20181211

北欧3ヵ国を訪ねて 41: カールスタッド 2




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今回はカールスタッド紹介の後半です。
パレードを見終わり、公園を散策し、次の列車に乗るために駅に戻りました。
私はここで大きなトラブルを経験することになりました。



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パレードを見終わって公園内を散策し始めたのは17:00頃でした。
掲載写真は撮影順に並んでいます。
次に乗る列車は18:30発なので、18:00までに駅に戻らなければならない。
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公園の至る所で卒業生と両親らが集い、記念写真を撮っていました。


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この公園は両側を川に挟まれた広い芝生で、所々に木々が植えられている。
人はまばらで、カップルがのんびりと日光浴を楽しむ姿が印象的でした。

下の写真: 若い女性グループが水着姿になり、川にせり出したウッドデッキで日光浴を楽しみ始めた。

スウェーデンでは飲酒が抑制されているらしく、パリで見たような多くの人がアルコール(シャンパン)片手に談笑する姿はほとんど見なかった。



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上の写真: 中央に見える橋は私が渡って来た橋です。


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先ほどの橋のたもとにある小さな公園。


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駅に向かって、大通りを戻る。
多くの市民が歩行者天国に出ていた。
この時刻は17:40です。

< 8. 駅に戻る >

駅に戻ったのは17:45分頃でした。
待合室のロッカー(クレジットカード払い)から荷物を出し、駅舎のコンビニでサンドイッチとドリンクを買い、夕食とした。

後は、列車が来るのを待つだけです。
18:00になると、駅舎の切符窓口は閉まり、駅員は帰った。
私は特に用事が無いのだが、少し不安になった。



< 9。 ホームに立つ >

この駅のホームは一つだが、番線は4ヶ所あり、長手方向で左右に分かれていた。



< 10. やがて不安が現実のものになった >


到着予定の時間になっても列車が来ない。
周囲の旅行客が落ち着きをなくし始めた。
放送はあるが、私にはまったく理解できないし、駅員も居ないので確認も出来ない。

上の写真: 上に電光掲示板が見えます。
やがて電光掲示板に乗るべき列車の到着予定時刻が表示されているのが分かった。
しかし、その時刻が時と共に遅れて行く。
予定通りに行ってもオスロ駅到着は21:23で、この調子では日付が変わるだろう。

下の写真: 21:22の撮影です。
この列車は別の列車でした。


< 11. 夜は更けていく >

上の写真: 9:26撮影。
空はまだ明るいが、夕陽が迫っている。

下の写真: 時計の針は既に私のオスロ到着時刻を過ぎていることを示していた。
昼はあれほど温かったのだが、夜は冷え込んで来た。

中央に乗客らが集まり情報交換をし始めたようです。
その内の一組の老夫婦のご主人が私に温かく声を掛けてくれたのだが、私は言葉が分からずその場を離れた。
言葉の通じないのが無性に悲しくなった。

オスロのホテルに、到着時間が大幅に遅れることを連絡しようとしたが、これまたなぜか電話を掛けることが出来なかった。
ホテルの電話番号の前に付ける国別などの番号に誤りがあったようだ。
私はなす術がなく、ただ時間の過ぎるのを待つばかりでした。

やっと4時間以上遅れて列車が到着した。
乗客は皆、急いで車両に駆け寄った。
一人の若い乗客がタラップで私に乗車と譲ってくれた。
非常にうれしかった。

この時、どこにも駅員や係員は一切居なかった。
省人化が進み、ボデイや荷物、チケットの確認が無く気楽なのだが、海外からの旅行客の私には少し不安だ。


< 12. 白夜。車窓から21:52撮影 >

この光景はご褒美かもしれない。

列車内は満席でした。
ほっと一息付いたのですが、今度は列車の速度が非常に遅く、時折、途中で停車する始末で焦るばかりでした。
皆、疲れた様子ですが、不平で騒ぎ立てる人もいなかった。
もっとも文句を言いたい車掌も巡回に来ないのですが。

けっこうなお年寄りが一人で乗車しているのが見られた。
日本と違って、北欧のお年寄りは自立が当然で、国際列車での移動も一人で行うようです。
これは福祉政策の発展とは別の、ヴァイキング精神の名残り、個人の尊厳を大事にすることの現れかもしれません。

数時間かけてオスロ中央駅に着いたのですが、夜中の2時を過ぎていた。

真夜中に放送が大きな駅舎に鳴り響き、乗客にタクシーの利用を薦めているようでした。
駅員をほとんど見かけることもなく、最終駅から乗客は蜘蛛の子を散らすように出て行った。
私は駅から少し歩き、途中、真っ暗な大通りでタクシーを拾い、ホテルに無事着いた。

