20261011

連載 国民の責任 6; 軍備と敵について

   


国が戦争を始めた時、「国民に責任があるのか」、日本と米国について考えます。

 

今回は、軍備にまつわる話をします。

 

 

軍備は必要か

 

必要ですが、条件があります。

基本は、「隣国が侵攻されると疑心暗鬼にならない程度に自国の軍備を抑える」のが賢明です。

この為に、通常、地域全体で軍縮協定や軍事同盟(NATO等)を結び、軍拡競争に陥らないようにします。

しかし、安心は出来ません。

対立する軍事同盟が互いに牽制するようになるからです。

もう一つ日本には厳しい状況があります。

それは三つの独裁国家に囲まれていることです。

一方、米国などの軍事同盟があり、安心できる部分もあります。

 

 

考慮すべき問題とは何か?

 

仮想敵国の想定と抑止力です。

通常、自国の軍事力は、仮想敵国を設定し、相手の侵攻意欲を挫く程度まで上げることを目指します。

この軍事力に期待するものを抑止力と言います。

多くは自国より巨大な軍事力を持つ国を仮想敵国に選びますので、軍拡競争に突入しやすい。

 

話は単純そうですが非常に厄介で、この仮想敵国と抑止力の概念は、頻繁に間違いを生み、むしろ戦争を呼び込むことになった。

簡単に幾つかの事例を紹介します。

 

 

抑止力への過信と、過度な期待が戦争を煽った例

 

第一次世界大戦では、軍事同盟が引き金になりました。

当時のヨーロッパは、三国同盟(独・墺・伊)と三国協商(英・仏・露)という巨大な同盟網によって勢力均衡を保っていました。

「自国を攻撃すれば同盟国が参戦し、世界大戦になるぞ」という威嚇が、互いの戦争を抑止すると信じられていた。

しかし、2発の銃弾によるオーストリア皇太子夫妻の暗殺が、引き金になり、相次いで同盟国が戦端を開き、戦争はユーラシア大陸を巻き込んだ。

 

太平洋戦争(日米開戦)では、日米共に判断ミスをしていた。

既に説明しましたが、日本陸軍は日独伊三国同盟に「強大なドイツと結べば、アメリカは二正面作戦を恐れて妥協するだろう」という強力な外交的抑止力を期待した。

しかし米国は「世界支配を企む枢軸国側の包囲網」と捉え、日本への敵対心を激化させ、開戦に向かわせた。

また米国は、日本の中国・東南アジアへの拡張政策を抑止するために段階的な経済制裁を実施し、太平洋艦隊を真珠湾に配置した。

しかし日本は「国家の生存に対する決定的な脅威」であり、ジリ貧になる前に「予防的な先制攻撃」へと向かった。

 

 


 

 

米ソの核軍拡競争は、抑止力の概念を変えながら核戦争の防止を図った。

これは抑止力が如何にあやふやなものであり、難しいかを示している。

1940年代から1980年代までに、大きく3~4段階の変遷を経た。

大量報復戦略⇒相互確実破壊⇒軍備管理と相殺戦略へと、両国は交渉を経て兵器削減条約を結んできた。

互いに相手を核で完全に破壊する前提で始まったが、やがてピンポイント、核には核で、通常兵器には通常兵器でと、限定する方向へ進んだ。

 

 


 

 

仮想敵国を誤って開戦した例

 

ベトナム戦争が最も象徴的で悲惨な例と言えます。

1955~1975年、米国が南ベトナムを支援する為にベトナムに侵攻し、北ベトナムとベトナム解放戦線との間で行われた戦争です。

米国の5人の大統領が、共産主義の拡大を恐れ、南ベトナム支援を開始し、徐々に大規模派兵を行うようになり、遂には北ベトナムが勝利し、米国は撤退した。

総死者数は200~400万人、米国も6万人の死者を出したが、ほとんどはベトナム人でした。

 

当時の米国は、北ベトナムを「ソ連や中国が操る共産主義の手先」という巨大な妄想に憑りつかれていた。

しかし北ベトナムの動機は、「外国勢力に分断され、米国の傀儡政権となった南ベトナムからの民族独立と国家統一」でした。

この戦争を指揮した米国のマクナマラ元国防長官は敗戦の20年後、「一枚岩の共産主義の脅威」など存在せず、ベトナム人のナショナリズムの強さ、そしてベトナムは中国と対立さえしていた事を後になった知ったと回顧録で深く反省しています。

