20260203

取り戻せ豊かな暮らし! 危機に陥る前に  第Ⅰ部  



はじめに

 私がこのレポートを書いたのは、日本が長い低迷から脱するどころから、益々、国際ランキングを落とし続け、さらに好調そうな米国でさえトランプ旋風が吹き荒れ混乱しているからです。さらに私が危機感を強めているのは、これら状況の悪化の本質に手を付けることなく、多くの国が右派ポピュリズムの勢いだけで解決出来るようなムードになってしまっているからです。

 

 先ず、私は米国の現状分析を行い、なぜ米国で経済格差が拡大し、そして分断が起きたかを明らかにします。次いで日本も扱い、日本独自の弱点がさらなる悪化をもたらしていることを示します。一方で米国や日本と異なる選択をして、幸福を手に入れた国々を紹介します。この両グループの違いから、日米英はどこで間違った選択をしてしまったかを明示します。第一部でこれらを扱います。

 

 その後、米国の暴走の危険性と共に、世界に蔓延しつつある独裁制復活の危険性を取り上げます。プーチンとウクライナ戦争、そして中国に纏わりつく戦争について考察します。第二部でこれらを扱います。

 

 最後に、堕ちてしまった現状の苦境から脱出する希望の道を探ります。一つは、人類がこれまでに成し遂げて来た叡智や様々な勇気、そして現実の成功事例を紹介します。一方で、未来予測や現状分析、そして警鐘を受け入れることの困難さに触れます。だが幸いなことに、一筋だが確固たる光明が射し始めた。それはノーベル経済学者が著わした「技術革新と不平等の1000年史」です。ここには、私が求めていたすべての解答が書かれているといっても良いでしょう。この要約を掲げておきます。第三部でこれらを扱います。

 

各章を簡単に紹介をします。

第Ⅰ部 疲弊し暴走する国家

14章で、米国の惨状の分析を行います。そこにはエスタブリッシュメントに好都合な新自由主義政策と戦争中毒、結果としての金権政治と経済格差の関連を明らかにします。

57章で、日本の惨状の分析を行います。これにより日本の長期衰退の原因を理解出来るでしょう。特に19世紀に始まる欧米の労働運動のうねりと、日本の労働運動の悲惨な結果をみます。最後に、新自由主義が如何に煽情されて、国民に受け入れられたかもみます。

810章で、我々に新自由主義以外の選択肢があることを紹介します。それも豊かな幸福を手に入れた国々があることを。

 

第Ⅱ部 独裁と戦争

1112章で、トランプの危険性、独裁者の側面に焦点をあてます。

1317章で、ヒトラーを例に独裁とは何かを知った後に、独裁者プーチンと習近平を考察します。またウクライナ戦争の背景を知って、対処を考えます。

1819章で、ベトナム戦争と日本の戦争を振り返り、戦争がつまらない誤解や思い込み、そして国のトップ連中の都合で国民が振り回された様子をみます。

 

第Ⅲ部 未来を切り開く

2023章で、現実に幸福を手に入れた国々、また人類が長い年月を掛けて民主主義や人権(男女平等)を如何に手入れたかを紹介します。

第24章で、如何に現状分析と未来予測が困難だと言うことを、多数の経済書を例にみます。一方で有効な警告の書もありました。

第25章で、アセモグル著「技術革新と不平等の1000年史」の要約を挙げ、彼が唱える「民主的な力で、技術の進歩をコントロールしてこそ、国民全体が豊かになった、これからもそうあるべきだ」を、著書の流れに沿って説明します。皆さんがこの著書を自分で読んでいただければ、私のレポートの1/3は不要になります。

 

おわりにで、レポートのまとめと、皆さんへの最後のお願いを書きました。

 

 このレポートは、多岐にわたる問題を網羅した結果、注意点が分散してしまった感があります。もっとも手短に読むのなら、第15章で現状を知って、第25章の著名な学者の分析と解決策を理解していただければ良いでしょう。あとは、関心のある項目だけ読んでいただければと思います。

 

 

--- 目 次 ---


第Ⅰ部  疲弊し暴走する国家


はじめに

  

第1章 米国で起きている事: 分断の要点と主因

  なぜこのような事に成ったのか? 

新自由主義、放埓なグローバル化、IT産業革命、難民と移民の増大、対決を選んだ政治

 

第2章 米国で起きている事 : 様々な要因と複雑な絡み 

 米国特有の問題に焦点をあてます

金権政治、政争に巻き込まれる最高裁、エリートを推奨した民主党、

破壊工作と軍事侵攻、 

グローバル化の惨劇、金融経済の暴走、様変わりした経営者、

州の独自性が災いを生む、

共和党を支える福音派

 

第3章 この半世紀で米国政治はどう変わったのか

 米国は、戦争中毒(世界の警察)と新自由主義への転換により、亡国の芽を育ててしまった。

 戦争中毒

 超富裕層に操られる国民

 

第4章 この半世紀で米国はどれほど劣化したのか

 定量的に劣化度合いを見ます

経済格差、犯罪率、貧困、世界幸福度ランキング、自殺率、政府の債務残高、

対外債務、政府の信頼性

 

第5章 日本は新自由主義をどう受容し、社会・経済はどう変わったのか

第1節 主要内閣の実績と、その後の日本経済の低迷を確認します

第2節 日本経済が落ち目になった主因

 賃金、可処分所得、労働分配率、非正規雇用

第3節 他の重要な経済社会指標から日本の劣化を見ます

 国際競争力ランキング、幸福度ランキング、所得格差、企業の内部留保、

 国内設備投資、海外投資、英国病

第4節 日本の政治が如何に低次元から抜けられないかを見ます

       似非保守政治に日本の限界が見える、安倍が推進した円安とは

 

第6章  2世紀に亘る労働者の栄光と没落  

 第1節 19世紀から始まる欧米と日本の労働権獲得の歴史

 第2節 世界のストライキ

 第3節 日本の労働運動; 明治から大戦までの日本の悲しい労働運動を見ます

 第4節 国鉄民営化にみる日本の改革パターン

  第5節 国鉄民営化の問題点

   国鉄の膨大な赤字、巨額債務の始末、民営化の被害者、何が国鉄をダメにしたのか、

   国鉄労組の問題、最大の問題、日勤教育の根深さ、

  第6節 日本の労働問題

   日本の自殺、非正規雇用、仕事上のストレス、日本の公務員数、

 第7節 日本の労働環境が際立って悪い理由

   御用組合の欠点

 

第7章 なぜこのような国民に不幸をもたらす逆転現象が起きたのか

 1970年代から、なぜ新自由主義がもてはやされてたのか?

 

第8章 実は、世界には米国が拡散した新自由主義とは異なった道を選んだ国々があります

 第1節 新自由主義と袂を分かった国々

 第2節 新自由主義の誘惑に乗らずに経済発展を掴んだ国々

 第3節 中国は経済成長を成し遂げている稀有な共産主義国です

 

第9章 1960年代、世界はなぜ幸福で、高度経済成長を成し遂げたのだろうか

 

第10章 新自由主義の流れを食い止める!

 第1節 反対運動の流れ

 第2節 新自由主義の弊害から逃れる幾つかの案 

   スティグリッツ、ダニ・ロドリック

 


第Ⅱ部  独裁と戦争


第11章 トランプ政権の危険性とは何か

トランプについて

トランプ支持の保守派とトランプがほぼ一致している政策とは何か

 

第12章 トランプが独裁者になる可能性

第1節 最も恐れるもの

第2節 ヒトラーとトランプの共通点

第3節 ヒトラーとトランプの違い

第4節 トランプの独裁過程を検証

 

第13章 独裁とは何か

第1節 日本の掴みどころのない状況は、独裁制か? 民主制か?

第2節 独裁を知る事で、理想の民主主義が見えてくる

 

第14章 独裁者ヒトラー

第1節 ヒトラーの歩み

第2節 ヒトラー、ナチスの残虐行為 

第3節 ヒトラーの心の闇

ヒトラーとトランプの比較 

まとめ

 

第15章 独裁者プーチン

第1節 プーチンはどのようにして大統領になったのか?

第2節 プーチンによるロシアの経済と社会状況

まとめ

 

第16章 ウクライナ侵攻の真実―諜報戦の勝者は

第1節 ウクライナ侵攻の理由

第2節 著書「ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略」による

第3節 著書「プーチン ロシアを乗っ取ったKGBたち 下」による

第4節 著書「プーチンの世界 『皇帝』になった工作員」による

第5節 元ウクライナ特命全権大使のウクライナ評

まとめ

 

第17章  中国とロシア、日本の選択は

はじめに

第1節 中国とロシアを簡単に比較します

 経済発展、少数民族と紛争、人々の暮らし、産業・経済力、ロシアと中国の違いを社会指標から見る

 経済の発展と軍事力の比較を見る、ウクライナ侵攻の帰趨、中国の台湾侵攻

 まとめ

第2節 日本人が陥りやすい偏見

 

第18章  ベトナム戦争の顛末、悲惨な戦争を防ぐ為に

ベトナム戦争の思い出

第1節 ベトナム戦争の概要

 ベトナム戦争の引き金になった事件から、終結まで

第2節 当時の指導者が戦争を振返った

 いくつかの注目すべき事、ベトナム戦争からの米軍撤退はなぜ出来たのか?

 ベトナム戦争からの教訓

 

第19章 日本の戦争

明治維新から太平洋戦争への道 年表

日本の聖戦論

日本はなぜ太平洋戦争に至ったのか?

軍部が独走した背景

天皇の存在

なぜ国内での解決ではなく海外侵攻に向かったのか

まとめ

 


第Ⅲ部  未来を切り開く


第20章 植民地支配や独裁から脱した国々

南アフリカ、リベリア、フィリピン、チリ、アルゼンチン、韓国、バルト三国

 

第21章  幸福と豊かさを手に入れた国々 北欧にみる

第1節 北欧の概要

 私が肌で感じた北欧の良さ!、北欧の気になるところ、

第2節 北欧の素晴らしさを客観的に確認します

 幸福度、一人当たりGDP、所得格差、世界競争ランキング、ベンチャー投資

第3節 なぜ北欧は、これだけのことを成し遂げることが出来たのか? 

 有機的な連携、合理性を重んじる、試行錯誤、北欧理事会、教育の重視

第4節 スウェーデンの具体的な施策

第5節 日本は北欧型になることは出来ないのか?

第6節 それではなぜ北欧はこんな素晴らしい国になったのだろうか?

 

第22章 我々が生み出して来た社会システム; グローバリズムと民主主義

   第1節 グローバリズム

    グローバリズムの2百年の歴史、グローバリズムのメリット、グローバリズムのメ       リット・デメリット、移民問題、壮大な移民の歴史、まとめ

  第2節 民主主義

    私の民主主義への想い、民主主義の起源、その後の民主制の歴史、民主主義の定義

    民主主義の長所と短所、上記表の民主主義の長所と短所の補足、

    自由主義、資本主義と民主主義の関係、自由主義の長所と短所、

    資本主義と自由民主主義との関係、

    資本主義と自由民主主義が共に行われることの長所と短所、まとめ

 

第23章 我々人類は何を変革して来たのか

  人権の大まかな歴史

第1節 男と女の間にあるもの

1.古代における女性の立場

 先ずはオリエントから、古代アジアでは、古代ギリシャでは

2.中世以降の女性の立場

 12世紀頃のヨーロッパでは、10~12世紀の中国では、12世紀頃の日本では

3.少数民族、先住民族

4.現代

 厳格主義のイスラムでは、欧米の1960年代以降、各国の男女差を比較、

 スウェーデンでは

5.男女差別の背景にあるもの

第2節  堕胎について

1. 各聖典において

2. 中世から現代まで

第3節 宗教について

 

第24章 かつて未来を予言した人々がいた

はじめに

第1節 著書「大丈夫か日本経済」の予測

本書の目次毎に要点を整理します

著書から見えて来るもの

第2節 著書「超大国日本の挑戦」の予測

予測の根拠と外れた理由の対比

第3節 日本の識者の予測

 経済学者竹内宏、経済評論家長谷川慶太朗、経済学者野口悠紀雄、経済学者金子勝、

 経済アナリスト森永卓郎、経済学者高橋洋一、岩田規久男

第4節 外国識者の予測

 米国未来学者 アルビン・トフラー、米国経済学者 レスター・C・サロー

 米国リサーチ機関社長ジョン・ネイスビッツ、

 米国経済学者ジョセフ・E・スティグリッツ

 米国の環境学者 D・H・メドウズ、D・L・メドウズ、J・ランダース

 医師・教育者 ハンス・ロスリング

まとめ

 

第25章 技術革新は何をもたらし、我々は如何に対処すべきか

はじめに

「技術革新と不平等の1000年史 上下」の要約

まとめ

 

おわりに

 

  

 

 

 

 

第Ⅰ部  疲弊し暴走する国家


第1章  米国で起きている事: 分断の要点と主因

 

 トランプ現象は驚天動地の事件に見えるが、米国社会の矛盾が遂に噴き出した結果です。米国はここ半世紀の間に、徐々に社会と経済が蝕まれて来た。ITと金融業界は絶好調ですが、大半の人々にとって暮らしは苦しくなるばかり、社会に不満、将来に不安が募るようになっていった。そんな中、邪悪な敵を剛腕をもって完膚なきまでに叩きのめすことで、米国は完全に復活すると言明する強力なポピュリストが出て来た。国民は、明示された敵に目を奪われ、社会経済を疲弊させている根本原因から目を逸らしてしまった。これが「社会の分断」がもたらす落とし穴です。さらに米国が主導・拡散して来た数々の戦争と経済システムが、世界に米国同様の不満と不安、そして社会の分断を広めるようになった。

 

 大半の国民は、経済問題(賃金停滞、高インフレ、福祉政策カット、産業空洞化とIT革命による失業増)と社会問題(著しい所得格差、固定化する惨めな非エリート、様々な移民に纏わるトラブル)で、ここ40年ほど疲弊し続け、まったく回復の兆しが見えない。実際に、米国の若者の薬物中毒と自殺が増え絶望死が顕著で、国民の平均寿命低下まで起きている。一方で、テック企業家イーロン・マスクや投資家バフェット等、超金持ちが栄華を誇り、今後も資産を増やし続ける事は疑いない。

 

なぜこのような事に成ったのか? 

 

 直近の理由は五つ、80年代からの新自由主義政策、放埓なグローバル化、IT産業革命、紛争多発による難民と移民の増大、対決を選んだ政治家達です。

 


新自由主義レーガン、サッチャー、中曽根により始められた。この主要政策は、政府の縮小、規制撤廃、金融政策重視です。政府の縮小は、公営の民営化と福祉や教育等の公的支出カットがメインですが、並行して法人減税、累進課税撤廃と労働組合潰し(注1)が行われた。これらは大半の国民にとって、それまでの成長と豊かな暮らしからの逆転の始まりなった(注2)国民にとっては、それまでの企業利益を労働者にも分配する社会から、企業利益優先社会への転換を意味した。国民にとって最良の社会は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて欧米の国民が勝ち取り、繁栄に導いた1960年代までした。残念ながら帝国主義がもたらした二度の大戦が口惜しい。

 規制撤廃は、航空運賃の値下げ等でメリットはありましたが、一方で国民生活の安全を脅かし(農薬、環境破壊等)、企業や資産家の弱肉強食や横暴さを野放しにした事で大きな禍根を残すことになった。さらに野放図にされたグローバル化と金融投機の自由化が相俟って、世界的に金融危機が繰り返すようになり、さらに富の集中が高まった(注3)。こうして超資産家や大企業は、金にものを言わせ米国政府両政党を操るようになった。さらにマスコミの公正・公平な報道の規制撤廃が報道の偏りを招き(注4)、加えてSNSによる扇動が常態化するようになった。

 

野放図なグローバル化は、主として欧米の大国が国内製造業の海外移転や多国籍企業を支援し、往々にして海外進出企業保護の為なら弱小国を犠牲し、帝国主義的な振る舞いを行って来た。現地の公害汚染、森林破壊だけでなく、農産物(コヒー等の世界市場価格支配に発展途上国の弱小農家没落させて来た。さらには、ある国が共産化し米国企業の国有化を図ろうとすると、CIAがクーデターを画策し政府転覆を行って来たのは一つや二つではない。また発展途上国に巨額の資金を高金利で融資し、失敗すると、国際通貨基金IMFが乗り出し、緊縮財政を強い、その国民はさらに生活困窮に喘ぐようになる。一方融資資金はニューヨークの金融界に莫大な利息を付けて戻って来ることになる(注5)。これが、ここ40年ほ続いている。だがグローバル化自体は自由民主主義と並んで、今後も世界にとって不可欠であり、秩序あるものにすべきなのです。

 


 IT産業革命進行中です。この事は、米国において高度技術者未熟練者の待遇に大きな差生んだ。ITと金融業界は大卒、一方、サービス・販売業は高卒が担うようになり、さらに事務処理等は低開発国にインターネットで仕事を出すようになり、国内の仕事が減った。いつしか高給取りは有名私立大学(IBリーグ)の博士号取得者が常識になってしまった(エピ1)。この結果、かつてアメリカンドリームと讃えられた「社会の流動性」(貧しい環境に縛られず階層を駆け上がれる社会)が西欧などよりも低下している(注6)これは米国の教育制度や転職支援制度の不備も災いしている。今後、これにAIやヒューマノイドロボットの普及が追い打ちを掛けることになる。

 

移民問題は複雑です。先進国出生率低下による人口減少を補う為に、一定の移住労働者は必要で、米欧豪はこれにより明らかに恩恵を受けて来た。しかし、多くの国で、治安悪化と人種対立が増加している。経済学者の分析では、移民労働者は経済成長に貢献し、右派が糾弾する福祉のタダ乗りのような事は起こっていない(注7、エピ2)。また移民が犯罪の主因であるより、その地域の格差拡大に相関しているとの指摘ある。米国で過剰な反応が起きている理由の一つが白人系人口が全人口の50%に近づき、将来逆転が予想されるので、保守的な白人層や福音派危機感を持ち、それをポピュリストが煽っているからです(エピ3)

