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今日は、バスの車窓から見たリガからビリュニスまでの景色を紹介します。
この日のドライブは雨はなかったもののほぼ雲に覆われていました。
< 2. リガ旧市街 >
上の写真: 旧市街の北の端にあるリーガ城。
この城は14世紀初め、ドイツから来たリヴォニア騎士団との闘いに負けた市民が建てらされたもの。
その後、ポーランド、スウェーデン、帝政ロシアと支配者が替わり、18世紀以降、現在の宮殿のような姿になった。
下左の写真: リーガ城すぐ横の英国教会。
下右の写真: スターリン・クラシック様式の科学アカデミーが奥に見える。
ダウガヴァ川沿いから見た。
< 3. リガとの別れ >
上の写真: 中央市場。
中央の写真: ダウガヴァ川の対岸。
下の写真: ダウガヴァ川を渡り、南下してリトアニアの首都ビリュニスに向かう。
すべての写真は撮影順に並んでいます。
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< 5. 途中の町 >
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< 7. 国境を越えて >
上と中央の写真の間で、ラトヴィアからリトアニアの国境を越えています。
いつも思うのですが国境を越えても、自然の景色は変わらない。
ここでもそれは同じですし、家屋や人工的な風景も変化していない。
7年前にオーストリアからハンガリーへと国境を越えた時、自然は変わらないが、家屋が急にみすぼらしくなっていることに驚いた。
国家形態の違いによる経済の差が、このような形で明瞭に出ていることに驚いた。
< 8. 人間の鎖 >
途中、休憩に寄ったレストランの駐車場に「the Baltic Way」(人間の鎖)の表示が立っていました。
上の写真: その駐車場から見た道路で、「the Baltic Way」の舞台になった。
中央右の地図: 「the Baltic Way」のルートを青い線で示しています。
赤丸はこのレストランの場所を示しています。
下の写真: 当時の様子。
人間の鎖について
1989年8月23日、バルト三国の国民200万人が参加し、三つの首都を結ぶ600km以上の鎖を造った。
これは人口の約半分が参加したことになり、世界で最初かつ最大の人間の鎖でした。
この行動は、タリンの「歌の原」で紹介した1988年の「歌の革命」に続いて起きた、バルト三国団結の象徴的な事件でした。
この後、リガで紹介した1991年の「バリケード」事件で、バルト三国は独立を達成することになりました。
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< 11. 少しの変化 >
この三枚の写真に、バルト三国の南下に伴う変化が見て取れます。
上の写真: 南下するに従って、いつしか原生林が道路から遠のいて行った。
耕作地が増え、作物栽培や放牧を多く見るようになった。
中央の写真: 道路沿いに写真のような十字架や小さな教会をいくつか見た。
道路周辺に民家が増えてきたからもしれない。
下の写真: 一番顕著な変化は、緩やかな起伏が増えて来たことです。
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< 13. もうすぐビリュニス >
次回に続きます。
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