彼は間違ったが、己の重大ミスを正直に告白できた立派な人物でした。

日々、嘘を吐き続ける大統領と同じホワイトハウスにいたとは考えられない。

イラク戦争も、有りもしない敵(兵器)を求めた結果でした。

 

 

満州事変が太平洋戦争へと向かわせた。

 

これは少数グループによる仮想敵国の想定が、大きな災いを招いた日本らしい事例です。

満州事変の首謀者は関東軍参謀の石原でしたが、彼は「いずれ日本は米国と戦うことになる」、この理由は、日蓮の予言にある「世界最終戦論」に基づいていました。

馬鹿みたいと思われるかもしれませんが、世界中の多くの宗教に「最終戦」が盛り込まれており、新約聖書にハルマゲドン、ヒンドゥー教にも善と悪による最終決戦が示されています。

 

日本の仮想敵国は日清戦争辺りからロシア(ソ連)でしたが、後に、米国も仮想敵国に格上げされた。

こうして満州事変が起きたが、政府は拡大阻止の手を打ったなかったので、泥沼にはまる事になった。

後に大本営政府は国策決定で、ソ連侵攻に備えた「北進論」と米国決戦に備えた「南進論」で対立することになる。

結局は、明確な理由もなく南進論を採ることになった。

 

 

 

まとめ

 

最初、皆さんは抑止力と仮想敵国の想定は、簡単だと思われたでしょう。

しかし、実際には、非常に複雑であり、困難なのです。

単純に、同盟を組むとか、軍備増強で済む問題ではないのです。

だからこそ、長い戦争の経験から、中立を選んだ国もあるのです。

 

一番重要なのは、世界中の情報を広く集め、分析を積み重ねる事と、仮想敵国と言えども、多くの国と外交交渉を続ける事です。

 

 

--目次---

 

1話;悪化の責任は誰に

2話;皇軍が選んだ道

3話;独裁に魅了された人々

4話;皇軍の軍人魂とは

5話;日本の戦争を振り返る

6話;軍備と敵について

7話;戦争に向き合う

8話;米国民へのお願い

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

20261010

連載 国民の責任 5; 日本の戦争を振り返る

   


国が戦争を始めた時、「国民に責任があるのか」、日本と米国について考えます。

 

今回は、過去の戦争を理解し、問題点を拾いだします。

 

 

日本の戦争をどう見るか

 

日清戦争から太平洋戦争までの過程は、自己防衛、五族共和、アジア解放などの為であって、けっして侵略では無かったと信じている人もいる。

また、朝鮮半島や台湾の開発に尽力し、多くの資本投資を行い、貢献したと思っているかもしれない。

確かに、ほんの一面に限れば正しい。

 

しかし世界史を見れば、侵略国のやることは、どこも似たものです。

独立を叶えると称して内乱を援助し、侵攻地域を攪乱するのは常套手段です。

また侵攻した国に資本投資を行い、後で資源と穀物、さらに税金を搾り取ります。

日本が侵攻した国が受けた損害は、与えた利得よりも遥かに大きいと明確に言える。

台湾やパラオでは日本への印象が良いが、歴史的な事情があり特別です。

 

しかし見逃してはならないことは、一連の戦争で失われたものです。

満州事変から太平洋戦争終結までの犠牲者は、日本側で約310万人、相手国・アジア諸国側で1,000万〜2,000万人以上とされています。

さらに、これとほぼ同数の傷病者数があったことでしょう。

百歩譲って聖戦だとしても、あまりにも無辜の命が失われた事実からは逃れられない。

 

 

もう一つの視点があります。

満州事変から太平洋戦争終結までの戦域拡大過程を見れば、その真実が見えて来ます。

初期の重大な戦域拡大は、2度とも出先の士官の思い付きで始まり、その後は右往左往しながら続いたと言えます。

通常、戦闘開始は中央政府が命じるものですが、現地派遣軍が秘密裏に事件を起こし、相手国のしわざと偽り、攻め込んでいる。

そして陸軍中央は、これをほとんど処罰せず放置した。

これが二回続き、日中戦争へと拡大してしまい、泥沼から抜け出せなくなった。

ドイツでさえ、必ずヒトラーの命令で偽装事件を起こし、侵攻の口実にしています。

 

