20161224

ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 19: タリン 2





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今日は、首都タリンの港と旧市街の一部を紹介します。


 

< 2. 地図、すべて上が北です。 >

上の地図: 首都タリン。
番号1のホテルと番号2の「歌の原」は前回紹介しました。
番号3の港と番号4の青枠の旧市街を今回紹介します。
青枠は支配者達が居を構えた丘の上にある「山の手」です。

番号5の赤枠の旧市街は次回紹介します。
赤枠は商人や職人が築いた平地の「下町」です
旧市街の大きさは両方で一辺800mぐらいです。

下の地図: 旧市街の「山の手」の拡大です。
赤線が今回紹介する徒歩のルートで、Sから歩き始めて、eの展望台まで行きました。

ライブカメラ: 世界遺産「タリンの旧市街」のラエコヤ広場。
現在、ちょうどクリスマスマーケットが行われています。
次回、「下町」で紹介します。
TALLINN TOWN HALL SQUARE – VIEW FROM RESTAURANT DOM



 

< 3. 港 >

上の写真: フェリー乗り場のターミナルです。
中央の写真: 中央奥に旧市街の教会の尖塔が見えます。
下の写真: ターミナルから埠頭を望む。

この港から対岸のヘルシンキ、フィンランド湾の奥にあるサンクトペテルブルグ、またバルト海を抜けてヨーロッパに渡ることが出来ます。

この地は、ロシアとスカンディナヴィア半島を結ぶ軍事戦略地点として、またノヴゴロド(ロシアの前身)と西欧を結ぶ中継貿易で繁栄を築いた。
この港は13世紀にハンザ同盟(最北端)に加わり、14世紀、デンマークからドイツ騎士団がこの地を買い取り、エストニアとラトビア(バルト三国の北側2ヵ国)にドイツ人の影響が残ることになった。


 

< 4. 市街 1 >

番号4と5の写真は、港から「山の手」のトームペア城までの3kmほどの車窓からの眺めです。


 

< 5. 市街 2 >

緑溢れる落ち着いた街並みです。


 

< 6.トームペア城 1 >

この塔は「のっぽのヘルマン」と呼ばれ、15世紀の姿を留めている。

エストニア人の砦があったこの丘「トームペア」に、13世紀初頭、ドイツの騎士団とデンマークによる北方十字軍が城を造った。
その後、支配者が幾たびも替わり、18世紀初頭からロシアがこの地を支配し、この城は宮殿へと改造されていった。


 

< 7.トームペア城 2 >

下の写真: 右手は宮殿側で、国の議会が入っているので見学が出来ない。



 

< 8.アレクサンドル・ネフスキー聖堂 >

上の写真: トームペア城側から見たアレクサンドル・ネフスキー聖堂。
1901年、当時支配していた帝政ロシアによって建てられたロシア正教会。
ここだけ違和感のある建築でした。
この中に日露戦争で沈没したバルチック艦隊の記念プレ-トがかけられている。
このバルチック艦隊は、エストニアとラトビアの港から出航した。
中を見学したが、写真を撮ることが出来ませんでした。

下の写真: アレクサンドル・ネフスキー聖堂の側面。
この道を奥に進み、坂を下ると「下町」に行くことが出来る。



< 9.山の手の街並み >

上の写真: 右手にアレクサンドル・ネフスキー聖堂、左手にトームペア城。
中央の写真: 上の写真の中央にある通りに入っていく。
下の写真: 大聖堂(トームキリク)周辺の建物。
この辺り教会関係者の住居だったのだろう。



< 10. 大聖堂(トームキリク)周辺 >

上2枚の写真: この大聖堂はタリンの中心的なプロテスタント教会。
13世紀にデンマーク人がここにカトリック教会を建設し、その後、火事で焼失したが18世紀に再建された。

見学しましたが撮影は出来ませんでした。
中は古く簡素でしたが、16世紀からの品々が集められており、まるで中世の田舎の教会に迷い込んだようでした。

下2枚の写真: 風情のある通り。


 

< 11. 展望台からの眺め  >

地図のe地点にある展望台から旧市街の北東方向を望む。
奥はタリン湾です。

次回に続きます。



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