 

対決を選んだ政治、おそらく共和党のギングリッチ議員から始まります。彼の活躍はレーガン政権時代と軌を一にします。約250年前に生まれた米国憲法は現在も機能している世界最古の成文憲法ですが、古いが為に基本しか規定していなかった。そこで民主党と共和党は、規定の無い部分を憲法修正と協調で議会を運営し、国政を担って来た。しかし、突如、ギングリッチ議員は民主党に徹底抗戦を仕掛け、人気を博していった。これが今のトランプの言動に繋がっており、ゲリマンダー(自党に都合の良い選挙区割り操作)から最高裁判事人事等、様々な場面で党利党略が罷り通り、政治分断が徐々に深まって来たこの背景に新自由主義と同じ目論みがあった。

 

 上記五つの要因の内「対決を選んだ政治」だけが米国に強く生じているが、この五つの要因は概ね世界中、特に西欧の社会状況に共通している。つまり新自由主義経済が浸透している国では同様の事が起こっている。

 

 

注釈1 「組合潰しが狙いだった」と、当時の英国首脳や中曽根が後に、著書やインタビューで語っており、それも自慢げに。米国の共和党は自民党よりもっと露骨です。

注釈2 ピケティが「21世紀の資本」で克明に分析している。

注釈3 例えばバブル期、金融投機が活発になり、大金を動かせる者ほどさらに富み、バブル崩壊時、政府は大手金融機関ほど巨額の資金供与を行い助けます。一方、庶民は景気後退による、失業、賃金低下をもろに受けます。経済格差のデーターを見ると、金融危機の度に格差が広がっているのが明白です。

注釈4 レーガン政権が1949年施行の「報道の公平・公正の規制」を撤廃した。

注釈5 IMFのトップ層は、ほとんどウオール街の金融家で占められているので、当然の成り行きです。

注釈6 エリート大学の博士号取得までには、幼少期からの家庭教師に始まり、既に入学までに高額の教育費が必要で、大学入学時には、さらに莫大な寄付を必要とする。この出費を安定的に出来る家庭は、かなり裕福でなければならず、所得階層が固定化されるようになった。

注釈7 米国の労働学者の分析では、移民は若年で入国し、経済に貢献し、一方福祉の利用は遠慮気味で、さらに退職後帰国すること多いので、福祉のタダ乗りはデマと言うことになる。

 

エピソード1 私はワールドクルーズで米国ネバダ州の会計士と親しくなった。彼と妻はクルーズの常連客になるほどの高収入を得ている。彼は地元の州立大学卒業後、他に二つの大学を卒業した。そして彼らの一人息子は、全米でトップクラスの医科大学を卒業後、現在、別の大学で数理科学を学んでいる。会計士の父親は、スイスからの移民で、米国でパン屋を営み、二人の子を育てた。この家庭は典型的なアメリカンドリームの体現者であり、時流のエリート家庭でもある。

エピソード2 私はワールドクルーズでフィリピン出身の中国系の男性と知り合った。彼は、10代後半、兄弟を頼って、サンフランシコに移民としてやって来た。その後、彼は建築作業員として働き続けた。そして退職を機に、ワールドクルーズに乗り、今後は故郷のマニラに住むと言っていた。どうやら独身のようだ。クルーズ船で知り合ったほとんどのアジアや南米の女性は、移民先の欧米の白人と結婚し、夫婦でこの旅に来ていた。

エピソード 一人旅の加米縦断で、米国南部の大都市アトランタの中心部を公共交通機関で観光していると、毎回、車内の乗客は100%黒人でした。西部・中部の都市では、車内に移民らしい非白人が多いとは言え、全部ではなかった。米国ではホームレスが都市の通りや公共の建物にたむろしている事があるのですが、意外に白人が多かった。日中、ホームレスが虐げられているとか、拒絶されている光景を見ることはなかった。教会の日曜ミサでは、隣室での食料提供があり、ホームレスへの対応は丁寧でした。必要以上に近づかなかった事もあるが、ホームレスによる危険や不安を感じる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

第2章  米国で起きている事 : 様々な要因と複雑な絡み

 

米国特有の問題に焦点をあてます

 

米国政治は金権政治に陥っている。その理由は既に述べた超富裕層の存在が大きいのですが、ある判決が火に油を注いだのです。それは最高裁が「政治献金の1人当たり上限規制を違憲」と判断し、大企業や超富裕層による献金や選挙支援、ロビー活動が益々巨額になってしまった事がある(注1)。議員は、選挙に勝つために彼らの金を頼り、多くの法案は資産家・企業の減税や優遇に繋がって行くようになった。元々は組合の寄付も多かったのですが、組合の弱体化が進んだ為、影響力は減少した。これは始め、共和党のお家芸だったが、民主党もカルフォニアのテック企業(GAFA)を引き入れる事に成功してから、両党は争うように資産家に寄り添うようになっていた。

 

最高裁は政争に巻き込まれている。現在、保守派判事6人、リベラル派3人になり判決が偏っていると思われる。実に露骨な分断で、このことが上記のような問題を招いた一因でもある。この判事人事の配分も既に見た両党の激しい争いが原因で、徹底的に妨害した共和党が利を得ている。本来、米国は憲法の不備や議会や大統領の独走を、強固で安定した司法制度で守っていたのですが、崩れ欠けているようです。まだ高裁は機能しているようですが。かつて米国の二大政党制はヨーロッパの多党化に比べて優れていると見られたが、悪化しているようです。

 

民主党は、なぜ労働者の味方として映らなくなったのか? 大戦以前も民主党は格差拡大を抑制し、労働者を守り続けていた。しかし、新自由主義が一斉風靡し始めると、富裕層減税や金融自由化には反対しながらも、民主党は共和党のグローバル化による経済活性化に加担していくようになった。進む産業空洞化対策として民主党は社会主義的な政策(実教育、転職支援、失業対策等)の強化を試みるが、労働者を甘やかすとして議会の強い抵抗を受け、民主党は高卒の未熟練者から大卒の高度技術者への転換を呼び掛け続けるようになったと推測されるつまり「エリートに成れ」と! しかし、例えば出世が約束されるスタンフォード大学の卒業にかかる費用は5千万円を下らず、中間層以下の家庭では不可能だった。実際には、大学入学時の高額な寄付、入学以前の個人授業等の教育費がさらに掛かる。民主党は奨学金や学費免除の強化に力を入れていたが、焼石に水だった。この高卒労働者に対して、明解な解決策を示したのはトランプ大統領だけだった彼は関税と言う脅しによって製造業の国内回帰を約束した(新しい帝国主義の手段)しかし実現は困難で、米国内のインフレ高騰、さらには協調よる外交や自由貿易を阻害する点で世界に大きな損害を与えることになるだろう



 

米国の最も罪深い行為は、冷戦時代から続く、他国への破壊工作軍事侵攻でした。例えば、イラン、グアテマラ、キューバ、チリではクーデターを支援し政府転覆を図り、中東戦争ではイスラエルを軍事支援し続け、狂犬国家イスラエルを造り、ベトナム、パナマ、イラク、アフガニスタン、リビアに軍事侵攻している。しかしこれは一部に過ぎない。初期には世界の警察として評価されたが、いつまにか自己中心的な軍事大国となった。この事と既に述べた金融資本の横暴とが相俟って、世界で米国からを受けいていない国は西欧除けば僅かしかないだろう例えば、インドネシアにおいて、米東南アジアへの共産主義の広がりを恐れ、共産主義に融和的なスカルノ政権の転覆を図り、のスハルトを支援し、疑わしい共産主義者50万人の虐殺を促し、30年以上続く独裁政権の誕生を成功させた。死者300万人を出したベトナム戦争も、同じような理由から米国が深みにはまっていった結果でした。一方で、米国自身も痛手を負った。ベトナムとイラク戦争だけで米国は約500兆円を費やしたと考えられ、米国内に、多くの傷病兵、心的外傷後ストレス障害者(PTSD)を生むことになった。

 南米からの移民、中近東、アジア、アフリカ等の難民も、元を辿れば、ここ半世紀の米国(一部は英仏ソ)が主となって各地に紛争を持ち込み、国を瓦礫の山にし、既存の統治体制を完全に破壊した事が発端になったとも言える。欧米が侵攻した国々のほとんどが期待された民主国家になれず、独裁と経済疲弊で苦しんでいる。さらに米国主導の国際機関(IMF等)による発展途上国の国家破綻(デフォルト)の処理で、当該国民を生活困窮に至らせるケースがあまりにも多い。稀に復活を遂げる国もあるので、IMFと米国(ワシントン・コンセンサス)に総ての責任が有るわけではないが、あまりにも弱小国に短期的な債務返済を求め過ぎて来たリーマンショック後、米政府が国内金融機関のトップらを米国民の血税で助けるのと、国家破綻後の発展途上国の国民を犠牲にする点は、まったく同根と言えるでしょう。

 

新自由主義が結びつくとグローバル化は惨劇を生む 1997年、タイの通貨が突然暴落した。これはジョージ・ソロス率いるヘッジファンドらが、タイ経済の先行きの悪いことを見越し、一気に通貨売りに走ったからでした。タイ当局は通貨を買い支えようとしたが支えられなくなり、この通貨暴落はマレーシア、インドネシア、韓国に飛び火し、アジア通貨危機深刻な被害をもたらした(各国の金融機関の放漫経営が根にあった)。ソロスは巨大な利益をげ、「結局、誰かが始めるだろう。私はただ一番先に始めただけだ。むしろタイ政府に通貨管理の弱点を教えてあげた」と著書で述べている。彼は同じ手を英国通貨でも使い、ぼろ儲けしている。

 被害は甚大でした。4ヵ国のGDP減少は、56~27%で、貧困率は倍以上に上昇、自殺率はタイで60%、韓国で45%上昇した。さらに、ここでもIMFが乗り出し、国民の収入が既に減っているにも関わらず各国政府は福祉・医療予算の削減を義務付けられた。これによりタイでは、5年間で肺炎、結核、HIVによる死亡者数が5万人増加した。この時日本だけで3500億円もの資金援助をおこなった。残念ながら、この手の取引を取り締まる方法がない(欧米にその気がない)

 


金融経済の暴走と闇は、今や米国だけでなく世界を覆い尽くしている。70年代、欧米はスタグフレーション(インフレと不景気)に見舞われたが、これを救ったのが中央銀行による通貨抑制策で、インフレは治まった。しかし、この後、景気対策として、それまでのケインズの需要喚起策(賃金を上げる等)に替えて、通貨供給での調整が多用されるようになった。この政策は、実需(商品製造)以外の金融商品(株等)での利益追求を可能にした。さらに1929年の大恐慌の反省から実施されて来た様々な金融規制が、新自由主義の旗の下、なし崩しにされて来た。例えば、銀行の投資業務自由化、投資の証拠金を数十倍まで拡大し続けている(レバレッジ)。これらにより世界的で巨大な金融危機が繰返し起こるようになった。

 さらに様々な金融商品も創出されて来た。上記のアジア通貨危機でヘッジファウンドが使った手段は、先物取引だった。本来、航空会社等が価格乱高下による石油購入代金の損失を減らす目的で使われる先物取引なのですが、悪用されているのです(これは有用で江戸時代にも使われていた)。リーマンショックの前、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と呼ばれる、会社や銀行が倒産した時に損金をカバーする保険が、ちょうど広まり始めていた。この保険は、投機家に安心感を与えていたが、実際には役に立たなかった(その後も広まった)。数行の小銀行の倒産なら救えたのだが、大規模では話にならない。

 リーマンショック時、ブッシュ大統領は金融業界を死守するとして75兆円を注入した。これにより放漫経営で破綻するはずだった金融業界の幹部たちは、誰一人として法的な罰を受けていないだけでなく、数十億の退職金を手に引退していた。現在、世界中の金融取引額は実需の4倍あり、年々増加している。これが投機に廻り、通貨や商品相場等の乱高下を生んでいる。このような事が繰り返されるうちに、超資産家が誕生し、彼ら金融エリート(ゴールドマン・サックス等)は大統領共にホワイトハウスに入ることになり、金融で儲けやすいシステムと彼らの保護を強固にして来た。

 ここでゴールドマン・サックスが使う濡れ手に粟の手を一つ紹介します。ある部門では、ヘッジファンド各社が空売りしたがるような株を銀行など様々な所から短期間借りて来て、これをヘッジファンドに貸し、株の市場価格に応じた手数料を受けとる。ヘッジファンドが空売りを始めると、状況を見て、ヘッジファンドの手数料(20~30%)の増減を調整する。こうしてゴールドマン・サックスは利益を積み重ね、担当者は上手くすれば、ボーナス1億円越となる(注2)。つまり、本来禁止されるべき株価操作が公然と行われている。この空売りを操った者達は、大金を操作するだけで確実に利益を上げ、知らずに巻き込まれた者は確実に損をする。下がった株価は元に戻り、持ち主に戻る。金の無い庶民には無縁の世界で、うかつに手を出せばやけどをすることになる。

 こんな魑魅魍魎が跋扈するところがウォール街であって、エリートとは名ばかりです。

 

様変わりした企業経営

 米国の経営者は、現在、ストック・オプションで巨額の所得を得ることが出来る。これはあらかじめ決められた価格で自社株を将来購入出来る報酬制度です。これが70年代以降、米国で普及した。これにより経営者の業績向上意欲が刺激され、また高額所得者が増えることになり、所得格差は拡大を始めた。これにより実力?のある有能な人材が経営するようになったが、一方で長期成長戦略が疎かになる可能性もある。もう一つ、顕著なのが、企業の大規模化・独占化です。以前、米国は消費者を守るとして、商品価格の低減を図るために、徹底して企業の競争を奨励し、独占禁止法の適用に厳格でしたが、最近は見る影もなく、むしろ国際競争力の為と称して統合を見逃す傾向にある。日本も追従している。

 

州の独自性が災いを生む

 米国の各州は独自に様々な法や税制を施行出来るのですが、これが悪い方への競争になり、公共の福祉を悪化させ、社会を不安定にしているのです。概ね南部の諸州は共和党系で、法人税等を北部や西部の民主党系州よりもかなり低くしています。こうなると、企業が南部諸州に移転してしまい、民主党系諸州は税収不足に陥り、新しい政策を試みようとしても、予算不足になります。結局、米国全体が低税収、低福祉に陥ってしまうのです。正に「悪貨は良貨を駆逐する」です。この事は、グローバル化の中で、各国の法人税・所得税減税の競争に結びついています。この競争は公共サービスの効率化を生むとも指摘されているが、おそらくマイナス面の方が大きいでしょう。

 

共和党を支える福音派

 米国はプロテスタントの国ですが、さらに福音派と他派の二派に分かれ、福音派は米国人口の1/4を占める最大宗派です。この福音派がトランプを最も熱心に支援している。レーガンが大統領選で福音派を引き入れたのが始まりでした。福音派は、南部諸州の人口割合以上に共和党の得票数が増える熱烈な岩盤支持層です。彼らは、白人キリスト教徒(カソリックも加えて)の割合が50%を切る事で、マイノリティーとなり、抑圧される側になってしまうのではないかと恐れた。また彼らはリーマンショックの影響を大きく受けて困窮してしまった。そこで、トランプ氏のような反リベラルでマッチョなリーダーに希望


託した。実際、2024年の米大統領選挙では、福音派の白人の約82%がトランプ氏に投票した。トランプの反リベラル・保護主義的な言説は、グローバル化や移民によって雇用が奪われたと感じるラストベルト(衰退した工業地帯)に住む白人労働者の福音派の不満に共鳴した。また福音派はイスラエル建国を「聖書の予言成就」と捉え、その存続と強化を熱心に支持しており、これが歴代大統領のイスラエル支援に繋がっている。米国の共産嫌いと愛国主義(ナショナリズム)を引っ張るのも福音派です。

 


 ここで、福音派の人々が、宗教に毒されてしまった偏狭な集団と即断する事は問題です。我々は左派と右派に別れ、互いに嫌悪しがちです。右派(保守)と左派(リベラル)の道徳観念(生得的、文化的共)に大きな差があり、互いに理解し難いのです。左派は弱者を守る、公正、自由だけを重視しますが、右派はそれに加え忠誠、権威、神聖も同様に重視するのです(注3)。だから自由と権利を振りかざし、聖書(神聖)に反する女性の堕胎行為を押し広める民主党に、福音派は敵意さえ抱くのです。左派は、忠誠、権威、神聖の感情を軽視し、集票の為にこれを煽る共和党に軽蔑すら感じ、対立は深まるばかりです。

 奇しくも世界統一教会と長年協力関係にあったのが共和党で、ギングリッチ議員が関り、これも福音派の影響が大でした。一方、日本では、統一教会との関りは自民党の岸元首相に始まり、安倍元首相まで長期に亘った。互いに道徳感情を理解する必要はあるが、やはり無思慮に選挙の為にだけで宗教を利用する政治には問題がありそうです。

 

注釈1 米連邦最高裁は、2010年、企業の選挙資金拠出を制限した連邦法は言論の自由を保障した憲法に違反するとし、さらに2014年、政治献金の1人当たり上限規制を違憲とした。これにより金権政治が加速し、米国の2024年の政治広告は2兆円を越えた。

注釈2 ヘッジファンドが空売りで儲ける例。先ず、先物で、A株に1億円の「売り」注文を出し、また将来のある時点で7000万円で「買戻し」の約束をします。「次いで先物や信用取引でA株に売りを仕掛け、株価を下げます」(この仕手は違反で、適法との区別が困難)。そして「買戻し」時期に、7000万円になっていたら、差額3000万円が利益になります。この間、株の売買に現金は不要です。手数料や証拠金はいる。