ホテルが24時間フロント対応であることを事前に確認しておいたが、若干不安はあった。
フロントの対応は良く、手短に手続きを終え、朝食予約とオスロパス購入を済ませた。
後は寝るだけ・・・・


次回に続きます。






20181206

北欧3ヵ国を訪ねて 40: カールスタッド 1






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これから2回に分けて、スウェーデンの湖畔の都市カールスタッドを紹介します。
訪れたのは2018年6月4日(火)の午後で、快晴の中をしばし散策しました。
アクシデントが歓喜溢れるパレードに巡り合わせてくれました。


  カールスタッドに向かう
この都市を訪問すると決めたのはまったくの偶然でした。
それは列車の手配ミスが始まりでした。

当初、ストックホルムからオスロまで国際列車1本で行くつもりでしたが、5ヵ月前、予約する段になって、予定(正午前)の出発便が満席だとわかりました。
そこで私は慌ててしまい、列車を何処かで乗り継ぐことにした。
先ず地方鉄道のカールスタッド行きを予約し、次いでカールスタッドからオスロ行きの国際列車を予約した。
後で直ぐ気が付いたのですが、ストックホルムを午前早く出発する便か、この乗り継ぎの列車を始発から予約しておけば安く短い時間でオスロまで行けたのです。

もっともスウェーデンの別の都市をもう一つ訪問したい気持ちもありましたので、これで良かったのですが、オスロ訪問が短くなった。

カールスタッドはスウェーデン一の大湖ヴェーネルン湖北岸のデルタ地帯にある小島の上に建設された人口9万人ほどの都市です。
この都市はストックホルムとオスロの中間に位置し、その名は歴史的に幾度か出て来ます。
最近では、ある女性大臣が子供の養育の為に週の半分をこちらで執務し、残りをストックホルムに行くそうで、日本では考えられないことです。

ここを乗り継ぎ駅と決めた最大の理由は、駅にロッカーがあることが事前に分かっていたことと、近くに公園Mariebergsskogenがあることでした。
この公園には家族が楽しめる遊戯施設やネイティブ動物の動物園、そして湿地の動植物の観察所があります。
ここに是非とも行きたくなったからでした。

しかし、ここで1回目のアクシデントに見舞われて予定を変更することになりました。
列車のカールスタッド到着予定16:09が30分ほど遅れ、次の列車の発車予定が18:30なので滞在時間が2時間を切ってしまったからです。
駅からこの公園まで徒歩で往復40分ほどかかり、バスで行く事は切符購入やルート、運行間隔で不便でした。
仕方なく、町の中心部らしい方、北側を散策することにしました。

これが幸運を呼びました。



< 2. カールスタッドの地図、共に上が北 >

上の地図: 地図の南北の範囲は約7km。
茶色マークがカールスタッド駅で、赤線が散策ルートです。
駅の左下に公園Mariebergsskogenがある。

下の地図: 地図の南北の範囲は1・3km。
矢印が駅、黄色線が行きの徒歩ルートで、オレンジ線は折り返して戻るルートです。
赤丸はビジターセンターです。

以下の写真は16:38から17:01に撮影したもので、ほぼ順番に並んでいます。



< 3. カールスタッド駅 >

駅の敷地は広いのですが、駅舎は大きくありません。
しかし外観は伝統らしいものを感じさせます。

下の写真: 駅の北側にある大きい道路の中央分離帯に立ち、東側を望む。


< 4. カールスタッド駅前 >

上の写真: 同じ中央分離帯から西側を望む。

下の写真: 駅前から北側に伸びる大通り。
ここを進むことになります。


< 5。 大通りを進む >

上の写真: 最初に不思議に思ったのが、平日の16時半頃なのにテラス席で多くの人が寛いでいることです。

< 6. やがて大きな川に出合う >

上の写真: 少し橋を渡りかけて西側を望む。
川面も照らす日差しはまるで夏のようでしたが、空気は清々しかった。
それでも歩き続けると汗が出て来ます。

下の写真: 橋を渡らず、少し戻り右に曲がると川沿いに沢山のテラス席が見えました。
レストランのようです。
もう既にお客で一杯でした。
平日のこの時間にレストランにこれだけの人が入っているとは驚きだ!

