられ、その後は脅され(プラザ合意、日米構造協議など)、また長らく追従して来ました。
しかし、そろそろ状況の悪化に目を向け、自立した視点を持っても良いいのではないでしょうか?
次回に続きます。