注釈3 この部分の説明は、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」(著者ジョナサン・ハイト、2014年、紀伊国屋書店刊)、により借用。著者は心理学者で、一般市民の左派と右派の思考傾向を分析し、単純な6つの道徳観念を見つけ、さらに遺伝の影響まで踏み込んでいる。これまでに無い研究ですが、道徳感情の生得的・文化的な取得に関して賛成出来ない部分もある。

 

 

 

 

 

第3章 この半世紀で米国政治はどう変わったのか

 

米国は、新たな帝国主義国家に踏み出したようだが、かつての大英帝国と同様に陰りをもみえ始めたようです。

 

 20世紀初頭において、英国と並んで米国は世界で最も社会主義的な自由民主主義の先駆的国家として、国民・労働者にとって最高の国になっていた。その頂点は大恐慌で苦しんだ後のルーズベルト大統領によるニューディール政策以降でしょう。そして第二次世界大戦後、戦火を逃れた米国は、世界最大の経済大国の道を独走した。

 米国が経済大国になり得たのは、初期に英国からの投資、技術導入、様々な移民を受け入れ、無償の広大な耕地があったからです(先住民インディアンを追いやり)。その後、二度の大戦で焼土にはならずに軍事特需で製造業に力を付けた。大戦中から大戦後にかけて、米国は、世界に範を垂れ、経済支援と技術支援を無償で行い、世界平和と経済復興を牽引した。しかし大戦後20年もすると、日独が経済的に猛追し、世界は高度経済成長期に突入した。米国は焦りを感じるようになっていた。

 

米国は、戦争中毒(世界の警察)と新自由主義への転換により、亡国の芽を育ててしまった。

それは二つに要約できる。

 

戦争中毒: 大戦後、米国の軍部と軍事産業は巨大化し、大統領は外交において、軍事行動を選択する事が多くなる(大戦以前もスペインやメキシコ、カナダと戦争は行っていたが)。

 

 これには三つの要因が考えられます。最大の要因は、共産主義に対する極度の恐怖心で、端的な例が、大戦後の共和党議員マッカーシーによる「赤狩り」でした。この恐怖心は今も根強く、トランプは相手を罵る時に「共産主義者」を頻繁に使っている。大戦後から米ソの冷戦が終わる1989年までの約半世紀、米国の戦意は共産主義に集中していた。共和党の元レーガン大統領は俳優でありながら、俳優の赤狩りに積極的に協力していた(俳優組合擁護の為か)。この共産主義への嫌悪感は相手が非白人国となると、殲滅も厭わない所までエスカレートしました(ベトナム戦争)。


 次は、異なる人種に対する冷酷さで、原爆が典型です。トルーマン大統領が最初に日本で使った。その後もホワイトハウスにおいて、あらゆる局面で幾度も原爆の使用が軍部やタカ派により大統領に強く進言されて来た。その都度、大統領が必至に拒否する場面が続いている。最も印象深いのは、キューバ危機時のケネディ大統領の毅然とした拒否でした。しかし米国の軍部やタカ派、保守系シンクタンクは、西欧人以外を目的の為であれば、平気で殺戮することを厭わない。イラク戦争を行った子ブッシュ大統領と彼を操ったチェイニー副大統領とネオコン(新保守主義者)が、最も分かり易い例でしょう。彼らは、強い軍事力と国益を重視し、米国の単独行動も辞さない強硬な外交政策を支持する政治思想を持つ人々でした。

 

 最後は、国益の為なら何もかも許されるとの意識です。既に述べたが、米国の敵対国や石油資源等で経済損失を与える可能性のある国に対して、大統領の指示によりCIAや海兵隊を使って破壊工作を数知れずやって来た。真の目的は伏せて、侵攻の根拠を捏造したり、自国民を煽情して、いとも簡単にやって来た。トランプによるベネズエラ侵攻は、これまでと異なり、あまりにもあからさまであり、彼の本性が解き放たれ始めた言えるでしょう。

 

 この帝国主義的な行動は、歴史上繰り返される大国の驕り、さらには新自由主義による内部矛盾への不満のガス抜きと言える(注1)。そして世界と米国を疲弊させて来た。

 

超富裕層に操られる国民: 80年代以降、新自由主義の浸透で人口1%の超富裕層が国の資産の30%を所有し、益々増加傾向にある。これにより米政府は、既に見たように超資産家や財界の思うがままに操られるようになった。マスコミも宗教界も公正であるより煽ることが増え、さらにSNSが加担している。こうして国民は溜まる不満の矛先を、都合の良いように操られ、一時だけ溜飲を下げる事が出来るようになった(特に米国では教会のテレビ説教師の影響力が非常に強い)。

 

 一番愚かのは、労働者のモラルハザードを恐れて、福祉的な政策を採るべきで無いと言いながら、度重なる金融危機の後処理で、大損害を出した金融機関の放漫経営者らをリーマンショック時だけで、血税の約百兆円で救済しているのです(但し、潰すとさらに状況は悪化するが)。これは明らかに経営者のモラルハザード(注2)を助長している。まったく逆の論理が罷り通っているのに、国民は、一時不満を口にしても、また同じ手口に乗り、泣き寝入りするだけです。

 


 左の図は、米国の所得格差を示すジニ係数(注3)のグラフで、ピンクの線は新自由主義が始まった年、赤枠はトランプ1期目を示す。新自由主義以降、格差は拡大し続けている。トランプの時期、下がっているのは、パンデミック期間中の現金給付などの政策的支援が、低所得層の生活を下支えしたためと考えられます。2016年から2022年の間だけでも、上位1%の最富裕層の資産は7倍以上に増加した。トランプ1期目は、法人税・個人税の減税、相続税控除大幅拡大、福祉削減が目立ち、次のバイデンで、限定的だが法人税の増税、コロナ給付金・失業保険拡大を行った。つまりどちらが大半の国民にとって良い政策かは明白だと思うのだが・・・。

  

 格差拡大を抑えるなら、労働者の首切りを簡単に出来ないようにし、失業期間の給与補填、転職・教育支援を充分に行う方が良いはずです。これについて北欧は半世紀前から少し異なる方法で格差縮小に成功している。さらに米国は、金融危機の再発を防止する金融規制を行うべきなのですが、まったく手を着けないどころか、益々自由放任にしている。かつて日本は米国よりも少し良かったが、益々、米国並みになりつつある。

 

 明らかに大半の国民にとって悪くなる政治が行われ続けているが、不満の矛先が、別のもの、「移民を遮る壁建設」とか、「ディープスティトを壊す」にすり替えられている。トランプが民衆相手に言っている事の多くは、デマ、リップサービス、実現根拠の薄い願望にしか見えないのですが・・・。しかし米国民は、これしかないとすがっている。

 

どうやら袋小路に入ってしまった

 大戦後、経済と社会は順調だったが、レーガンの放漫経営とベトナム戦争で双子(貿易と財政)の赤字が累積し、産業の競争力にも陰りが見えて来た。ニクソン、レーガン政権の頃から、日本との自動車・繊維交渉のように米国優先に切り替え、企業を概ね守れたが、労働者擁護には向かなかった。これにより大半の国民の生活水準はインフレを考慮すると30年以上横這いに近い(日本だけは低下している)。また1970年代末からの米英主導の新自由主義の結果、先進国経済はそれまでの成長率3~2%から半分以下の1%に落として久しい。日本は0%になってしまった。

 

これは明らかに米国を中心とした資本主義世界が亡国のパターンに突入していることを示している。

それでは日本は新自由主義にどう向き合って来たのかを見ます。

 

 

注釈1 2001年誕生の子ブッシュ政権の時、ネオコン(新保守主義)が外交政策に強い影響力を持ち、大量破壊兵器を保有しているとのでっちあげで、イラク戦争へと暴走させた。このネオコンのようなナショナリズム、タカ派的な風潮が強まったのは、新自由主義経済で疲弊した米国社会への失望から抜け出したい願望が強くなったせいだと考える学者がおり、日本の安倍や西欧の右翼政党に通じると考えらえる。

注釈2 モラルハザードとは、セーフティネットがあることで、かえって注意や規律が薄れ、事故や危険な状況を招きやすくなることです。例えば、セーフティネットがあると、金融機関がリスクの高い投資をしたりするケースです。

注釈3 ジニ係数は、所得格差の度合いを示す指標で、0から1の間の値を取ります。値が0に近いほど格差が小さく、1に近いほど格差が大きいことを意味します。ジニ係数は発表機関や計算法で異なるのですが、オランダや北欧は世界で最も低いグループに属し0.26~0.28ぐらいです。日本は世界で平均より悪く0.33ぐらい、米国と英国は世界で悪い方から40位ぐらいで、先進国では最悪です。

 

  

 

 

 

第4章  この半世紀で米国はどれほど劣化したのか


 


米国は、産業・経済・軍事・外交で世界を牽引しているが、政治と社会の内実は悲惨です。

定量的に劣化度合いを見ます

 

経済格差: 上位1%の資産保有者による国内総資産の保有割合は、1989年の22.8%から2025年の31%に上昇。これに応じて、下位50%の保有割合は、1989年の3.5%から2024年には2.8%にまで減少。 

 左のグラフは所得層を5段階に分けて見ている。最低と低年収層の人口の計40%は50年近く所得が伸びず、人口の80%(黒から青線の4本)ですら、米国経済成長の恩恵(トリクルダウン、注1)をあまり受けず、残りの高年収層20%と5%(オレンジと灰色)と対照的です。このグラフはリーマンショックで終わっているので注意。リーマンショック後、富裕層は爆上がりします。日本の方が酷いですが。

 

犯罪率: 他殺率は1960年から1990年へと上昇していたが、その後、様々な改善を行い、左のグラフのように近年まで低下傾向にあった。しかし、トランプが「FBIが公表値を捏造している」と煽り、国民は犯罪が増加していると感じているようです。

 

貧困: 左のグラフにおいて、1980年頃より急激に貧困人口が増加し、定着している。ちなみに81年からレーガン政権で急上昇、93年からの低下はクリントン政権時代に呼応する。

 

世界幸福度ランキング: 最も古い2013年で米国は17位でしたが、2025年には過去最低の24位に落ちた。幸福度はまだ世界で高い方ですが、低下傾向にある。

 


自殺率: 2000年の年齢調整済み自殺率は人口10万人あたり10.4人でしたが、2018年には14.2人まで上昇した(35.2%増)。特に高齢男性や若年層での増加が顕著で、富裕国の中でも高い。ちなみに自殺率が高い日本は、2024年で16.3人でした。

 

政府の債務残高: 左の図のように、80年代以降鰻登りで、米国のGDPを越えるようになった、日本ほど酷くはないが。気になるのは金価格上昇が債務残高と連動している事で、これは米国債の暴落危機を予想しているからかもしれない。米国債は海外から多く買われているので不安定要因になる。

 

対外債務:左の図のように、90年代より、米国の双子の赤字と揶揄され、その一方の経常収支(注2)の赤字が急激に増加したままです。2000年代より対外負債が増えている一つの理由は、海外からの金融投資が増えているからです。どちらにしも、債務残高と経常赤字の累増は、米国経済の不安定要因です。

 

政府の信頼性: 左の図の赤矢印のようにかなり低く、幸福度ランキングと同様に、悪化傾向にある。

 

 米国の状況がかなり悪くなってしまった。だからポピュリズムが沸き立つようになったと考えられます。

 




注釈1 「トリクルダウン」は、大企業や富裕層を優遇する政策によって経済活動を活性化させ、その結果生じた富が低所得層にまで徐々に浸透していくことで、社会全体が豊かになるとする考え方です。安倍が当時、篤く語っていたのが懐かしい。この理論をいまだに信用している人は少ないのではないだろうか。

注釈2 経常収支は、一国のお金の出入りをの合計額です。これは、モノの輸出入(貿易収支)、サービスの輸出入(サービス収支)、海外からの配当や利子(第一次所得収支)、などの合計で構成されます。この合計がプラスなら「黒字」、マイナスなら「赤字」となり、その国の経済力を表します。

 

 

 

 

 

 

第5章  日本は新自由主義をどう受容し、社会経済はどう変わったのか

 

第1節 主要内閣の実績と、その後の日本経済の低迷を確認します

日本の新自由主義への転換は中曽根に始まり、橋本、小泉で概ね終了した。

 

中曽根康弘(1982–1987)

国鉄、電電公社、専売公社の民営化: 三社で73万人が失業し。後の公務員削減も入れれば計136万人が退職させられた(1985~2015年)。

労働組合弱体化: 国鉄労組から始まる。

  

 橋本龍太郎(1996–1998)

中央省庁再編、独立行政法人制度、財政構造改革法

日本版ビッグバン:金融自由化を一気に前進。外資参入拡大、証券市場の規制緩和等。

労働・雇用改革:雇用調整の為に派遣社員・非正規雇用の拡大、年功序列と終身雇用からの脱却へ。

 

小泉純一郎(2001–2006)

郵政民営化: 郵貯と簡保の巨大資金を市場化。

官から民へ・規制緩和の加速: 特区制度、医療・福祉・農業などの規制を段階的に緩和。

労働市場の規制緩和: 派遣対象拡大(橋本時代からの流れだが、小泉で決定的に進む)。非正規雇用が増加。

財政構造改革(歳出削減):社会保障抑制、公共事業削減。

不良債権処理の強行(竹中プラン):市場優先・淘汰による金融健全化。

 

 新自由主義への転換により、日本はその前後でどのように変化したのでしょうか? 良くなったのでしょうか? 下のグラフが改革による日本経済の悪化を最も良く示している。



経済力=GDPの推移を示す上記の青線グラフが1990年で腰折れになっている。結局、日本経済は、バブルで一時良くなったが、改革を経て、それ以前に比べ経済の伸びは急激に低下した。失策を重ねなければ黒い細線矢印のように経済は上昇し続けられた可能性が高い。棒グラフは各年の経済成長率。赤矢印が中曽根から小泉までの改革時期です。黒矢印はバブル崩壊で、その前のピンク矩形はバブル全盛期を示す。1990年頃以降、経済成長がほぼ止まった。1950~90年の10~4%が1991~2024年は平均0.8%にダウン。

 


第2節 日本経済が落ち目になった主因

 


 日本の賃金推移を示す上記の赤線グラフは賃金が、1997年まで上昇し1997年から20年間、低下し続けている。実際は30年間も低下している。他先進国は順調に上昇している。



 

左図の赤線棒グラフは、勤労世帯の可処分所得(消費出来る金)を示す。1998年をピークに、それまでの上昇傾向から低下と横這いに転じた。

 こうなると国民の総需要(消費)は伸びないので、経済は停滞して当然です。

 

結論は、賃金が低下し続けて、経済上昇にブレーキがかかったのです。

 

 

 

  なぜ賃金が低下し続けているのに、日本経済はまだ微かでも成長を遂げているのでしょうか。この種明かしをします。


 

左図の青線は日本の労働分配率(注1)を示し、日本だけが大きく低下している。労働分配率(企業の費用に占める人件費割合)は1990年代は70%もあったが2024年は53.9%まで下落し、最低を更新中です。労働分配率が低下すると、労働者の取り分(賃金)が減り、その分が企業の利益か内部留保に加算される事を意味します。こうして企業と株主は所得を増やし、GDPは上昇出来ているのです。この新自由主義の手法は、米国でも顕著ですが、日本が群を抜いているのです。これは国の最も大きな需要を減らす為に、国民だけでなく国の経済にも悪いのです。

 このようになった大きな理由の一つは、国による労働組合潰しが功を奏し、非正規雇用を増やしたからです。こうして賃金が低下し続けているのです。これは政府が企業・財界を優遇する一方、国民と労働者により多くの負担(税金・社会保険料)が掛かっていることを意味します。新自由主義経済下の国では同様の事が起きています。国民はこの事実をしっかり理解すべきなのですが、政府がタカ派(ナショナリズム)や右派ポピュリズムに傾くと、それで溜飲を下げてしまう人々が多すぎるのです。

 

 右図の緑線グラフは全雇用者に対する非正規雇用者の割合の推移を示します。先程から1997年頃から賃金や可処分所得が低下している事を指摘しましたが、ここにその原因が見て取れます。正に1997年頃から非正規雇用比率が急上昇しているのです。非正規雇用の所得は、概ね、正規雇用の半分ぐらいなので、この割合が増えると、全労働者の平均所得はどんどん低下することになります。非正規雇用を増やし始めたのは橋本内閣(1996-1998年)で加速させたのは小泉内閣です。

 

 日本のエスタブリッシュメント(政治家、財界、学界、官僚、マスコミ)は、世界でも稀な政策を堂々と推進し、国民は素直に受け入れ続けているのです。日本国民は、まるで大日本帝国の神兵のように、光り輝き、国の為に身を捧げることも厭わない、素晴らしい民族と後世に名を残すかもしれない。

 

 

第3節 他の重要な経済社会指標から日本の劣化を見ます


この国際競争力ランキングは、1992年までの1位から、1997年に一気に低下し17位、2020年代は30〜40位台へと転落し、反転上昇の気配なし。バブル崩壊後、政府は財界保護に徹し、企業家が消極的になった事が、さらに追い打ちを欠けている。

 

幸福度ランキングは、2010年代の40位台を最高に、ここ5年は47~62位へと漸次下降中です。

ちなみに北欧諸国の幸福度ランキングは常にトップ10入りしていますが、上記の国際競争力ランキングもトップ10入りしているのです。政治が異なると、これだけの違いが生まれるのです。


 

左図は日本の所得格差の推移を示している。赤線はジニ係数を示し、これが1980年前半から急激に上昇し始めた。ちょうど中曽根内閣が辣腕を振るった時代でした。ジニ係数は、数字が大きくなるほど格差が大きくなり、0.5以上は深刻な状況と言われている。中曽根後は、非正規雇用増大などにより格差を拡大させている。

 