初期には、日本の仮想敵国はロシアとされ、朝鮮半島の確保を目指したが、いつの間にか陸軍は、米国対決を想定する南進派とソ連対決を目指す北進派で対立を深めた。

この二正面作戦の不可能を前提にしていた当時は、まだ自国の戦力不足を自覚していた。

この後、既に見たように三国同盟の罠に自ら飛びついて、破局を招くことになった。

つまり、日本が掲げていた五族協和は、空念仏に過ぎなかった。

 

 

もう一つ重要なことがあります。

 

それは日本が侵攻した国の人々の思いです。

少なくとも相手を無視して日本に非がないとか、賠償済みとか、言い募らないことです。

戦後賠償などの交渉時期によっては、相手側に不利なことがあります(独裁者が受諾)。

日本はどうしても島国なので、他国との終戦交渉において、ヨーロッパに比べれば、経験不足は否めないと思います。

これは外交官だけでなく互いの国民にも言えることです。

ここは丁寧に行っていく必要があります。

ドイツが手本になるはずです。

 

 

戦争は正義とは無縁だった。

 


  

我々は過去の戦争を反省しなくても良いのか

 

ここまで日本の戦争を振り返って、まだ反省の必要が無いと言える人は少ないだろう。

単純に、悲惨な戦争を2度と起こしたくないと思うのは人情です。

さすれば、過去の戦争の経緯を知り、なぜ戦争に深入りしていったのか、なぜ途中で引き返せなかったのか、と疑問に思うのは自然です。

 

 

再発を防止する視点から簡単に原因を挙げます。

 

1. 政府(内閣と議会)

a) 軍部大臣現役武官制;明治末に導入された制度ですが、陸軍がこれを悪用し、戦争拡大を押し切った。

b) 統帥権の独立;軍の権限は天皇に直属し、政府は関与出来なかった。

c) 陸軍と海軍の対立;薩長閥に始まり、異なる養成制度が仇となり、予算の取り合いで対立。

d) 陸軍の統率力の欠如: 中堅が暴発しても処罰出来ず、抑えられない。

 

2. 二大政党制の機能不全;単純に民主主義が根付いていなかったとも言える。混乱すると薩長閥、明治の元勲、天皇の力を借りることになった。

 

3. テロ・暗殺の横行;軍の下士官が徒党を組んで幾度も起こしたが、単独犯や右翼なども関り、和平を唱える人物はいつも危険に晒されていた。

 

4. 世界恐慌;10年間で3度の恐慌と飢饉は、国民の不満を海外侵攻に向かうのを是認することになった。

 

5. メディアと国民世論の同調;発展途上のメディア、軍部による美談化・煽情、政府による言論統制(治安維持法等)が相まった。

 

 

戦争の再発防止策

 

l 軍部が独走しないように文民統制を確立する。

l 民主主義を未熟なままにしない。

l 日本の組織は内に纏まり外部連携が困難なので、注意が必要(タテ社会)。

l 金融危機など大不況に用心する。日本だけの弱点ではない。

l 民主主義の基本である言論の自由を、いかなる時も確保する(非常事態宣言等)

 

 

まとめ

 

つまり、戦争を反省するとは、上記の再発防止策を心がけることです。

かつての被侵攻国への謝罪とは別に、2度と戦争を仕掛けないという姿勢を相手国に示すことです。

これが互いに平和を維持することになります。

これが現代を生きる私たちの責任なのです。

 

 

--目次---

 

1話;悪化の責任は誰に

2話;皇軍が選んだ道

3話;独裁に魅了された人々

4話;皇軍の軍人魂とは

5話;日本の戦争を振り返る

6話;軍備と敵について

7話;戦争に向き合う

8話;米国民へのお願い

 

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

20261009

連載 国民の責任 4; 皇軍の軍人魂とは

   


国が戦争を始めた時、「国民に責任があるのか」、日本と米国について考えます。

 

 

今回は、太平洋戦争が如何に異常であったかを知ることで、この戦争が肯定出来るものではなかったことを示します。

 

 

神風特別攻撃隊について

 