この時、前を歩く男性二人に声を掛け、「ビジターセンターに行きたいのですか?」と聞くと、彼らは笑顔で、詳しく道を教えてくれた。
その二人は、このレストランに入って行った。





< 7. さらに進む >

上の写真: 来た道を振り返る。

下の写真: 道順を聞いたときに教えてくれた公園の端に来た。
ここで左に曲がる。


< 8. 図書館(ビジターセンター)の前の通りを行く >

下の写真: 通りに面したショップの前で、楽しそうに糸を紡ぐ女性に出会った。
彼女に断って写真を撮らせて頂いた。
ストックホルムでもそうだったが、女性は高齢になってもオシャレを楽しんでいる。



< 9。 何やら騒がしい >

上の写真: 通りの奥の方からボリュームを上げた賑やかな音楽が聞こえて来た。

下の写真: 右手の建物が図書館で、この中にビジターセンターがある。
なぜか多数のクラシックカーが行列を作り、ゆっくり進んでいる。
周囲の観客は嬉々として見ている。

取り敢えず私はビジターセンターに入り、数部の観光パンフレットを貰い、そこを出た。


 
< 10. パレード 1 >

初めはまったく意味が分からなかった。
モデルのように着飾った若い男女が乗ったクラシックカー、そしてラフな格好の年配の運転手。

観客に聞いてみると、これは何と高校生の卒業パレードでした。
これが高校生!
特に女性は大人びて見えた。



< 11. パレード 2 >

やっと理解出来た、運転手は親父なのだと。
それにしてもこのクラシックカーの数には驚かされた。


 
< 12. パレードが終わって >

これから左手に広がる公園を散策します。


次回に続きます。





20181204

湖北・湖東の紅葉を訪ねて 5: 永源寺 2




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今回で、湖北・湖東の紅葉の紹介を終わります。
小雨と薄暮にあっても幻想的な紅葉を楽しむことが出来ました。
これも山里やお寺のお世話があっての事だと感謝しています。


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日が暮れると共にライトアップの光が目立つようになって来ました。


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薄暮の中の紅葉はけっして鮮やかではないが、深みを感じさせる。


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上: 本堂。

下: 鐘楼。
この写真は11月22日、16:40のものですが、周囲はかなり暗くなっていました。
ISO1600で、手持ちで撮影し編集で明度を上げてこの状態です。


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この2枚の写真は、前回紹介した禅堂前を撮ったものです。
同じ所でも20分ぐらい時間が経つと、ライトアップの効果が際立つようになりました。
まるで豪華な日本らしい舞台のセットを見ているようです。


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薄暮から夕闇にかけて、ライトアップやフラッシュで撮影した光景。

右下: 最初の石段沿いにある16羅漢(岩壁に石像が彫られている)。


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1時間後に戻って来た時は、真っ暗になっていた。
橋の近くの広場には数軒の屋台が並んでいた。


  今回の紅葉巡りで感じたこと
これら紅葉は総合芸術、日本で洗練された文化だとつくづく実感した。

北欧やロシア、北米には雄大な一大紅葉地帯がある(一部しか見ていないが)。
それと比べると日本の場合、数百本程度の広葉樹が密集ではなく最適な位置に配されている。
また日本の紅葉の樹は高く伸びた大木と言うより、背が低く枝が横に広がる木が好まれているようだ。
境内の赤や黄色の広葉樹は苔むした岩や石灯篭、小さな池や建物の間に配される。
石畳や地面に積み上がり、池や小川、手水鉢に浮かぶ落ち葉すら重要な背景になる。
人々は境内の参道や回廊を巡る内に、様々に形を変え黄色や朱色の木々と様々な背景色の組み合わせの妙を楽しむことになる。


人類は原初来、赤色に神秘性を感じ、多くの宗教は聖なるものとして取り入れた。
そして特に東アジアは、今でも赤(朱色)を宮殿、神社仏閣に使用している。
中でも紅葉が広く見られる日本(韓国も)では、なぜか寺院の境内に紅葉が重視されるようになった
元来インド起源の仏教には朱色を愛でる習慣は無かったと思うのだが。

推測に過ぎないが、朱色に対する無意識の神聖感と、大乗仏教特有の死生観―末世に至る滅びと冬の到来を告げる紅葉が結びつけられ、広く受け入れられるようになったのだろう。

一方、キリスト教では、死後の世界は仏教と異なり希望溢れるものなので、落ち葉や冬を連想する紅葉は聖なる場所には不向きと見られたのだろう。
キリスト教圏では、宮殿に大規模な紅葉を取り入れるところはあっても、教会には無いように思う。
どちらかと言うと、春や誕生をイメージさせる花が多いように思う。

こんなことを感じながら、楽しい1日を過ごして来ました。


それでは終わります。