 こうしてみると新自由主義的改革(民営化・規制緩和・労働流動化)は、市場の効率化や財政構造の見直しをもたらすはずだったが、賃金停滞・非正規化・国内需要の弱さと言った副作用を通じて、国民の生活水準の低下だけでなく経済力すら悲惨な結果になっている。さらに政府の累積債務は増加し続け、累積債務のGDP比率は先進国で断トツに高く、今も更新中です。

 よくもここまでケインズの需要喚起策を無視して、大量の労働者を失業させ、賃金を下げて、需要を低迷させる愚策をやれるのかと驚くばかりです。日本の支配層はよほど労働者が憎いようです。ただ失業率は他の先進国に比べて低いですが。

 


 一方で、この30年間、企業の内部留保は積み上がるばかりです。日本企業の内部留保額(企業内に蓄えた金額)は、1990年は100兆円ほどだったが2024年、過去最高の約637兆円超と爆上がりしている。この1989から2024年までの消費税の全徴収額は539兆円にも登る。結果的に、消費税分が内部留保に廻ったと言える。国民は貧しくなり、企業は豊かになった。本来なら、この内部留保を存分に生かして、国内の開発投資や設備投資に向ければ、日本企業の国際競争力は上昇するはずだったのですが。残念ながらそうはならなかった。

 上図の太赤線グラフは日本からの海外投資額/GDPの推移を示す。結局、1993年頃から有り余った資金(企業+家計)は海外投資に向かってしまっている。これは恒常的な円安をもたらすだけでなく、国内投資(細赤線グラフ)の低迷に繋がっている。これを世界の投資(二本の黒線)と比較すれば、日本が如何に国内投資に消極的であることが分かります。日本は絶好の機会を自ら逃しているのです。実は、産業革命を終えた19世紀後半の英国も、国内より海外(米国等)に資金を投資するようになり、国内産業が衰退し、後に英国病と言われるようになったのです。日本は、今また同じ轍を踏もうとしている。財界や富裕層が望んだからと言って、安倍元首相が海外投資62兆円を高らかに謳い上げた時、私は日本のトップやマスコミの浅薄さに悲しくなりました。実は、これにはさらに国民負担が圧し掛かる仕組みが隠れていたのです。この海外投資が失敗した時、日本政府は投資先国に保障する契約がなされているのです(注2)。

 

 新自由主義への転換を図った国でも日本ほど悲惨な結果を招いていない国は数多くある。これは明治維新に端を発する藩閥官僚政治が脈々と受継がれた官僚国家が、戦後に開発主導を行い成長を手に入れた日本と、一方、欧米のように20世紀初頭からの福祉重視の体制から、新自由主義を取り入れた事による違いにある。つまり、日本は元々、労働者や国民軽視の状態から、さらに新自由主義への転換を進め、さらに悪化させたからといえる。これは中曽根時代の国鉄民営化の経緯に見てとれる(注3)。国鉄民営化の詳細は第6章の後半に譲ります。

 

 もう一つの問題は、自民党の長期わたる金権腐敗が、幾度も露見し批判が吹き荒れても、改革されること無く存続していることです。加えて官僚制の改革も中途半端に終わっている。日本の低迷を昭和バブルの崩壊のせいにする人がいるが、米国や他国は幾度もバブル、金融危機を乗り越えているので、説得力はない。

 

 

第4節 日本の政治が如何に低次元から抜けられないかを見ます

 

 小泉政権下で、辣腕を振るった経済学者竹中平蔵は、破綻した長期信用銀行を二束三文で米国資本に売り飛ばした(10億円で米国投資会社に売却)。彼は、「私は日本を代表して『世界経済フォーラム』に毎年出席しているから、信頼されてしかるべきだ!」と自身への非難を退けた。このフォーラムは世界を疲弊させている元凶である新自由主義陣営の最大の祭典です。彼の履歴から察するに、彼は米国支配層に食い込み、これを持って日本政府に売り込み、また新自由主義の先兵となる事で栄華を得ている、日本流に言えば御用学者+政商と言うところでしょうか。

 

似非保守政治に日本の限界が見える。保守論客の西部邁は、かつて安倍を「真の保守」ではないとして、厳しく批判していました。それは彼が、日本の歴史や伝統を重んじる保守では無く、国家主義的(タカ派)な側面を強調していると見たからでした。欧米では保守・右翼が勢いを増している背景に、新自由主義と野放図なグローバリズムに起因する社会の疲弊に憤り、これに反発する形で新保守主義(ネオコン)が生まれたと見る向きがあります。ところが安倍は、新自由主義やグロバーリズムに異を唱えるどころか、まだそれを追い求めると言う、経済と社会への認識が周回遅れであることを曝け出していました。この辺の感覚が平然と統一教会の広告塔になっていたことに繋がります。彼は政治的直感で、タカ派を前面に出すことが有利と察知したのでしょう。彼は、東アジアの黄色人種の独裁国家に対して虚勢を張り、日本の右翼の人気を総どりします。一方、トランプやプーチンなどの白人系独裁者には親和的でした。実に、トランプにも通じる、分かりやすさが売りの政治家だったようです。竹中と安倍に共通しているのは米国一辺倒で、これが日本の政治家には非常に重要で、人気に繋がるのです。これも日本の政治風土の残念な一面かもしれません。戦時中は鬼畜米英で鳴らしたのですが。

 

安倍が推進した円安とは


 安倍がぶち上げた政策の中で、結果的に実現したのは円安でした。



 当時、円安は国を活性化させるには欠かせないものとし、円高を放置した野党を強く非難していた。元々、円高に大きく舵を切ったのは、中曽根政権、1985年のプラザ合意で、3年ほどで250円/$が120円/$まで上昇していた。当時も今も、米国の要求を断れないだろうが。

 円安は、30年前に国際競争力1位になったこともある日本に取って本当に素晴らしいものなのでしょうか。円安で日本企業が海外から国内へ幾らか回帰したので、国内の就業人口が若干増えたのはメリットでした。しかし多くの国民と輸入業者にとっては、輸入物価高、インフレとなり災いとなった。

 

 しかし本質的な問題は別にあります。上図は一人当たりGDPが低い国ほど、自国通貨が安い傾向にあることを示している。図の二本の赤線は、私が目安に引いたものです。これは本来、生産性が高い先進国は、一人当たりGDPが高くなり、よって自国通貨も高くなる事を示している。

 上図の説明。縦軸の自国通貨割高率が1を大きく割るほど、「PPP購買力平価(注4)で見ると自国通貨(実勢為替相場)はもっと高くあるべきなのに、現実にはかなり安くなってしまう」という状態です。例えば、日本でハンバーガー1個が95円で買えるのに、米国で同じものを1ドル=155円(実勢為替相場)で買わなければならない状況です。この場合、自国通貨割高率は(1÷155)/(1÷100)=0.0065/0.011=0.61となる(グラフ縦軸の目盛り)。これは日本国内の賃金が安く、米国の賃金が高い為に、同じハンバーガーが米国では高いのです。米国に旅行するか、米国から輸入する時に、この違いに気付くことなる。この理由を経済的に説明します。通常先進国は、製造業・ITなど輸出部門の生産性が高い為、国際競争力が高くなり、この部門は高賃金になる。労働者は国内で移動(転職)するので国内の別部門(輸出以外)にも、いずれ高賃金が波及し、国全体が高賃金になる。逆に、輸出部門の生産性が引く、またGDPに占める輸出額が少ないと、国全体が低賃金になる。

 一人当たりGDPが高い国は、労働生産性、資本整備率(国内投資)、技術水準が高いからこそ、自国通貨高になるのが当然なのです。



 

 ところが日本は、わざわざ1人あたりのGDPを下げてまで、円安で輸出企業の保護に向かった。円安は安倍だけのせいとは言えませんが、左図で日本のランキングが急低下した時期は安倍政権の始まりの2012年でした。発展途上国が、自国の輸出部門を育成する為に、自国通貨を安く誘導することは有りますが、先進国のやる事ではありません。この政策を絶賛している人やマスコミが多いのには呆れました。もっとも苦肉の策でやりたくなるのですが、通常、多くの貿易相手国は許してくれません。

 

 


結局、割を食ったのは労働者と国民、利を得たのは企業家と資産家で、それでも沈み行く日本を共に静かに見守っている姿がいじらしい・・・。

 

 

注釈1 所得再分配: 政府が税制度や社会保障制度を使い、高所得者から徴収した資金を、低所得者への給付金や社会保障サービスとして再分配する仕組みです

注釈2 「空洞化と属国化 日本経済グローバル化の顛末」坂本雅子著、2017年刊、新日本出版。

注釈3 国鉄民営化は、労働者の人権が守られていた欧米と比較して異常で悲惨だった。これは長年の国鉄内と中央の官僚による統制と、たかり続けた自民党運輸族(田中派)による腐敗が、国鉄を疲弊させ赤字体質にした。これに新自由主義改革派が入り乱れ暗闘し、事は決した。国鉄労組にも驕りはあったが、日本の労働者の権利を守る最後の砦との想いがあった。残念ながら、野党も労組も分裂し、纏まる事が出来ず敗退した。最大の労組が破壊されたことにより、日本の組合は瓦解を始めた。日本には元々、企業組合が強く根付いており、これにほとんど吸収され、賃金上昇は完全に止まり、労働者は企業と協調せざるを得なくなった。これが現在の、多い熟年自殺に現れているように、他の先進諸国から、かけ離れた労働慣行に埋没する社会となってしまった。

注釈4 購買力平価の基本的な考え方: ある国で100円で買える物(マクドナルド商品等)が、別の国で1ドルで買えるなら、購買力平価は1ドル=100円となる。実勢相場は1ドル=156円、2025/12/30時点。

 

 

   

 

 

第6章  2世紀に亘る労働者の栄光と没落 

 

 あれほど輝いていた日本経済が衰退に向かい、社会も生気を失いつつある状況を既に見ました。それでも日本らしい労使関係がまだ存続していれば救いはあったのですが。残念ながら、日本の労働者の待遇が、先進国中、最悪になってしまったからこそ、現在の低迷があるのです。

 日本の近代化は恵まれていました。明治維新は大きな内戦と植民地支配も逃れ、また欧米の先進技術と政治システムを目一杯受容し、比較的スムーズに封建性から立憲君主制の大国へと成り得た。日本の明治維新は稀有な成功例として、多くの発展途上国から羨望の眼で見られた。しかし、この過程で禍根を残すことになった。それは主に官僚と軍人による国家だった為であり、民主主義が成熟には至らなかったことです。この章では画期となった世界の労働運動の概要と、日本の労働運動の苦難の歴史と、現代の悲惨な労働状況を見ます。

 

第1節 19世紀から始まる欧米と日本の労働権獲得の歴史

 概ね先進国すら、100~150年前までは国民や労働者の権利はほとんど無きに等しかったのです。しかし産業革命(1760~1840)の後半以降に、労働者と国民が立ち上がり、勝ち取ったのです。

 

英国 

 1824年、それまでの結社禁止が撤廃され労働組合が制限付きで合法化された。

 1833年、児童・女性の労働時間制限、公教育義務化など施行された。

 1884年、第3回選挙法改正で都市・農村労働者に選挙権が拡大した。

 1871年、労働組合法が制定され、組合の存在が法的に承認された。

 1906年、それまで違法とされたストライキが合法化された

同年、労働党が国会に29議席を獲得。これ以降、労働組合と協働して行く。

 

フランス  1884年組合とストライキの合法化

ドイツ   1890年組合とストライキの合法化

米国    1935年、組合とストライキの合法化

日本   残念ながら日本は周回遅れです

 1945年、GHQ占領下、労働組合法民間労働者のストライキを合法化

 1947年、勤労者の団結権、団体交渉権、争議権を憲法に銘記

 1948年、公務員のストライキは禁止、現在も公務員・公共部門は強く制限

  

 

第2節 世界のストライキ



 

 後に、苦戦を強いられた日本の労働運動の歴史を見ますが、前もって、世界中で、人々はどのようにして労働者や女性の権利をストライキで獲得したかを紹介します。権利獲得は国民の訴えや努力に加え、支配層の歩み寄りがあって成し得たのですが、大規模なストライキ(労働争議)が象徴的なので、幾つか紹介します。

 

 

英国:1888年、マッチガー

ルズ・ストライキ

背景:ロンドンのファブリカ社で働く女性工員が有毒物質による健康被害と低賃金に抗議。

結果:労働条件の改善、罰金制度の廃止。

意義:女性労働者による初の成功したストライキとして知られ、労働運動の拡大に貢献。

 

米国:1936-1937年 GMシットダウン・ストライキ

背景:ゼネラルモーターズの工場労働者が労働条件改善と組合承認を求めてストライキ。

結果:全米自動車労働組合(UAW)の承認、労働条件の改善を勝ち取る。

意義:アメリカの産業別組合運動の画期となり、多くの大企業が組合を認めるようになった。

 

フランス:1968年5月危機(五月革命)

背景:学生運動をきっかけに、労働者がゼネストを起こす。1000万人以上がストライキに参加。

結果:労働者の最低賃金引き上げ、労働時間の短縮、労働組合の権利強化などを実現。

意義:政治と社会構造に大きな影響を与え、ド・ゴール政権の一時的な弱体化も引き起こした。

 

南アフリカ:1980年代の鉱山労働者ストライキ

背景:アパルトヘイト体制下での過酷な労働環境に対する抗議。

結果:南アフリカ鉱山労働者組合の承認と、労働条件の改善。

意義:アパルトヘイト反対運動と結びつき、民主化運動の一翼を担う。

 

韓国:1987年労働者大闘争

背景:民主化の進展とともに、労働者が大規模なストライキを決行(全国で3000件以上、参加述べ人数200万人以上)。

結果:労働三権(団結権、団体交渉権、争議権)の保障、労働組合の設立自由化

意義:韓国の民主化と労働運動の転換点となり、現在の労働環境の基礎を築いた。

 


アイスランド:1975年10月24日 「女性の日のストライキ」Womens Day Off

背景:当時、女性の賃金は男性の約60%程度で、政治・経済分野への参画も限定的でした。ストライキで女性たちは一切の有償・無償労働(家事・育児を含む)をやめ、学校・病院・店が閉まり、男性たちは家庭と職場の混乱を体験した。首都の女性1割が平和的な行進を行った。

結果:翌年には、男女平等法が成立。80年に女性大統領が誕生。

意義:この運動は世界中のフェミニズム運動の模範となり、家事・育児を含めた女性の貢献を可視化した点が画期的でした。

 

 残念ながら、このような国民の大規模な運動がなければ、社会は変わらず、国民の権利上昇もなかったのです。逆に言えば、権利侵害に慣れてしまったり看過してしまうと、重要なものを失うことになるのです。正に今がその事態なのですが。

 

 

第3節 日本の労働運動; 明治から大戦までの苦しい抵抗を振り返ります

 以下1.~3.までの説明は、「日本労働組合物語」(大河内一男、松尾洋 筑摩書房1965年8月)を要約し、補筆しました。

 

1.明治(1868~1912年、明治45年まで)

 

 以前から鉱山で、明治からは造船所や製糸場等で多くの労働争議が起きていた。明治17年、活版印刷工が日本発の労働組合を作ろうとし、6年後には一度成功したが、まもなく解散にいたった。その後も、様々な工場で組合の組織化は起こるが、失敗が続いた。27年、日清戦争の頃には資本主義の基盤がようやく確立し、労働者団結の気運がにわかに高まった。

 

 明治30年、労働組合期成会の結成によって、組合運動が本格化し、多くの進歩的な学者、経営者、政治家、宗教家の支援を集めた。これは米国に出稼ぎに行っていた数十人の日本人の呼びかけが契機となった。彼らは米国で弾圧に立ち向かう鉄道・鉱山労働者や、イギリス・ドイツ労働者の組合運動を見聞きしていた。期成会は労働者保護法の工場法実現を目指した。当時の工場労働者の大半は繊維産業に従事し、その大部分を占めた女工は低賃金、劣悪な労働条件下にあり、生糸工場の労働時間は毎日18時間にも達した。政府は婦女子保護の工場法制定を目指したが、紡績業を中心とする産業界が強く反対し、ついに実らなかった。この工場法は、やっと大正5年から実施されたが、まだまだ不完全なものだった。期成会会員の9割は鉄工だったので、まづ東京中心に砲兵工場、ドック会社、鉄道、紡績場等の鉄工組合が結成され、その後、驚くべき勢いで発展していった。

 

 日鉄矯正会は、火夫、機関士等の約1千人で組織され、ストライキを通じて、当時民営だった日本鉄道会社に「組合員以外とは一緒に働けない」との待遇改善を呑ませ、日本では珍しいクローズド・ショップ制(注1)を確立した。活版工組合は、資本家と協議し12時間だった「労働時間を1日10時間とし、30分間の休憩時間を取る」を勝ちとった。

 

 続いて横浜で家具職、神戸で清国労働者、東京で馬車鉄道の車掌、洋服職工、靴工、船大工職などあらゆる分野で組合が作られた。上記の西洋家具指物職同盟会は、「雇用者が無資格の職工を雇用する場合、組合員はその職に従事しない」と規定し、労働条件を確保した。

 

 これら組合運動は欧米では当然で、いずれも労働者の地位向上、生活改善や保護法の制定、普通選挙制度の実施要求にすぎず、決して国家を脅かすものではなかった。しかし、明治33年(1900年)の治安警察法制定によって組合運動は壊滅させられた。この反動で労働運動は、大衆の運動から一部の急進革命家の直接行動に変化し、やがて明治43年の大逆事件(注2)によって崩壊してしまう。

 

 

2.大正(1912~1926年、大正15年まで)

 


 大正元年、15人の同志によって友愛会が創設され、大正時代の労働組合運動が辛うじて再建された。友愛会はその綱領に、相愛扶助、技術進歩、地位向上などを掲げ、きわめて労使協調的であった。第一次世界大戦によって増加しながらも、まだ地位の低かった賃金労働者は、友愛会の運動を大歓迎した。しかし、当初は穏健だった友愛会は、戦中・戦後の数度の恐慌による物価高騰や賃下げ、米騒動、吉野作造の「民本主義」、ロシア革命などの影響を受けて、労資協調路線を捨て、階級闘争をスローガンにするようになった。また大正9年には、日本で初めてメーデーと銘打った屋外集会が開かれた。