映画『永遠の0』が、神風特攻隊を賛美する一大ブームを引き起こした。

原作者の百田尚樹氏は、安倍元首相と親交のあった小説家です。

小説の中の特攻隊員たちは「死んで祖国を守ることができるのなら、潔く死ぬ」と誓い、「さわやかな笑みを浮かべ」米軍の艦艇に向かって突撃した。

原作で百田氏は、一人一人の日本兵がどれだけ純粋な心をもって戦ったのかということをたびたび強調している。

 


 

この手の美化は繰り返されて来た。

日露戦争以降、多くの軍神が祀り上げられて来た。

日本最初の軍神、海軍の広瀬中佐は沈みゆく艦内へ部下の救出に向かい、最後は爆死した。

後に神風特別攻撃隊を提案した大西中将は幼い頃に、この広瀬中佐に憧れていた。

陸軍の軍神、肉弾三勇士は敵陣の鉄条網を爆破するために破壊筒を抱えて突入し爆死した。

いずれも歌や映画になり、彼らの「自己犠牲の美徳・忠君愛国の鑑」は賞賛され続けた。

 

 

しかし、これらには誇張もあり、事実と異なる部分がある。

特攻隊に殉じた隊員や生存者には、人間扱いされなかった事を嘆き、別れを告げる相手は家族や母に対してであったと語る者もいる。

基本は志願兵であったが、末期、人員不足になると無理やり、知らされずに派遣され、逆らえず特攻に出た者もいた。

ある母親は特攻の息子の死後「神風特攻隊作戦の立案者大西中将は死ななければならない」と言い、死去するまで軍部を許さなかった。

 

神風特別攻撃隊とは、太平洋戦争末期の1944年に海軍によって編成された、爆弾を搭載した航空機で敵艦船に体当たり攻撃を行う特別攻撃隊です。

これは生存を前提としない作戦であり、航空特攻だけで陸海軍合わせて約4,000人もの若い命が失われました。

 


 

 


 

なぜ特攻が生まれたのか?

 

既に負けが続いていた1944年、マリアナ沖海戦で400機もの空母艦載機と空母3隻を失い、遂に日本軍は機動力をなくしてしまった。

軍上層部は、太平洋で優位に立つ連合軍には通常の攻撃では対抗できないと判断し、特攻による体当たり攻撃しかないと考えるようになった。

そして同年、航空艦隊司令長官の大西中将が、神風特別攻撃隊を編成したのが始まりでした。

大西は、出撃するパイロットに『お前たちだけを死なせはしない』と言って一人ひとり握手して送り出した。

 

大西が、許可を渋る上司に特攻構想について述べていた。

「たとえ特攻の成果が十分に挙がらなかったとしても、この戦争で若者達が国のためにこれだけのことをやったということを子孫に残すことは有意義だと思う」

また後に、こうも語っている「ここで青年が起きなければ、日本は滅びますよ。しかし、青年たちが国難に殉じていかに戦ったかという歴史を記憶する限り、日本と日本人は滅びないのですよ」

 

実は、この特攻の構想は、13年前に語られていた。

後に大西に進言する人物が、山本五十六に相談しており、山本は「僕が海軍にいる間は、飛行機の体当たり戦術を断行する」「艦長が艦と運命を共にするなら、飛行機も同じだ」と語っていた。

 

梅津参謀総長が、特攻の戦況を上奏した折り、天皇は「体当リキハ大変ヨクヤッテ立派ナル成果ヲ収メタ。命ヲ国家ニ捧ケテ克(よ)クモヤッテ呉レタ」と賛辞を述べている。

 

特攻は、日本軍にとって当然の作戦であり、軍人として立派な行為、精神と見られていた。

これは封建時代の残滓、滅私奉公の文化だと、私は思う。

 

 

 

米国から見た特攻

米海軍は、特攻による甚大な被害を受けていた。

海軍のハルゼー長官は、特攻に関して「いかに勇敢なアメリカ軍兵士と言えども、少なくとも生き残るチャンスがない任務を決して引き受けはしない」「切腹の文化があるというものの、誠に効果的なこの様な部隊を編成するために十分な隊員を集め得るとは、我々には信じられなかった」と衝撃を受けていた。

 