 

 一方、政府は1925年普通選挙実施との交換で治安維持法を施行し弾圧を強化したので、全体として組合運動は現実主義へと向かったが、急進派との分裂は深まった。友愛会から名を変えた日本労働総同盟は日本で最有力であったが、大正14年には分裂し、さらに左派は地下運動的な急進主義に向かい、右派は労資協調主義へと向かった。これは、さらなる分裂を引き起こし労働組合運動陣営を分解させてしまった。

 

 

3.昭和から第二次世界大戦後まで(1926~1945年)

 

 昭和に入ると賃金労働者がより増加し、組合運動は発展したように見えたが、左派と右派の相互不信は解消されず、分裂は固定的なものとなった。左派の組合運動は、昭和3、4年の共産党員等の大規模な検挙事件によって著しく弱体化した。一方、大正末期から昭和初期にかけての不況期における大企業を中心に、新しい、そして日本固有の労使関係の第一歩が踏み出された。すなわち、それ以前の、転職の激しい高賃金の熟練職人工に代わって、若年の学校卒業生を採用し、中途採用を排し、企業内で技能養成をおこない、一定期間の後、技能優秀・身体強健等の若者だけを本雇いするようになった。採用後は、従業員が定年退職まで転職しないような労務政策がとられたので、勤務年数の長さが賃金や地位を主に規定し、終身雇用と年功賃金が定着することになった。

 

 労働組合は軍事国家において合法的存在を得るには戦争協力をうたう以外に道はなかったが、遂に満州事変1931年を契機とするファシズムの台頭は、労働運動の存在を根こそぎ破壊することになる。日中戦争開始に伴い、昭和15年、残った日本総同盟も含めて総ての労働組合は解散させられた。この日本の労働運動の不完全燃焼と労働者権利の未発達は、以後も足枷となる。

 

 

 当初、労働者側は欧米のように産業や企業を横断する労働組合を望んだが、組合運動の拡大を嫌悪する政府と産業界の頑強な圧力に屈服し、諦めざるを得なかった。この圧力は生活協同組合にも及び、神戸生協とか県毎に設立するしなかった。これにより労働条件の改善は企業内に限られてしまい、産業全体で改善することが不可能になった。それは同一産業内で競争にさらされる企業は、賃金低下や労働をより厳しく監視する事で対応するようなったからです。一方、労働者は、雇われ意識が強くなり、かつ企業内競争に明け暮れるようになった。北欧や欧米はこの問題を回避するために、産業内で横断する組合結成に向かった(産業別組合)。これが現在、日本の労働者の立場が先進国から取り残されている大きな理由の一つでだけでなく、産業構造の新陳代謝にも悪影響を与えるようになった。産業別組合なら、労働者の処遇維持を図りながら、産業構造の変革、技術革新、省人化等の施策を採りえた。日本の労働運動を最も貶めている御用組合、非正規と正規の対立も、企業内組合が災いしている。こうして日本の労使関係「終身雇用」「年功賃金」「企業別労働組合」は誕生したのです。日本の優れた労使慣行と思われている社内教育や企業内福祉は20世紀初頭の米国等の海外にもありました。

 

 欧米より周回遅れの障壁―企業内組合、御用組合、公労協のスト権剥奪、生活協同組合の営業範囲等、は支配層による歴史的な根深い労働者蔑視がある。実は、労働組合法は大正14年(1925年)に発案され、昭和6年に帝国議会に提案されたが廃案になっており、大戦後のGHQの指令があるまで待たなければならなかった(注3)

 

 

注1: 採用時に特定の労働組合に加入している労働者のみを雇用し、脱退などで組合員資格を失った労働者を解雇する協定です。

クローズド・ショップ制は、18世紀半ばのイギリスの産業革命を背景にヨーロッパ諸国でよく見られましたが、日本ではあまり見られません。これは、日本では企業内組合が多く、採用後に従業員が組合員になるためです。

注2: 1910年(明治43年)に発生した社会主義者や無政府主義者に対する思想弾圧事件です。ジャーナリストで思想家の幸徳秋水ら12名が処刑され、社会主義運動は一時的に弾圧されました。

注3:終戦後の1945年に帝国議会に提出された労働組合法が公布され、翌年施行されました。これにより、労働者の団結権・団体交渉権・ストライキ権が始めて保障されました。

 

 

第4節 国鉄民営化にみる日本の改革パターン

 

概 要 


 1987年に実施された国鉄分割民営化は、日本国有鉄道(国鉄)を解体し、地域別・機能別のJR各社へ分割したうえで民営化する、日本の戦後最大級の行政・公共部門改革であった。背景には、国鉄の深刻な経営破綻があった。高度経済成長期には大量輸送を担った国鉄だが、1960年代後半以降、自動車・航空機の普及、私鉄との競合、貨物輸送のトラック転換、地方路線の赤字拡大により収益力が低下した。一方で、政治介入による赤字ローカル線の温存、運賃改定の遅れ、過剰投資、労使対立の激化などが重なり、経営改革は進まなかった。

 

 1970年代後半には累積債務が急増し、1980年代初頭には37兆円超に達した。1980年の政府の歳出総額は42兆円だった。国鉄は実質的に破綻状態となり、国家財政への負担も限界に近づいた。こうした状況のもと、中曽根政権は「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄を含む三公社(国鉄・電電公社・専売公社)の民営化を推進した。1983年に設置された臨時行政調査会(第二臨調)と国鉄再建監理委員会は、国鉄を一体のまま再建することは不可能と判断し、分割・民営化を最終答申とした。

 

 1987年、国鉄は解体され、JR北海道、東日本、東海、西日本旅客など計6社とJR貨物1社が発足した。巨額の長期債務は国鉄清算事業団に引き継がれ、国の実質的負担となった。また約27万人いた職員のうち、約7万人が余剰人員とされ、再就職問題や「不採用問題」が社会的争点となった。

 

 国鉄分割民営化は、鉄道経営の効率化とサービス向上をもたらした一方で、地方路線の切り捨て、国鉄職員の犠牲、債務の国民負担といった負の側面も残し、今日まで評価が分かれる改革となった。

 

民営化の流れ 1970年頃から1987年JR誕生まで

 

 国鉄の労使関係は以前から険悪で、1970年代から順法闘争が常態化していた。順法闘争は、ストライキを禁止されてた国鉄労組が法令等を杓子定規に守ることで業務能率を意図的に低下させ、結果的にストライキを目論んだ。乗客にダイヤの遅延・麻痺などの迷惑を与えた。1970年、生産性向上を謳った「マル生運動」が国鉄側主導で本格化した。当初、純粋な生産性向上と意識改革を装っていたが、マスコミが組合潰しの実態を報道すると、世論も味方し、一気に労働組合は国鉄と激しく闘った。この「反マル生闘争」は不当労働行為の訴訟などにより、国鉄は公式に謝罪した。この勝利で勢いを得た国労・動労は、それまでの不当労働行為やパワーハラスメントなどに関する管理職への糾弾闘争を開始するとともに、公共企業体職員のストライキ権奪還を目指して1975年、「スト権スト」(注4)へ突入することとなった。こうして国鉄管理職と職員(労働組合員)の溝はさらに深まった。こうして国鉄のストが頻発するようになった。

 

1980年、国は累積赤字の抑制・合理化を目指し国鉄再建法を成立させ、国鉄は運賃大幅値上げ、合理化計画を開始した。主要三労組、国労は合理化反対・首切り反対を掲げ、動労は最も強硬な反対を唱え、鉄労は終始協調路線を歩んだ。マスコミは「国鉄は改革不能、赤字の温床」「労組は非効率の元凶」との論調が増加させた。

 

1981年、政府は政財界有識者による第二臨調を設置し、行政改革・三公社民営化が議題になった。

 

1982年、中曽根康弘内閣発足。マスコミの論調は「国鉄解体」が主流となり、経済界では「国鉄は分割民営化以外に再建なし」との認識が強まる。国鉄側(国鉄総裁)は管理強化を唱え、各労組は路線対立が鮮明になっていた。

 


1983年、臨調の答申により国鉄再建監理委員会設置が設置され、分割・民営化が既定路線になった。労組は順法闘争、国鉄は労働組合員の懲戒処分で泥仕合になっていった。自民党の民営化反対派は次第に沈黙していった。これは長年運輸族の頂点に君臨していた田名角栄が、この年にロッキード事件で実刑判決を受け、影響力に陰りが出たからです。この頃から、国鉄改革三人組(葛西:後のJR東海社長、松田:後のJR東日本社長、井出:後のJR西日本)が国鉄で活躍を始め、国鉄再建監理委員会等の政府と連絡を密にし、民営化を推進する事になる。

 

1984年、再建監理委が最終答申、地域別6社+貨物1社の分割案を確定した。民営化への以降に9万人ほどの不採用が発生する事になり、国鉄による人事選別が始まった。こうして、各労組は、生き残りと民営化反対で熾烈な対立が起こり、集団による凄惨な虐めが常態化するようになった。マスコミは概ね、労組の抵抗を時代遅れと表現した。

 

1985年、国鉄分割民営化関連法案成立、職員の処遇と国鉄の債務を処理する清算事業団が設置された。国労は法的闘争・国際世論に訴え、頑なに抵抗運動を継続した。一方、動労は手のひらを返したように民営化を認め、組合員のJR採用を有利にする為に国鉄に協力するようになった。これには大きな理由があった。前述の国鉄改革三人組が、ストライキによる損害賠償を、この年初めて、動労に請求したのです。これで動労は抵抗できなくなったのです。これは国鉄労組がスト権を持たない悲劇と言えますが、この三人組の対決姿勢は徹底していました。

 

1986年、JR設立準備会社が発足し、採用内定・非採用通知が行われました。ここで明暗は別れました。既に目の敵にされていた労組は脱退が続出していたのですが、国労は大量不採用、鉄労・動労はJRへ円滑移行しました。マスコミは、JR時代への期待で盛り上がっていった。

 

1987年、国鉄解体、JRグループが発足した。不採用問題は訴訟へと進んだ。国労の影響力は激減し、他の労組は、企業別・協調型へと向かった。マスコミは、「国鉄改革は成功」と報じ、不都合な問題(労働権、首切り、債務整理)を無視した。政府は行政改革の象徴として自画自賛し、財界は新自由主義改革のモデルと評価した。



 

 こうして国鉄民営化は、当時、世間を騒がせながら、8年間で淡々と行われた。その結果、私達はJRの便利さの恩恵に浴している。しかし、大戦後、日本の発展を支え、地方の隅々まで活気を届ける事に、最も貢献した国鉄が、膨大な赤字と怠惰な労組を理由に、いとも簡単に清算されてしまった。

 そこには被害者はなかったのか? 誰が得をしたのか? 災いをもたらすことはなかったのか? この答えを探ります。

 

 

 

第5節 国鉄民営化の問題点

 国鉄民営化は良かったと言える。もし国鉄経営がそのまま継続していれば、スト等で乗客サービスも悪く、赤字はさらに拡大していたでしょう。但し、民営化の至上目的は、膨大な累積赤字にありました。さらに生産性向上に抵抗する組合も次いで問題でした。この二つの問題の責任はどこにあるのか? そしてその責任は誰が負ったのか? この問題を見ます。

 

国鉄の膨大な赤字

 1975年度の国鉄予算は約2兆円、赤字0.3兆円でしたが、実は毎年0.7兆円以上の鉄道建設を行い、その累積債務の返済が年0.4兆円だった(注5)。つまり、赤字はほとんど膨大な鉄道建設費の累積によるものだった。政府は独立採算の建前から、国鉄への補助金交付は最小限にし、一方で鉄道建設は国鉄の権限外で行われ増大していったので、累積赤字は拡大するばかりだった。この理由は、鉄道建設は自民党の利権がらみで決まり、国鉄に関与させなかったからです。民営化の4年前の1984年、国鉄の旅客部門は黒字に転換していた。しかしながら国鉄職員は勝手に決められた建設費の返済に明け暮れ、怠け者だから赤字だったと責められた。運輸族の利権の例としては、新線建設が決まれば、支援者に購入の為の候補地の情報漏洩、工事業者への優遇等、様々あり、建設費は民間鉄道に比べ、2倍ぐらい高額になっていた。もっとも国鉄職員の生産性は民間より低かった。一つには、膨大な地方路線を運営していたからです。民営化路線決定後の1983年から民営化10年後の1997年までで、5000km以上、全体の約25%が廃線(第三セクターでバスへの移行等)になった。


 

巨額債務の始末 

 国鉄民営化時点で累積赤字は37兆円に達していた。この内、収益確保が確実なJR東日本・JR東海・JR西日本等計5社に12兆円を返済させ、残り25兆円が清算事業団に移管された。清算事業団が受継いだ土地の簿価は15兆円とされていたが、当時はバブル絶頂期で、市場価格は30兆円を下らないとも見られた。ところが奇妙な事に、これら土地のほとんどは首都圏の開発に最適な土地だったのだが、地価高騰を招くとして、中曽根内閣は売却を先伸ばしさせた。この結果、1987~1998年の間に90%が6.5兆円で売却されたに過ぎず、残りは独立行政法人への移管となった。簡単に言うと土地は簿価の半値、相場の1/4以下で投げ売りされていた。当然の帰結として、負債総額は減るどころか、金利負債と管理費が増え、当初引き継いだ残り16兆円(注6)は、JRへの追加負担分2兆円を引いて減るどころかさらに28兆円に増加した。この清算事業団は解散した。つまり清算事業団は12年間で、清算するどころか12兆円も赤字を増やしたのです。それではこの28兆円は誰が負担したのか?この内16兆円はたばこ税で、4兆円は年金で、残りの8兆円は国が債務を肩代わりし、最終、総て国民負担となった。

 結局は、厳しく咎められたのは国鉄職員(労組)で、赤字の負担は国民全体で負った。一方、国鉄のような公共事業体、特殊法人、独立行政法人は間違いなく効率は悪いはずだが、清算事業団のように誰か責任を取ったのか。国鉄総裁の首のすげ替えぐらいと管理職員の配転ぐらいはあった。少なくと長年利権を貪った自民党運輸族や地元の自民党後援者が責任を取らされたとは聞かない。特筆すべき醜態は、国鉄の首都圏の土地売却額が、最高値から見れば23兆円もの売却益を失っていることです。推測ですが、優良地だが高値で買うのを嫌う自民党後援者達の為に、土地価格が落ち着くまで売却を待ったのでしょう。そしてタイミングよくバブルが崩壊し、安く買い取ってもらうことが出来た。バブル時でも予定価格の入札とか、バブルを煽らずに済む方法を模索すべきでした。結果的に、開発業者は土地を安く仕入れ、膨らんだ赤字を国民が負担することになった。

 このような国民を欺くカラクリは、日本独自の特別会計にもあり、自民党は選挙で利用し続けているのです。2000年度の名目GDPは505兆円、一般予算75兆円に対して、特別会計(重複を除く)は2.3倍の175兆円でした。特別会計はガソリン税や年金積立金等が、様々な特殊法人や公益法人、何々機構に融通され、そこで膨大な人が働き、自民党の最大利権、票田、官僚の天下り先となっている。これらは市場を独占しているので収支が合わなければ、個別に空港橋通行料等の値上げが行われて、辻褄が合うシステムになっている。

 

 国鉄民営化で誰が責任を取らず、誰が儲けたかお分かりいただけたでしょうか。

 

民営化の被害者

 労組員も被害者なのですが、実は地方路線周辺で暮らす人々や企業も被害者なのです。時代の流れと言えば、それまでなのですが、鉄道が廃線になれば、町は廃れるのに拍車がかかる事になる。もっともバスや第三セクターへの移管で、完全な交通手段の途絶は少ないですが。残念なのは、地方路線は赤字になれば整理する事が常態化したことで、1997年で25%が廃線になっており、その後も続いている。これは公共の概念が廃れたことを意味する。また鉄道建設の歴史において、地方路線の建設が政党の選挙地盤への見返りとして、無計画に競われた節がある。証拠はないが、現状の議員と選挙民の関係から推し量ると、充分にあり得る。そして廃線後に、過疎で苦しみ、また大きな負債を国民皆で返済することになる。この繰返しだからこそ、先進国でずば抜けて、累積赤字/GDP比率が高いのです。それでは誰が得をしたのでしょうか。結果的に、都市部の人々は地方路線の負担が減り、スリム化したJRを利用し、価格と便利さのメリットを享受出来た。実は、他の先進国は鉄道民営化にあたり、分割方式を採っている所は英国だけで、他は1社による民営化を行っただけでした。これは当初、日本でも反対意見はあったのですが、時流に流されたとも言えるし、地方を切り捨てることに抵抗がなかったも言えるでしょう。

 

 

何が国鉄をダメにしたのか



 巷には、怠惰で横暴な労組が国鉄をダメにしたと吹聴されていたが、真実はどうだろうか。時事通信社の記者で、土光臨調の下で国鉄民営化委員の一人であった屋山太郎が、著書「国鉄に何を学ぶか 巨大組織腐敗の法則」で語っていた。彼は、国鉄の崩壊の理由に、無能な経営者、社内の権力闘争、労働組合の堕落、監督官庁の無責任を挙げる。しかし膨大な赤字を生んだ最大の理由は、全国に張り巡らした新線建設の巨大な利権であり、群がった与党議員(主に田中角栄)だとする。彼は、保守系で、民営化必然とみていた人物だが、指摘は鋭い。国鉄総裁は幾度も政府から首をすげ替えられ、国鉄官僚は改革と組合融和で幾度も大きく揺れ、派閥抗争が続いた。国鉄の中間管理職は、サボタージュとストで対抗する組合と、厳しく取り締まれと激を飛ばす上級管理者の間にあって心労は凄まじかっただろう。運輸省が本来、国鉄を監督するのだが、民営化路線が決まった後は自民党の運輸族の有力者三塚博が、国鉄改革三人組と図って根回しを行った。つまり、この時期を見る限り、国鉄の経営は、国鉄のトップでは無く、半分は自民党にあった。このような状況が続いていた事を屋山は指摘したのだろう。これで国鉄をダメにした要因、無能な経営者、社内の権力闘争、監督官庁、自民党については説明しました。