突撃された米駆逐艦の水兵は当時を振り返り、「特攻機のエンジンとパイロットの死体を見ました。人生がこれからだという若者が神風のパイロットになるなんて。恐ろしさに、私は海軍を去りました」

 

特攻は、米国から見れば脅威であり、狂気でした。

民主主義、個人主義の米国から見れば、日本は狂気に満ちた異様な国に見えたのだろう。

 


 「最後の御前会議、1945年8月14日、米内海相は最前列左から3番目」

 

 

敗戦に抗した日本軍人; 特攻発案者の大西中将の場合

 

1945年8月10日、天皇は「これ以上戦争を続けることは、これ以上国民を苦しめるだけである。私自身のいかようになろうとも、これ以上の犠牲者を出したくない」と和平受諾を表明された。

8月15日、日本が敗戦を受け入れ、天皇がラジオで降伏を国民に伝えた(玉音放送)。

しかし、ここに至るには徹底抗戦派と和平受諾派の熾烈な暗闘があった。

陸軍と海軍の一部は強硬に抗戦を唱え、受諾の引き伸ばしを図った。

 

和平派の米内海軍大臣は、海軍軍令部の豊田総長と大西中将を呼び出し、激しく叱責した。

これは大西らが、海軍大臣を差し置いて、陸軍と一緒になり、和平反対を天皇に奏上していたからでした。

大西は、叱責された後も和平受託の引き延ばしに奔走した。

彼は、「われわれが特攻で2000万人の命を犠牲にする覚悟を決めるならば、勝利はわれわれのものとなるはずです」と説いていた。

 

天皇の玉音放送が流れた未明、大西は割腹して果てた。

特攻で死なせた部下たちのことを思い、なるべく長く苦しんで死ぬようにと介錯を断っての最期だった。

特攻に関りながら、知らぬふりをして責任逃れをした他の上級軍人に比べれば、彼は潔い。

しかし以前、イタリアの戦犯のニュースを聞いて、彼は「おれなんか、生きておったならば、絞首刑だな。特攻を出して若いものを死なせ、悪いことばかりしてきた」と述べていた。

 

 

まとめ

 

知覧や霞ヶ浦の記念館で特攻隊の遺影を見ると涙が止まらない。

幼さが残る青年達が、家族との未練を断ち、自ら命を捨てた生き様を想うと、畏敬の念を抱く。

しかし、一方で、怒りが湧いてくる。

日本の軍隊は、かくも人の命を粗末に扱うのかと。

これは特攻に限らない、海外侵攻時の兵站不足や無謀な作戦により、多くの戦死者、餓死者、病死者を出していた。

 

大西中将ら抗戦派は、敗戦を目前にして「国土を焦土化し、多くの青年が命を投げ捨てた戦いの果てにこそ、日本が行き残る」との趣旨を唱えていた。

彼らは、人間一人ひとりの命より、国体(天皇を含む日本の体制)や戦う精神を重視していた。

 

さらに言えば、特攻を始める時に、既に敗北を予感していた彼が、この時になっても、まだ敗北を認めようとしなかった。

多くの軍人は、開戦に向かて威勢は良かったが、負けが続くと、国民や国土は念頭になく、只々、敗戦を引き伸ばしているようにみえる。

負けを認めることが出来ず言い訳しているようにしか聞こえない。

 

この上級軍人たちの意識と、戦争を拡大していった経緯を見ると、こんな軍人達の下で戦争した国民はなんと不運だったことか。

 

一方で、多くの反対や暗殺の脅威に晒されながらも終始、戦争拡大を避け、和平に向けて内閣をまとめようとした米内大将には頭が下がります。

そして昭和天皇が軍部の意見を遮り、ポツダム宣言受諾の決断したことにより日本は焦土から逃れることが出来た。

私は、この二人が居てくれたことに感謝仕切れない。

陸軍に任せていたら、まさに廃墟になっていただろう。

 

 

--目次---

 

1話;悪化の責任は誰に

2話;皇軍が選んだ道

3話;独裁に魅了された人々

4話;皇軍の軍人魂とは

5話;日本の戦争を振り返る

6話;軍備と敵について

7話;戦争に向き合う

8話;米国民へのお願い

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

20261008

連載 国民の責任 3; 独裁に魅了された人々

 


「上記5人にはある共通点があります」

 

国が戦争を始めた時、「国民に責任があるのか」、日本と米国について考えます。

 

 

前回、日本の軍人(陸軍)が如何に狭量だったかを見ました。

そして彼らは、よりによって最も信頼できないヒトラーに望みを託した。

結果は、散々でした。

一方、この結末を予想出来た海軍の米内(よない)は、国の命運を託され幾度も内閣への入閣を果たしたのですが、陸軍の抵抗に遭い、挫折を味わうことになった。

 

実は、これと同じことが今も起きているとしたら、あなたはどうすべきですか?