 

国鉄労組の問題

 国鉄は明治5年に始まり、軍事独裁の風土があった。大戦後、復員兵等の吸収先となり、10年ほど前の3倍に膨れ上がり60万人を越えていた。しかし、10万人の人員整理が始まり、国鉄各労祖は反対闘争を行った。この時、国鉄三大ミステリー事件(下山事件・松川事件・三鷹事件)で死者・脱線事故が発生し、騒然となった。この一連の事件は過激な労組員の犯行として操作されたが、結局、迷宮入りとなった。松本清張は、GHQが日本の共産化防止を目的に仕組んだと推測していたし、NHKのドキュメンタリー・シリーズ「未解決事件」でも同様の描き方をしていた。私はこれらの検証が妥当だと考える。

 これ以降、国鉄の労組は社会党系と共産党系が分裂し、激しく対立するようになる。動労は「泣く子も黙る 鬼の動労」と呼ばれた時代があった。動労はある時期まで、国鉄に対して目標を得るまで徹底的に戦う姿勢を見せた。国労内には様々な派閥があり、分裂気味だった。国鉄労組は、一部イデオロギーに走り、大同団結出来ず、強硬な政府の前に瓦解してしまい、遂には国鉄側と融和策を取る組合しか生き残れなかった。当時、理由は定かではないが野党勢力は国鉄労組の運動に大して助力出来ていなかった。公共体事業体の組合は、スト権が認められいなかったので、要求実現の方法は限られ、国鉄による不当労働行為を裁判に訴える以外に強い手段はなかった。

 こんな状況で、古い体質の国鉄管理者と職員の関係は、次第に悪化していった。頻繁にストを行い、一方で、ヤミ休暇、ヤミ超勤、服装規定違反、食事をしながらの運転行為、業務放棄及び横柄な接客態度、酒気帯び勤務など犯罪や不良行動が常態化しており、飲酒による鉄道事故も発生した。このようなマスコミ報道が主流になるに及んで、国民からも見放された。

 

 しかし、一つ知って欲しい事があります。民営化に至る過程で、国鉄の余剰人員が9万人だとされ、全職員の3割強が失業の憂き目に遭うと脅され、これを巡って、国鉄管理職と動労から国労員は凄惨な集団虐めを受け続けたのです。実に馬鹿げた、愚かな行為でした。結果的にこの国鉄による脅しは、労組を分断させる最良の手段だった、政府にとって。中曽根自身が「天地有情」で述べていた。

「・・・国鉄の分割・民営化によって、国労が分解して、総評が分解した。・・・社会党の生存基盤を奪った。五五年体制の崩壊の兆しは、やはり国労の崩壊じゃないですか。国労が崩壊すれば総評も崩壊するということを、明確に意識してやったのです」。

 

最大の問題

 2つ有ります。一つは、マクロ経済に与える影響です。残念ながら日本の経済学者は中曽根政権に始まる三公社民営化(国鉄・電電公社・専売公社)による73万人削減の悪影響を重視していないようです。その後、一般職国家公務員が2001年から2015年の間に52万に削減、地方公務員は1994年から2015年の間に54万人削減されました。彼らは何らかの形で再就職出来たことでしょう。しかし、彼らの所得は下がり、安泰とは言えないでしょう(データーが取られていない)。このことは以前紹介した可処分所得の低下とピッタリ符合している。つまり、日本経済衰退の一因は、勤労者を切り捨てたからです。ポイントは退職者数ではなくて、政府と企業は、これから労働者を企業の都合で自由に首を切り、酷使可能と言うメッセージを発し定着させた事が大きいのです(法律はまだ、首切りを自由化していませんが)。その世情を映すように、「ブラック企業」の言葉が、1999年頃からマスコミで出始め、盛んになり、2013年には新語・流行語大賞のトップ10に選ばれたのです。完全に潮目は変わったのです。

 ここで皆さんが間違った観念を植え付けられている事に気づいて欲しい。効率が悪い、合理化で従業員の首を切る事は、その個人にも重大な災いなのですが、国家経済にも大きな問題なのです。簡単に言うと、彼らに別の仕事を与え、賃金を支給し、消費需要を維持しなけらばならないのです。この点は、また第三部で扱いますが、北欧が巧く対処し、経済学者アセモグルと小野善康も指摘している通りです。

 


 今一つは、日本の官僚が経営する企業体には共通する問題が起きやすいことです。郵政省官僚がトップに天下る日本郵政グループも同じです。信楽高原鉄道衝突事故1991年、服部運転士自殺事件2001年、福知山線脱線事故2005年、これら多数の死者が出た痛ましい事故には共通点がありました。どれもJR西日本の運転士が関わっており、その背景に壮絶な個人虐待の「日勤教育」がありました。二つの事故後、井出社長や経営幹部は、口を揃え、事故は運転士に問題があったとし、謝罪することを拒否し続けた。世論はJRの社風である異常な「日勤教育」に疑いの目を向けたが、結局、保守系マスコミや政府はJRを弁護し、経営者の責任追求には至らなかった(法の未整備、トップに寛大)。魚は頭から腐ると言われるが、日本だけは特別で、トップの責任は除外され、この経営者の無責任さは、福島原発事故へと連綿と続くことになる。


 日勤教育の根深さ



 事故やミスを起こした乗務員を、通常勤務から外し、再発防止の為に特別な教育過程を数日から1ヵ月間に亘り、実施する社内制度です。これだけ聞けば、何ら問題は無さそうですが。実は、個人の過失を徹底的に責めることで意識改革を目指す、時代錯誤も甚だしいものでした。

例えば、運転手は、電車出発が50秒遅れた理由と、その反省文を何日間も書かされ続けるのです。この時、被告は1日中、一室で5人程の管理者に囲まれ、トイレ以外の自由を制限され、針の筵に置かれるのです。もし彼が、それは「ルールが定まっていなかったので自己判断で安全確認を行ったので遅れた」とでも言おうものなら、会社への不備をあげつらった事へのみせしめとして、班長が教育日数を幾らでも引き延ばした。まるで検察の人質司法と同じ手口で、ここでも官僚国家の名残りがある。さらに気に食わなければ、草むしり、また自分のミスを手当たり次第に他者に報告させる等のいじめが平然と行われた。また口髭を生やしているだけで、剃る迄、何日も上役が説教し、挙句には「首をくくって死んでも知らないぞ」と脅迫し続ける。口髭の件は社内規定に無いのですが、管理者は部下に絶対服従を強いる(注7)

 上記の三っの事件・事故は、運転士が「日勤教育」を非常に怯えていて、「余計な安全確認より、不安があっても決められた通りに行う」ように仕向けられいた事が原因でした。ちなみに、服部運転士の自殺では50秒、福知山線脱線事故では90秒の遅れが発端となった。

 

 この教育体制を擁護したトップ、井出社長は、民営化で辣腕を振るった国鉄改革三人組の一人で、総司令官と呼ばれていた。彼はJR西日本で井出天皇と呼ばれるワンマンであった。つまり彼のように国鉄生え抜きの官僚には、このように職員を扱うことに何の呵責もないのです。国鉄ではこのような事がしばしば行われていたのです。企業で改善や改革を担当したことがある人なら、日勤教育は軍事教練の類で、従業員の意欲を高めるのにはマイナスだと言うことは理解出来るはずです。

 

 国労が潰され、総評が弱体化し、さらにJRでこのようなトップが君臨すれば、JR内の組合はどのようになるかは想像できるでしょう。御用組合しか生き残れないのです。一言加えると、他のJRは、ここまで酷くはなかったようです。

 

まとめ

 これまで、世界の労働権や人権の獲得の歴史、次いで日本の労働運動の歴史を見て、政府の新自由主義改革と国鉄民営化の内容を見て来ました。やはり日本は、明治時代から尾を引く、官僚と軍部による国家体制が足枷となり、労働者には冷酷な文化、社会制度が根付いてしまっている。次は具体的に、日本の労働条件が世界からどれだけ遅れているかを見ます。

 

参考文献

 国鉄民営化の経緯と評価につては、多数の本に目を通したが、下記の著作がお薦めです。労働界、学界や財界、政界、ジャーナリスト、官僚等、何処に身を置いたかによって、その見え方は大きく変わっている。しかし、世界の労働界の流れと照らし合わせると、自ずと評価は定まって来ます。

 

*「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」牧 久著、2017年、講談社、

 全体像が最も分かり易いのですが、負の面がほとんど語られていないのが残念です。著者が読売系列でキャリヤを積んでいるので、財界よりで民営化肯定派からの視点になってしまっている。

*「国鉄解体」真鍋 繁樹著、1985年、 講談社

*「国鉄処分 JRの内幕」鎌田慧著、1989年、講談社

*「国鉄を売った官僚たち 国鉄崩壊の原点・魚は頭から腐る」 大野 光基著、1986年、 善本社

*「JR冥界ドキュメント 国鉄解体の現場・田町電車区運転士の一日」村山良三著、2024年、梨の木舎

*「『帝国』に立ち向かう: 動労~JR総連-職場からの挑戦」四茂野 修 著、2003年、五月書房

 

 

 

第6節 日本の労働問題


 良く知られている問題としては、長時間労働・過労死・自殺、ハラスメント(パワハラ・セクハラなど)、メンタルヘルス不調(うつ病など)、非正規雇用者の待遇格差(賃金・キャリア)、深刻な人手不足と業務過多、賃金格差・貧困などが深刻です。低い有給休暇取得率、相変わらず男女の賃金格差、低い労働組合組織率もあります。これらすべてを説明すると憂鬱になるので、三つだけ問題を取り上げます。

 

日本の自殺

 日本の自殺の状況を分析します。日本の自殺率は2019年、OECD38ヵ国中上位6位でした。 左上図は2011年の自殺率を示す。日本だけが勤労世代35~64歳(黄色棒グラフ)に自殺が高いことが見て取れます。

  

上図は、日本の男性の自殺率が失業率に強く相関していることを示している。他のデーターから、日本女性の自殺率は失業率とあまり相関していないことが分かっている。またスウェーデンやイタリア等では、失業率と自殺率には相関が無いことも分かっている。つまり日本の男性だけが失業や転職により、大きな精神的負担を負っていると言える。

 


 左図は2010年の世界の男性失業率と自殺率の相関を示す。日本は赤字で示す。赤線は前の図の失業率と自殺率の大まかな相関を示した。日本は、何故か低い失業率でも高い自殺率を示し、少しの失業率上昇で自殺率が増える。

 別の「2012年、失業に対する不安」(連合出典)のデーターによると、30代と40代の男女が最も強く不安を感じている。こうして見ると、日本の働き盛り世代の男性は、海外比べ、失業を深刻に捉え、強いにストレスを感じていることが伺える。これは日本では失業率が低いのですが、その内容は1年超える失業が多いことも影響しているようです。

 別の「2020年、転職による年収変化の国際比較(転職者に占める割合・%)」(リクルートワークス出典)によると、日本では「賃金が増える転職」の割合が40%しかない。それに比べ、「賃金が増える転職」の割合は米国77%、フランス75%、デンマーク69%、中国89%と多い。このデーターは大卒以上で民間企業に働く30~49歳の男女を対象にしたものです。日本の転職は、生活悪化に繋がるので、失業者は不安に苛まれているのです。

 

 小泉政権時代2001~2006年、経済財政政策担当大臣の竹中平蔵がメデイアに出て、「従業員を自由に首に出来ないと日本企業は国際競争力を無くしてしまう」としきりに訴えていましたが、その結果どうなったのでしょうか?

 

 

非正規雇用



 左図を見ると、確かに2004年頃から非正規が急増し、労働者の流動性が高まっています。これにより企業は、需要や産業構造の変化に適切に対応し、国際競争力が上がるはずでした。しかし実際には、第5章で示したように、凋落の一方です。

 

 このギャップをどう理解したら良いのでしょうか? 竹中大臣が嘘をついたのでしょうか? 竹中は米国の代弁者で、米国流新自由主義を日本に広める役割を担っており、一応、企業利益向上の為には正解なのです。一方、これは明らかに国民や労働者に負担を強いる政策でした。だが安倍元首相が喧伝していたトリクルダウン(注8)が起これば、結果オーライだったかもしれない。だが現状もそうですが、歴史的にもトリクルダウンはほぼ起きないのです。真理は単純で、企業の競争力や利益率の向上に必要な要素は、生産性向上や新規事業の開発、これに伴う設備投資・開発投資が重要なのです。当然、日本国内においてです。残念ながら、バブル崩壊後、日本政府と財界は、これら不確実な要素より、確実性のある人件費削除と円安で自らの安泰を図り、投資は確実で高配当が得られる海外に向かったのです。

 一つ安倍の政策により、円安になって良かったのは、国内に海外から幾分企業が戻り、就業者が増えたことです。しかし企業は円安で儲けても、労働者に配分していませんのでトリクルダウンは起こるはずがありません。

 つまり、我々国民は、簡単に詐欺に掛かってしまったのです。これを小泉流に言うと「自己責任」になるのです。残念なのは、新自由主義経済は概ね、先進国で採用されたが、各国自制的に行っており、日本ほど米国の言いなりに、また日本の状況や文化を考えずに、徹底的に取り入れ、加えて国民がこの政策に対して不満に思っていない事が、不思議であり、残念です。

  

 当時安倍政権で内閣官房参与を務めた浜田宏一米エール大学名誉教授が、2023年に「賃金が上がらなかったのは予想外。私は上がると漠然と思っていたし、安倍首相(当時)も同じだと思う」と証言していた。米国経済学者のクルーグマンは、日本では成功しないだろうと疑っていた。私はまったく信じていなかった。米国経済学者のアセモグルは、トリクルダウンは、ほっておいて起きるものでは無いと言い切っている。

 

 それでも真面目な日本人のことですから、労働者の流動性の為に非正規は必要だろうと、国に同情的かもしれません。簡単に、問題点を整理しておきます。

 

北欧等の幸福度とGDPが共に高い国は、労働者の流動性を別の方法で行っています。

産業界と労働界が、産業転換と労働者の配置転換をセットで協議します。

職種別最低賃金が設定され、労働者もキャリアアップを常日頃心掛け、転職していく。

政府は転職者に対して、手厚い休業補償と就職支援と教育を行っている。

 

日本では、転職でキャリアアップすることが難しい

永らく年功序列と終身雇用が仇となり、中途採用者は賃金等で不利になる

同様の理由で、労働者はキャリアアップを目指し、自己研鑽に励む事が少ない。

これは学校でも同様で、学業を終え社会に出てから勉強する必要性を感じる人は少ない。

企業内の労働組合であり、また職業別賃金が定まっていないので、転職は不利になる。

 

 つまり現状の失業は、多くの労働者にとって不利になのです。抜本的な是正が必要ですが、今の政府や自民党には無理でしょう。

 

 

仕事上のストレス

 上図によれば、仕事にストレスを感じている日本人は31ヵ国中、男性2位、女性4位です。日本は異常です。

 
 

日本の公務員数


 左図より、日本の公務員数はOECDで最低です。公共事業体を次々と民営化させ、公務員を大量に辞めさせた日本政府の手腕はOECDでトップレベルだった。「公務員の仕事を、民間企業が肩代わりしているから、少なく見えるだけだ!」との指摘については、それを考慮しても少ないままであることが分かっています(注9)

 


 上図より、2015年の日本の公務員は少ない人数で多くの予算を扱い、かつ報われていないことがわかる。青の棒グラフは、支出を定員で割った率で、各国に比べ突出して高い、つまり仕事量が多い。黄色の折れ線は、人件費支出で割った率で、また低い、つまり報われていない。これだけ人件費を抑えているのだから、公務員は国や地方の財政赤字縮小に貢献しているはずなのですが、累積赤字はGDPの2.5倍となり、上昇中です。タガが外れているとしか言いようがない。

 

 幾つかの日本の労働者の境遇を見て来たが、なぜこのような馬鹿げた事が起こっているのか? その答えを探してみましょう。

 


第7節 日本の労働環境が際立って悪い理由

 

 既に見てきたように、労働運動の歴史や国鉄民営化に見るように、長期にわたり政府や財界からの圧力に屈して来たことが一つあります。さらに1980年代の新自由主義改革と米国の圧力が重なり、現状に至った。大きな流れとしては、官僚と軍部の国家体制の残滓の中で育ったシステムと労働慣行があり、加えて19世紀にせっかく勝ち取った労働権が、新自由主義なし崩しにされて来たことが大きい。

 そうは言っても、漠然としているので、日本特有の御用組合(企業内組合の多く)の問題を取り上げます。ヨーロッパでは、産業別組合が団体交渉を行うのが普通です。御用組合は、不思議な事に、国会議員と地元(地盤・看板・カバン)との関係に似ています。国会議員は国策を論じるべきなのですが、地元への利益誘導が本分になってしまっている。つまり内に閉じ籠ってしまい、現状打破が出来ない。

 

御用組合の欠点

団体交渉が形骸化する:組合幹部が会社方針を事前に了承し、賃下げ・人員削減・非正規化が止められない。

不利益変更への歯止めが弱い:成果主義・裁量労働制・残業規制緩和などが容易に導入。

内部告発・異議申立てが抑圧される:ハラスメント、違法残業、安全問題を隠蔽。声を上げると報復される。

組合の自立性が失われる:組合役員が人事部に出向・復帰するのが常態化。

組合員の信頼低下・組織率低下:「どうせ会社の味方」という諦念、若年層・非正規が加入しない。不満があるなら交渉でなく辞める。

賃金抑制が常態化し、内需が弱体化:企業間で賃上げ抑制に走り、産業全体での底上げは見込めない。

 