 

 

国が間違った方向に進まない為に

 

それは「独裁者に魅了される人物」を避ける事に尽きる。

先ず独裁者を選ばないことは当然ですが、指導者がはじめから独裁者であるより、徐々に独裁へと進むことが多い。

「独裁者に魅了される人物」は、自身が独裁者になるか、独裁者に追従する可能性が高いので、国民はこのような人物を政治から遠ざけるべきです。

 

日本の著名人にトランプに魅了され、礼賛した人は多い。

政治家では、安倍晋三、麻生太郎、高市早苗、神谷宗幣、松井一郎等が代表格でしょう。

ジャーナリストでは木村太郎、門田隆将、櫻井よしこ、百田尚樹等が知られています。

経済関係では孫正義、堀江貴文、高橋洋一等が目立ちます。

 

これら人物には共通点があり、保守とか右翼に一括りされることがある。

しかし、問題はそこでは無い。

国民が指導者を見定める時、視野が広いか、目指しているのは国民の幸福か、信頼できるかの評価を必ず加えるべきです。

 

太平洋戦争に突き進んだ日本軍ほど敗北を嫌い、その為に兵士と国民の命をまったく顧みなかったことは、対戦国を驚愕させた。

これが原爆投下にも繋がった。

この軍人達は、上記の視点に立てば、評価に値しないことになる。

 

 

 

トランプに魅了された人物と、ヒトラーに魅了された人物に共通点はあるのか?

 

通常、一国の独裁者にとって国民は収奪する対象であって、慈しむものでは無い。

また独裁者は同盟集団(側近や与党)を如何に手なずけるか、その為の利得(資金や地位)をどう確保するかに神経を集中させている。

このような独裁者に追従する人は、視野が広量で、目指すものが国民の幸福であるはずがない。

律儀にそのようなことを守っている人物は、独裁者に嫌われる。

つまり、独裁者に魅了される人物は信頼出来ないと言える。

このような人は、自分の狙っているものを独裁者が代弁し、正当化し、与えてくれるなら、彼を褒め称え、付き従うのです。

これは当時の陸軍、東条、松岡などと同じでした。

 

 

それではトランプとはどのような人物でしょうか?

 


 

 

トランプの欠点を述べたらキリはないが、「ヒトラーは良いこともした」との発言が、端的に彼の本質を示している。

 

 

上記の内容を、まとめると以下の図になる。


 

「矢印は、各人が魅入っている人物を指す」

 

かつての陸軍、東条、松岡はヒトラーに魅せられて日本を破滅に追いやった。

独裁者(プーチン等)と気が合うトランプは、ヒトラーにも惹かれている。

そして安倍元首相と高市首相は、群を抜いてトランプにべったりです。

彼らは先進国の代表なのに矜持が見られない。

 

それでは高市首相とは、どのように人物なのでしょうか?

 


 

 

彼女の発言には二つの意味がある。

一つは、日本の太平洋戦争は悪いものでは無かった(五族共和か自己防衛の為)。

今一つは、当時の国民ではない私に責任があるはずも無い。

歴史を知っていれば、前者は明らかに間違いであり、後者は一般国民の意見としては残念だが、一国の指導者としては落第と言うことになる。

 

 

彼女は国を託せる人物としては、大きな欠陥を持つ人物と言えるでしょう。

 

 

 

--目次---

 

1話;悪化の責任は誰に

2話;皇軍が選んだ道

3話;独裁に魅了された人々

4話;皇軍の軍人魂とは

5話;日本の戦争を振り返る

6話;軍備と敵について

7話;戦争に向き合う

8話;米国民へのお願い

 

 

 

次回に続きます。