 結局、こうして日本では賃金が上がらず、労働者はこき使われ、ストレスを溜めながら、定年まで我慢し続けるのです。これが、日本経済の停滞にも繫がり、過労死や自殺、うつ病発症にも繋がっているのです。左図から、「気分障害」が2002年から急増しているのがわかる。

 

 なぜ日本に御用組合(企業内組合)が多いのでしょうか。国鉄民営化の過程で見たように、抵抗する組合は徹底的に排除され、迎合する組合は生き残れる事を世に知らしめた事が大きいのでしょう。

 またヨーロッパでは産業別組合が前提で法整備がされたが、日本では、大戦後の労働運動の激しさもあり、財界側が警戒した事により、都合の悪い事を定めない法整備(特に産業別組合推奨しない)を行った。そして法律の定めが無くても官僚による行政指導で、新規の組織や事業はことごとく抵抗を受けることになる。それに加え、終身雇用と労働者の帰属意識の高さによる企業への忠誠心が、企業内組合に適合的だったのです。

 

最後に 

 これまで労働者の栄光と没落を見て来ました。一番、知って欲しい事は、今の日本の労働事情は先進国中最悪に近いが 、けっして自然に出来上がったものでもないと言うことです。何が災いしたのか、一言で言えば日本には民主主義がまだ未成熟で、さらに労働者が不合理に立ち向かって行く意欲が無い事です。そしてエスタブリッシュメントがそれに甘えて、我が世の春を謳歌しているのです。しかし、いずれ英国のように衰退していくでしょう。

 

 

注釈4 国鉄のストライキ権奪還ストライキを意味する。日本の公共企業体の労働者はスト権を認められていないので、国鉄の労組はその獲得に向かった。総評が1958年に国際労働機関(ILO)に、日本の公労法が違反しているとして提訴した。1965年、ILOは、「現状のスト権全面禁止や組合側が主張する全面回復はいずれも非現実的であるとし、合理的な妥協を求めるとともに、現在のスト禁止に対する補完措置が不十分であるとした」。

注釈5 本当は国鉄解体直前1986年の予算を見たかったのですが、2000年しか見つからなかった。二つの年度の差は14年間で、その間の物価上昇率は18%でしたので、予算の実態はかけ離れたものではなかったはずです。

注釈6 この16兆円は、清算事業団が12年間で、JR各社への2兆円の追加負担と土地売却6.5兆円の計8.5兆円等によって、25兆円から9兆円を引いた値です。

注釈7 「JR西日本の大罪 服部運転士自殺事件と尼崎脱線事故」鈴木ひろみ著、五月書房、2006年刊、に詳しく日勤教育の実態が描かれています。

注釈8 トリクルダウンは、「富裕層や大企業が豊かになれば、その富が徐々に下層へ滴り落ちて、最終的に国民全体が豊かになる」という経済理論を指します。歴史的に実際に起きる事は少なく、政府や労働者が、分配について企業に強く促した時にだけ可能でした。

注釈9  『世界価値観調査』では勤務先に関する質問が含まれている。そのなかで、自分が「公的機関(Government or public institution)で働いている」と答えた人の割合、制度上の定義ではなく自己認識によるデータを見ると、日本は10.7%と調査対象58国中57番目となっている。

 

参考文献 国鉄民営化関連

*「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」牧 久著、講談社、2017年刊

 著者は元日経の記者で、国鉄記者クラブの経験と徹底した調査を基にして、この本を著わした。中曽根首相、土光臨調、国鉄の改革派が中心となって自民党や官僚、経済界を巻き込み、堕落した国鉄労組を相手に、如何に困難な大改革をやり遂げたかが語られている。

*「JR冥界ドキュメント 国鉄解体の現場・田町電車区運転士の一日」村山良三著、梨の木舎、 

 2024年刊。著者は元国労に所属した運転士で、国鉄解体時、自身が受けた壮絶な国鉄と動労側からの嫌がらせを活写している。

*「国鉄に何を学ぶか 巨大組織腐敗の法則」屋山太郎著、文藝春秋、1987刊、

 著者は時事通信社の記者で、国鉄民営化では土光臨調に参画し活躍した人物です。

*「国鉄を売った官僚たち」大野 光基著、善本社、1986年刊、

 著者は国鉄が初めて展開したマルセイ生産性向上運動の旗手だった。この運動の必要性と成功の過程、さらには上層部から梯子を外された恨みを記している。

*「国鉄解体」真鍋 繁樹著、講談社、1985年、

*「国鉄処分: JRの内幕 」鎌田慧、講談社文庫、1989年刊、

*「JR西日本の大罪 服部運転士自殺事件と尼崎脱線事故」鈴木ひろみ著、五月書房、2006年、  

 痛々しい日勤教育の実態が詳しく描かれています。

 

 

 

 

 

第7章 なぜこのような国民に不幸をもたらす逆転現象が起きたのか

 

 私の答えは「労働者達が造りあげて来たそれまでの約100年間の公平な社会システムを、富裕層・支配層が我が世を謳歌する為のシステムに戻した」で、さらに言えば「予想以上の大成功を手にし、さらに高みを求め続けている」と付け加える事が出来る。

 

 さすがにエスタブリッシュメント(支配層)のクーデターとまで言い切る人は少ないが、新自由主義が元凶だと指摘をしている米国の経済学者は多数いる。残念ながら、日本ではほんの数えるほどです(注1)。これは、原発事故が起きるまで、日本の学界(東大の教授達)は水素爆発など起きるはずが無いと豪語していたのと同様で、学者やマスコミは政府寄りで無ければ息も出来ないのでしょう。この単純明解な回答で、すべての謎が解けます。

 


1970年代から、なぜ新自由主義がもてはやされてたのか?

 20世紀前半は、産業革命後に起きた労働者権利の高まりと二度の大戦により、資本家・富裕層は人類史始まって以来の大規模な累進課税を課せられ、またニューディール政策に代表されるように社会主義的な政策が採られた。これは彼らにとって資産と所得を大幅に減らすことになる屈辱的な痛手でした。さらに英国が火種を撒き、米国が火に油を注いだイスラエルの中東戦争で、アラブ諸国はOPECを結成し、石油価格を約20倍上げることで反意を示した。これが折からの労働者賃金上昇に加わり、世界的なインフレとなった。これが1900~1970年代に起きた経済状況でした。

 当時、急激なインフレは膨大な金融資産を猛烈に目減りさせていた。そこで保守層・資産家は、反撃に出た。そこで先ず、インフレの原因を無謀な賃金上昇にあるとし、さらに公務員の怠慢、労働組合の横暴、公営企業の非効率を大々的にマスコミを使って喧伝した。これが浸透すると、米英日の保守層・富裕層に支えらえた共和党、保守党、自民党は、レーガン、サッチャー、中曽根を政府のトップに押し上げた。この後の彼らの一連の政策は既に見て来ました。

 

 半世紀を経て、新自由主義を最も取り入れた国の経済と社会は、あきらかに逆戻りした感がある。

全体に所得は増えて豊かになってはいるが、先進国では百年前と同様かそれ以上の格差拡大。

寡頭政治と見紛うほどの、一部の超富裕者の、超富裕者による超富裕者の為の政治になり果てた。

特に米国だが、貿易、金融、軍事で帝国主義的な粗暴さが目に余る。 

さらに悪い事に、社会が疲弊する過程で生まれるポピュリズムと独裁志向が盛んになっている。 

 

 こうしてみると、生半可な事で、現状の米国と世界を超富裕者から国民に取り戻す事は困難なように思える。人類は、これまで幾度も改革、革新を行って、より良い社会を作って来たが、そこでは血を見ることが多かった。

 

注釈1 英国のデヴィッド・ハーヴェイ経済地理学者は、「新自由主義 その歴史的展開と現在」において、エスタブリッシュメントの反乱とまで言い放っている。日本で、新自由主義改革に警鐘を鳴らし続けて来たのは金子勝経済学教授だった。幾つもの著作があるが「平成経済 衰退の本質」 (岩波新書 新赤版 1769)、2019年、岩波書店もその一つです。またエコノミストの森永拓郎も、勇気を持って批判を続けていた。彼の 「年収300万円時代を生き抜く経済学」2003年、光文社は鮮烈でした。最も、早く日本の衰退を予見し、公表してくれた。当時、私は半信半疑でした。また小野善康経済学者も、「資本主義の方程式-経済停滞と格差拡大の謎を解く」 (中公新書, 2679)、2022年、中央公論新社で、日本の経済政策を批判している。

 

ここで将来を好転させられる可能性を探ります。

 

 

 

 

第8章  実は、世界には米国が拡散した新自由主義とは異なった道を選んだ国々がある

 

第1節 新自由主義と袂を分かった国々 

 多くの日本人は、漠然と日本が最高と思っているようです。最新の世界幸福度ランキングで日本が55位だが、1位から7位までがフィンランド、デンマーク、アイスランド、スウェーデン、オランダ、ノルウェーです。またメキシコ、オーストラリア、ニュージーランドは12位までに入っています。ちなみに英米は23と24位です。これらの順位は大きく変化しませんが、日本の低下傾向だけは目立ちます。但し、幸福度の指数は他にもあり、順位は若干異なります。世界には日本より暮らしやすい国は多いのです。北欧は優等生だが日英米は先進国では劣等生なのです。不思議なことにに米国と同様に移民が多いオランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダですら幸福度は高いのです。つまり違いは政治の良し悪しなのです。


 北欧諸国は大戦前後から一斉に福祉国家に舵を切りました。北欧は中立を保っていたが大戦時ドイツに侵攻された。しかし戦争当事国では無かったので大きな破壊を免れた。当時、共産主義や社会主義を目指した国は多かったのですが、北欧は資本主義を継続しながら福祉を充実させる政策を推し進め、現在、世界の模範国と言えます(注1)。高負担なのですが、驚くべき事に一人当たりのGDPランキングは、アイスランド、ノルウェー、デンマークまではベスト10に入り、スウェーデンで16位です。北欧諸国は米英に比べて経済格差が少ないので、経済的な不満は少ない。そして北欧の高負担は、現在なら日本の負担割合とほぼ同率です。

 

 北欧は、介護、医療、教育等の福祉がほとんど無料です。また労働者の育児休暇、失業・転職の支援制度は最高水準です。移民や難民が入国し就職するまでの支援も優れています。グローバル経済の熾烈な競争に晒されながらも、なぜ労働者の賃金を高水準に維持できるのでしょうか。様々な抜本的な対策がなされています。先ず、産業界と労働界が協議し、高付加価値産業への転換を計画し、労働者の転職を支援します。さらに伝統的な強みがあります。元来、北欧は極寒の地であり、農作物に恵まれませんでしたので、交易を重視し、近代に入ってからは知的産業の育成を図って来た。スカンジナビア半島の人々は、今でも千年前のバイキングの精神が生き続けており、若者は海外に出ることを厭わず、小学校で母国語以外に二ヵ国の外国語を学んでいる。これに加えて、バイキングの直接民主主義(アイスランド)の社会意識が浸透しており、社会参加や政治意識が非常に高い。この事が、議員の汚職皆無、高い投票率に繋がっている。スウェーデンは、20世紀初頭は非常に貧しく、米国への移民が多い時もあったが、これらが奏功し豊かな国になったのです。また北欧諸国は互いに協力し、競うように豊かな国造りを行って来た。

 

 実は、現在、北欧の中で、スウェーデンだけが苦しんでいる。この国は、1990年代の経済危機を契機に新自由主義的な転換を図った。それが災いしたのか、経済成長低下、経済格差拡大、移民による治安悪化で苦しみ、排外主義政党が勢力を増している(エピ1)

 

 奇妙な事があります。日本人はあまり北欧のことを知らず、せいぜいオーロラかフィヨルドぐらいでしょうか。さらに良い印象が少なく高負担のイメージが強いようです。北欧三ヵ国旅した印象では、現地の人は日本人に好意的でした。おそらくこれは単に遠いだけでなく、保守系メデイアが北欧を良いイメージで報道していないからでしょう。北欧が成功している事は、米国の新自由主義を否定することになるからです。これはルーズベルト大統領のニューディール政策を批判する姿勢と同じです。どうか、騙せれないようにして下さい。

 

 

第2節 新自由主義の誘惑に負けずに経済発展を掴んだ国々

 IMF(世界通貨基金)や世界銀行は、発展途上国の発展を支援する役目なのですが、既に述べたように、結果的に彼らは債権者(米欧の金融機関)を守る事を優先し、融資を受けた国の多くは苦しみます。債務国が独裁者の国なら、融資資金は途中で掠め取られ、さらに国民は苦しみますが、独裁的な国の方が多いのが現状です。既に見たようにアジア通貨危機におけるタイや韓国は非常に苦しみました。これを知って、IMFに頼らず、自力再生を行った国があります。

 

 マレーシアは、アジア通貨危機の際、自国通貨も暴落した。IMF(注2)は、融資と引き換えに緊縮財政や高金利政策を求めてきましたが、マハティール首相は、IMFの緊縮政策が経済を悪化させ、投機家を利すると批判し、提案を拒否しました。彼は、資本規制の導入、為替レートの固定、緊縮とは真逆の景気刺激策として公共事業への投資を行い、急速な景気回復を成し遂げました。これは、必ずしもIMFの処方箋が唯一の正解ではないことを示す事例として知られることになるが、稀有な例です。残念ながら韓国上層部は、IMFの誘惑に負けてしまった。

 

 インド洋に、珊瑚礁のダイビングで有名なモーリシャスが有ります。この国は直径40kmほどのモーリシャス島を中心とする島国で、1968年に英国から独立し、インドからの移民が70%を占めます。経済成長率5%、一人当たり名目GDPはアフリカ内で2位で、福祉もゆきとどき、治安も良好です。かつてのサトウキビ・繊維・観光業に依存した経済からの脱却し、金融・IT・サービス業への産業多角化に成功したのです。これまでIMFの手を借りずに、経済発展を成し遂げて来た(エピ2)

 

こうして見ると、世界は資本主義経済に取り囲まれていても、新自由主義に毒されず、国民の幸福を勝ち取っている国はあるのです。

 


第3節 中国は経済成長を成し遂げている稀有な共産主義国です

 

 1970年以降の鄧小平による改革・開放政策は経済的に大成功でした。共産主義に資本主義的な要素(財産の私有、余剰作物の自由販売等)を取り入れ労働意欲を刺激させることに成功しました。共産主義制でも舵取りが良ければ、経済が発展する例となりました。中国の奥地の小都市まで豊かさが広がっています(エピ3)。後半の不動産バブル崩壊は、大きな痛手になっているはずですが、不思議に、まだ大問題に至っていないようです。

 一方で、大きな不安材料があります。それは農村部と都市部の経済格差と一党独裁が、今後も発展を可能にし、中国国民の幸福度を上げて行けるかです。中国政府は開発独裁で、電気自動車やAI、全国新幹線網の整備等、これと言った戦略的な分野に巨額な投資を行い。また滴滴出行等の配車サービス、アリペイ等のスマホ決済への規制緩和は既存業界の権益を無視して強行されています。これらは中国らしい良さと言えますが、悪い面もありました。コロナ発生時のロックダウンは観念に走り、経済に大打撃を与えた。またワクチンの開発は欧米に完全に遅れた。これらは独裁制、計画経済、官僚主導の悪い面が出ています。この点、やはり欧米の自由民主主義の方が勝る。

 

 

注釈1 北欧は西欧と隣合っているのに、なぜ異なる道である福祉国家で中立を目指したかは、日本にとって参考になる。明確には分からないが、北欧は西欧とバルト海を挟み、かつ北の端にあり、かつ小国であった事が大きいようです。ただデンマークの一部は大陸と陸続きなのですが。またフィンランドはロシアと国境を接し、侵略を受けており、西欧(ドイツ)とロシアに挟まれた形になっていた。こうした事が関係しているようだ。

注釈2 IMFや世界銀行といったワシントンに本部を置く機関が、1989年前後から開発途上国に対し推奨した一連の新自由主義的な経済政策パッケージ、これをワシントンコンセンサスと呼びます。これは「財政規律」「税制改革」「自由化(貿易・金融・価格など)」「規制緩和」「民営化」などを柱とし、市場原理主義的・新自由主義的な政策を推進するものでした。実際は財政規律の面で、緊縮財政を呑ませ、多くは悪化させた。その一つの例が、ソ連崩壊時のエリツィン大統領の下で、米国の学者達が主導したIMFの経済改革でした。これはロシア経済に壊滅的な打撃を与えた。

 

エピソード1 私はデンマークとスウェーデンを1990年頃に視察で訪問し、デンマークとスウェーデン、ノルウェーを2018年に一人旅で再度訪問し、2023年のワールドクルーズでスウェーデンとノルウェーの人に意見を聞く機会を得た。私は70ヵ国ほど見て来たが、このスカンジナビア三国が最も優れた国だと確信している。自然と人々が素晴らしいだけでなく社会・政治が優れ、歴史も魅力がある。欠点が見当たらない。驚くべきは、家族・友人との暮らしを優先しながら経済の繁栄を手に入れている事です。ホームレスを見たことが無い。気になる事もある。30年ほどの間に3度、スウェーデンを知る事になるが、やはり新自由主義と移民問題はこの国を急速に蝕んでいる。回を重ねる度に、東アジア人や移民対して排他的になっていた。デンマークやノルウェーは、まだ穏やかだった。デンマークのコペンハーゲンで、結婚し住んでいる日本女性と話す機会があった。彼女は強い口調で「日本の政治家(自民党)は汚職に明け暮れ、時代遅れだが、この国では、汚職が無いのが当たり前。」また「この国では日本女性が人気ですが、結婚してから失望することになる。それは日本女性がまったく政治の話を出来ないから。」と言った。私は恥ずかしくなった。

エピソード2 ワールドクルーズでモーリシャスを訪れ、珊瑚礁で泳ぐ為にバスで島を縦断した。広大なサトウキビ畑の中を走ると、道の両側には、大きな庭を持ったしっかりした造りの家屋が続く。庭は小さなバナナ等の果樹園等になっており、南太平洋やインド洋の他の島々に比べ豊かさを感じた。バスガイドは教育費と医療費が無料と言っていた(確認済み)。残念ながら、辿り着いた珊瑚礁の海に魚は少なく、珊瑚の死滅が進んでいた。これは世界的な傾向ですが。

エピソード3 私は中国を40年ほどの間に幾度も訪れ、2019年、妻と中国の奥地や外縁部を一周し、7都市を尋ねた。山間奥地でも至る所で大規模開発が進み、暮らしぶりは古いままの場合もあったが、豊かさを感じた。町や公園で見る少数民族の人々は自信に溢れているようだった(1億を越える少数民族保護政策は良いようだ)。至る所が観光地となり、人々は盛んに観光を楽しむようになっていた。25年前には無かった光景です。2000kmにわたり新幹線の車窓から見た分には、貧しい家はかなり減っていた。当然、沿岸部の都市部は高層ビルや高層マンションが立ち並び、昔の面影はなく、人々は明らかに農村部とは異なる豊かさを満喫し、のんびりと暮らしている。間違いなく中国は発展しており、不満が爆発するなどの波乱要因があるように思えなかった。ただし、カメラ等による国民の監視は浸透しているようだ。旅行中、不動産バブル崩壊を予想できなかったのが悔しい。

  

我々国民は、新自由主義以外の道を望むことは出来ないのだろうか。

かつて私の青春時代は、希望に溢れる時代でした。

日本の1960年代、高度経済成長の時代、労働者は夢を持って働き、経済成長が著しかった時代です。

 

 

 

 

 

第9章  1960年代、世界はなぜ幸福で、高度経済成長を成し遂げたのだろうか

 

 新自由主義を行おうとしたエスタブリッシュメント(支配層)は、70年代を徹底的に貶め、新自由主義的な改革こそが絶対必要と大合唱していたが、真実はどうだったのだろうか。

 


 第二次世界大戦後の四半世紀余りは、世界の工業国の連続的な成長としては、歴史上最も長く、最も高い成長率を経験した。この間、工業諸国の一人当たりの経済成長率は年4.5%に達し、日本は7.3%と最高であった。この成長は奇跡では無く、理由があった。農業人口の減少、移民の増で、豊富な労働力が得られた国々で急成長が起きた。さらに米国の援助(マーシャル・プラン)が復興の口火を切った。これで高水準の貯蓄と投資が好循環を始め、消費支出と投資支出が競合し、インフレが起きたが破滅的では無く、投資は順調に工業生産の拡大を呼び込んだ。これに大きな要因となる政府の役割が加わった。政府は、これまでになく大規模に、経済と生活に直接・間接に関与し、幾つかの基幹産業を国有化し、経済計画を立て、広範な社会サービスを提供するようになった。西欧では、国民所得の1/4~1/3が政府部門の提供になっていた。戦後の西欧は、福祉政策を重視しながら、かつ民間企業に多くの財の生産とサービス提供を任す体制になっていた。さらに米国は、国際レベルで大いに貢献した。米国が督促し、各国が高水準の政府間協調を成し遂げ、経済活動の効率を大いに向上させた。今のトランプと真逆だった。日本は、明治以来の官僚制で、開発主導国家になっていた事が特徴でした。

 

 しかし、やがてマイナス面が現れた。上記の成功は、国政担当者や労働界に過信を生み、様々な歪を生んだ。一つに、労働組合は労働者に有利な利潤を求め、ストライキが頻発するようになった事。当時、工業諸国はドルに対する自国の通貨安によって、自国の製品が米国の製品と競争出来た。しかし米国はベトナム戦争で経済的に弱体化し、ニクソンは1971年、ドルの一方的な下げを行い、西欧も日本も、通貨高で苦悩することになった。また後々まで引きずる問題が起きてしまった。マーシャル・プラン(大戦後の復興援助)の成功によって、当局が金融資本を発展途上国に与えれば発展するものと勘違いするようになったことです。この事が、後に、多くの発展途上国で破綻を引き起こすことになった。西欧で成功したのは、教育と技術等が充分に育っていた下地があったからでした。(注1)

 

 こうして見ると、大戦後からの一時期、ドイツ、英国、日本などの国々は焼け跡からの復活に留まらず、政府が革新性をもってリードし、国民が一丸となって再興を成し遂げた様子が伺える。後の、行き過ぎや歪は、けっして重大な問題ではなかった。いまだに、米国の保守は、ルーズベルト大統領のニューディール政策を、研究機関を使って、必死に否定する徒労を続けている。日本の保守も、これを借用している。さらには、北欧の成果すら、否定することに熱心です。私達が自ら世界に目を向けていないと、見誤ることになります。 

 

注釈1 この章の説明は主に、「概説 世界経済史 Ⅱ」ロンド・キャメロン共著、2013年、東洋経済新報社刊、の「高度成長の時代」p262-265による。

 

 これまで、混迷する現代世界の惨憺たる状況を確認しました。

また現在迷い込んいる道と異なる道があることも紹介しました。

ここで世界中の人々が、危機を感じ、声を上げ始めた状況を見てみましょう。

 

 

 

 

 

第10章  新自由主義の流れを食い止める!

 

第1節 反対運動の流れ

 日本では新自由主義とグローバリズムに異議を唱える動きは目立ちませんが、世界では活発化しています。欧米と日本のいくつかの動きを紹介します。

 

ウォール街占拠運動(反格差社会デモ); 米国。2011年、ニューヨークのウォール街で若者がデモを行いました。 彼らは「私達は99%」というスローガンを掲げました。 これはアメリカでは、人口の1%が富の99%を独占している状況を訴えています。

 

反グローバリズム運動; 欧米が中心。経済のグローバル化が貧富の差拡大や環境破壊などを引き起こしているという考えに基づき、国際会議や国際的なイベントなどに反対する運動です。集会やデモといった平和的なものから、一部には暴動や破壊行為に及ぶ過激なグループも存在しています。トランプも反グローバリズムを謳っています。

 

イギリスのEU離脱(Brexit);2016年、「主権を取り戻す」というスローガンは、EUという超国家的統合への反発を象徴していた。移民問題でEUに干渉されることに反感を持った事などが主因でした。新自由主義ではなくグローバリズムへの抵抗と言えるかもしれません。

 

世界社会フォーラム; 世界的な運動。2001年、新自由主義によらない自由民主主義(真に国民)の為のグローバル化を模索するサミットが初めて開催され、現在まで続いている。これは新自由主義を標榜する最大の祭典(年次総会)である「世界経済フォーラム」(ダボス会議)に対抗するため作られたサミットです。

 

黄色いベスト運動; 2018年以降、フランスで継続して起きている。抗議者が黄色いベストを着てデモを行う。抗議の内容は、「燃料税の削減」「富裕層に対する連帯税の再導入」「最低賃金の引き上げ」など多岐に渡っています。



 

「NO KINGS 王様はいらない」デモ; 2025年、第二期トランプ政権の初年度、米国で継続して起きている。専制的色彩を強めるトランプ政権に対し、「民主主義を守れ」「独裁者は出ていけと抗議している。全国2700ヵ所以上でデモが行われ、約700万人が参加。

 

財務省解体デモ; 日本。2025年、「財務省は、予算を人質に取って政府を操る黒幕」として解体を訴えるデモが行われた。「国民の減税要望を阻止するな!」等の具体的な要求はあったが、概ね「ディープステート」の粉砕に重きが置かれているように感じた。日本人がデモを行う事が少ないので、盛り上がりを期待したのですが、息切れしてしまった。意識の高まりは素晴らしいと思うのですが、本質を突いた主柱になる思想(解決手順)が無い為に苦戦を強いられたように思う。

 

 残念ながら、対抗の動きは散発で、狙いは定まらず、大きな塊となって変革を押し進めるまでにはなっていないようです。しかしポピュリズムだけではない、政府に正攻法の変革を望む人々が増えているようです。

 

 

第2節 新自由主義の弊害から逃れる幾つかの案

  様々な分野の識者が提言していますが、3人の米国の経済学者の案を紹介します。

 

 最初に、米国のクルーグマンの指摘を紹介します。

「総ての問題の根源は、アメリカの人種差別問題にある。今でも残る奴隷制度の悪しき遺産、それはアメリカの原罪であり、それこそが先進国の中でアメリカだけが国民に対して医療保険制度を提供しない理由である。先進諸国の中でその国の大政党が福祉制度を逆行させようとしているのは、アメリカだけであり、その理由とは、黒人解放運動に対する白人の反発があるからなのだ」


 これは彼の著作「格差はつくられた 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略」(2008年)からの引用です。大政党とは共和党を指す。上記の指摘で注意が必要なのは、企業と富裕層を減税する為に、福祉予算を削減するのは、新自由主義諸国に共通している事なので、米国が異常であって、もっとも格差が酷くなったことを指している。

 

 米国のスティグリッツの著作「世界を不幸にしたグローバルリズムの正体」(2002年)から提言を紹介します。この本は最も早く新自由主義下のグローバリズムに警鐘を鳴らし、ベストセラーとなった。彼は、世界金融危機の勃発を予言した数少ない経済学者の一人で、 クリントン政権では、米国大統領経済諮問委員会委員長(1995年-1997年)を務め、その後は世界銀行で上級副総裁、主席経済学者(1997年-2000年)を務めた。彼は、世界の金融システムの危険な実情を知り、以下のように訴えた。

 

資本市場(特に短期資本)の自由化には問題があるので、政府が介入・規制すべし。

破産法を改正する。IMFの融資する債権者の保護の為に債務状態の引き延ばしを止める。

破産の適用が増えれば、度々失敗している発展途上国等への救済措置は減る。

先進国と途上国の銀行規制の改善。リスクの多い短期融資を抑制。

リスク管理の改善。不安定な為替レートによるリスクを減らす工夫を先進国がリードするべき。

セーフティ・ネットの改善。多くの途上国には、弱いセーフティ・ネット(失業保険など)しかないので、国際的な援助は不可欠である。

危機対策の改善。金融危機で失敗している。

 

 彼は新自由主義下のグローバルリズムによる弊害を取り除く方法を提言している。私は詳細を理解出来ないが、これらの実施は、けっして簡単ではない。先進国の協調した介入が不可欠ですが、いままでも米国は必ずと言っていいほど反対し、国際条約・協力の成立を阻止して来た(タックスヘイブン対策等)。

一部、米国抜きで行われているが、抜け穴が多く、目的を達することは困難でした。特に、彼はIMFや世界銀行に運営方針の転換を求めているが、これも米国のワシントン・コンセンス(ウオール街と支配層)の抵抗に遭うだろう。彼は、まだ米国の良心を信じている。

 

 米国のダニ・ロドリックの著作「貿易戦争の政治経済学 資本主義を再構築する」(2019年)から提言の要点を紹介します。

 

市場をガバナンスのシステムに深く組み込まなければならない。海外と国内の市場にも言える。

民主的なガバナンスや政治コミュニティは主に国民国家の内側で形成されるものであり、近い将来もそうでありつづけるだろう。

繁栄に通じる「唯一の道」はない。それぞれの国が自国に適した制度を発展させれば良い。

いずれの国も自国の規制や制度を保護する権利を有する。もし貿易によって、国内の広く認められた慣習が脅かされる場合は、自国の慣習を維持できる。TPP等はこれに反する事を強制する。

いずれの国も他国に自分たちの制度を押し付ける権利を有しない。

国際経済の取り決めの目的は、各国の制度の境界面を管理する交通規則を策定することでなければならない。あらゆる国際ルールを撤廃すべきという意味ではない。

民主主義ではない国は、国際経済秩序において民主国家と同じ権利や特権を期待する事出来ない。彼は海外からの移民のに人権を多少制限して、移民の受け入れをスームズにする事も提案している。

 

 彼の案は、トランプが現在、関税でやっているように、力を背景に他国を犠牲にして、米国の都合を押し付けるようになら、より小国の努力は無力化されてしまう。彼の提案は2011年が初出なのでトランプの1期目を知らない事になるが、この本は2018年刊なので、その後、修正しても良いように思うのだが。米国の高名な学者は往々にして、トランプの2期目を想定していなかった。あまりにも楽観的過ぎる。

 スティグリッツの提案と彼の提案はかなり異なる、前者は世界が協調し先進国がリードし、後者は、各国が干渉されずに政策を実施すべしとしている。しかし共に規制・ガバナンス(管理)が必要という点で一致している。

 

 経済学者の改善策は論理的に有効なのだろうが、我々庶民からすれば、これだけでは実行可能性がまったく見えない。既に新自由主義に深く冒されてしまった政府は、エスタブリッシュメントの言いなりになっている。これらの策は彼らにとって何のメリットもなく、デメリットだけです。新自由主義への転換は、当時のエスタブリッシュメントが経済学者フリードマンの理論を、都合よく利用した事に始まる。つまりエスタブリッシュメントに頼る事は出来ない。ここで解決可能な道は二つ、国民が目覚め、議会制民主主義の火が消えない内に、政府を国民に取り戻し、上記提言策を講じる事。今一つは、巨大な金融危機が起こり、荒廃の中から国民が一致して再興を目指す時ぐらいでしょう。まるで『ヨハネの黙示録』のアルマゲドンからの復活のようですが。このようになって欲しくはないが。

 

我々には、幸福と自由を取り戻す選択肢と時間があまり残っていない。

不運な事に、さらなる悲劇が私達を襲おうとしています。

続いて第Ⅱ部では、独裁と大戦勃発について考えます。

 

 

参考文献

この「取り戻せ豊かな暮らし! 危機に陥る前に」のレポートを書くにあたり、私の思索の礎になっている著書・著者を紹介します。

ポール クルーグマンとジョセフ・E. スティグリッツの幾多の著作は、新自由主義による米国と世界経済と社会の問題を私に一早く気付かせてくれた。

ダロン・アセモグルの一連の著作は、民主主義こそが経済の発展に有効だとの自信を私にくれた。この三人は総てノーベル経済学賞を受けている。社会科学における米国の学者の層の厚さと、論述のスケールの大きさにおいて、日本に比肩出来る人がいないと思います。

トム・ピッケティの著作は、経済格差が歴史的な流れの中で欧米全体に起こっている事を私に教えたくれた。

エマニュエル・トッドの数々の著作は刺激的で、多角的に歴史を見る助けになっている。特に、彼の「新ヨーロッパ大全 Ⅰ、Ⅱ」(1992年、藤原書店)で知った家族人類学は目から鱗でした。 

 

著書以外に、ウィキペディア(Wikipedia)、AIのChatGPT、Gemini、Copilot(Deep Research)をほぼ毎日利用しました。これら無しでは執筆は不可能だったでしょう。

 

このレポートをを書くために参考にし、または一部引用した翻訳本のリストです。

「新自由主義 その歴史的展開と現在」デヴィッド ハーヴェイ著、2007年、作品社

貿易戦争の政治経済学 資本主義を再構築する」ダニ・ロドリック著、2019年、白水社

「大不平等――エレファントカーブが予測する未来 」ブランコ・ミラノヴィッチ 著、2017年、みすず書房

「監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い」ショシャナ・ズボフ著、2021年、東洋経済新報社

「民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道」スティーブン・レビツキー著、2018年、新潮社

「実力も運のうち 能力主義は正義か? 」マイケル・サンデル著、2021年、早川書房

「概説 世界経済史 Ⅱ」ロンド・キャメロン著、2013年、東洋経済新報社

「社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学」ジョナサン・ハイト著、2014年、紀伊国屋書店

「オリバーストーンが語るもう一つのアメリカ史 1、2、3」オリバー・ ストーン, ピーター・ カズニック 共著、2013年、早川書房

「民主主義の危機 AI・戦争・災害・パンデミック――世界の知性が語る 地球規模の未来予想」朝日新書、 イアン・ブレマー, フランシス・フクヤマ, ニーアル・ファーガソン, ジョセフ・ナイ他著、2024年、朝日新聞出版 

「格差はつくられた 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略」ノーベル経済学者、ポール クルーグマン 著、2008年、早川書房刊

「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」ノーベル経済学者、ジョセフ・E. スティグリッツ 著、2002年、徳間書店

「技術革新と不平等の1000年史 上、下」ノーベル経済学者、ダロン・アセモグル, サイモン・ジョンソン共著、2023年、早川書房

「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源 上、下」ダロン・アセモグル著、2013年、早川書房

「図説世界の歴史 7、8、9」J.M. ロバーツ 著、2003年、創元社

「日米逆転 成功と衰退の軌跡」Jr. C.V.プレストウィッツ 著、1988年、ダイヤモンド社

「経済政策で人は死ぬか?公衆衛生学から見た不況対策」デヴィッド スタックラー著、2014年、草思社

「リベラリズムへの不満」フランシス・フクヤマ 著、2023年、新潮社

「21世紀の資本」トム・ピケテイ著、2014年、みすず書房

「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか 」エマニュエル・トッド著、2024年、文藝春秋

「サピエンス全史 上、下」ユヴァル・ノア・ハラリ著、2016年、河出書房

「情報の人類史 人間のネットワーク上、下」ユヴァル・ノア・ハラリ著、2025年、河出書房

「ゴールドマン・サックスに洗脳された私 金と差別のウォール街 」ジェイミー・フィオー著、2024年、光文社

「自由の限界 世界の知性21人が問う国家と民主主義」(中公新書ラクレ)エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、マルクス・ガブリエル、マハティール・モハマド、ユヴァル・ハラリ他著、2021年、 中央公論新社 

「戦争中毒 アメリカが軍国主義を脱け出せない本当の理由 」ジョエル アンドレアス著、2002年、合同出版

「大脱出――健康、お金、格差の起原」ノーベル経済学者、アンガス・ディートン著、2014年、みすず書房