< 1. 寄付で豪華な返礼品 >
今、米国の大統領選挙で起きていることは、日本と無関係だろうか?
突如降って湧いたようなトランプ氏の過激な発言。
実は、これと日本の「ふるさと納税」が結びつくとしたら?
かいつまんで説明します。
< 2. トランプ氏とふるさと納税? >
米国で起きていること
共和党のトランプ氏は排他的で、民主党のサンダース氏は社会主義志向で、双方とも主流から外れている。
しかし共通していることがある。
双方が両極端な主張を唱え、彼らを支持しているのは低所得層や若者層です。
既存の政党やホワイトハウスに絶望し爆発寸前に見えます。注釈1.
これはリフレ策を多く取り入れているヨーロッパ諸国も同様で、右傾化が目立っています。
この原因を難民問題とするのは早計で、これに遡る若年層の高失業率が長期にありました。
ここ半世紀にわたる欧米の経済政策と貧富の差の拡大がありました。
この不満に付け込むように過激で単純な解決案が発せられ、大衆は共鳴し始めている。
社会の鬱積しつつある不満を放置すると、何かを切っ掛けに突然爆発し、取り返しのつかないことになります。
歴史は繰り返します。注釈2
欧米の背景にあるもの
< 3. 米国の経済状況 >
グラフA: 米国の経済は日本に比べて素晴らしい成長を遂げています。
これは一重に米国のFRBやホワイトハウスのお陰です。
グラフB: グラフAの赤枠の時期、リーマンショックから景気回復までの期間の所得階層毎の実質所得の変化を示しています。
これは、バブルが弾けた後、上位20%の所得は回復するが、残り80%は益々貧しくなっていることを示しています。
グラフC: 1970年代以降(黄枠)、上位所得層10%の所得の伸び、シェア50%に今にも届きそうで、格差拡大は確実なのです。
この格差拡大の傾向は欧州も日本も同様ですが、まだ米国ほどには悪化していない。
この日米欧の格差について、私の別の連載で説明しています。注釈3
< 4. 踊る「ふるさと納税」 >
日本の状況はどうか
不思議な事例として「ふるさと納税」を取り上げます。
これは納税と言うより寄付なので、個人の自由であり、故郷を思う気持ちを大事にしたい。
しかし、そこには現代を象徴する奇妙なからくりが潜んでいます。
功罪は色々あるでしょうが、ここでは3点について考察します。
先ず、経済効果を見ます
寄付受け取り側の自治体の多くは財政規模が小さく、税収不足に苦しんでいるはずで、寄付金はすぐに有効利用されるはずです。注釈4.
さらに返礼品(特産品)を地元業者に発注するのですから、地元経済の浮上に繋がる。
一方、「ふるさと納税者」が暮らす自治体の住民税と所得税はほぼ同額減額(控除)されます。
例えば、年間給与600万円の独身の場合、年間上限額77000円の「ふるさと納税」を行って、2000円の自己負担だけで残り全額75000円が税金控除されます。
こうして全国から返礼品目当てに別の地方に税金(寄付)が動くだけなのです。
そうは言っても全員が控除するわけではないので、全体で税収は若干増えるでしょう。(現在10%ぐらいか?)注釈5.
もちろん善意の人もいますので、ここでは大勢について語ります。
ここまでの説明では、経済効果はプラスマイナスゼロで、全体として増収分だけがメリットと言うことになります。
< 5. ふるさと納税の仕組み >
何が問題なのか
「ふるさと納税」の返礼品の相場が寄付の4割だとすれば、前述の例で77000円を寄付して30800円分の肉や魚、焼酎を受け取り、寄付をした人はそれらの購入費用を節約することになる。
この例では、2千円の手数料で15倍相当の商品が貰えるのです。
それも高額所得者になればなるほどその倍率(寄付限度額)がアップします。
この費用は国と自治体が負担、つまり国民の税金なのです。
現住所に納税している人にはこの特権がありません。
< 6. ふるさと納税の問題点 「ふるさと納税制度の検証」より >
表4より、2013年の「ふるさと納税」は総額142億円、一人平均107000円で、その控除額は住民税43%、所得税34%の計77%でした。
赤線が示すように年を追うごとに、ほとんど控除されるようになっています。
表3の赤枠が示すように、所得階層別の寄付金額シェアは、2000万円~1億円の所得階層が35.2%を占め、彼らの所得税控除は最大の40%になっています。
また黄帯の所得層が、寄付金総額のちょうど中位になっています。
つまりこの制度は高額所得者に有利になっており、節税の一手段として便利です。
言い方を替えれば、高額所得者向けの還付金のようなもので、贅沢品の無駄遣いに税金が使われていることになる。
さらに本質的な問題がある
それは個人が税制を恣意的に差配していることです。
本来、税制の大きな役割に再分配制度があります。注釈6.
しかし現状は節税や返礼品欲しさに、特定の焼酎や高級牛肉の購入に税金が使われ、本来必要としている公共サービスや社会福祉などに使う分が減ることになります。
< 7. 何が起きているのか >
寄付してもらう自治体は5割の返礼を行っても損をしませんし、寄付する方は節税や節約が出来るので、ブームが加熱して当然です。
グラフDが示すように、「ふるさと納税」は、2013年142億円、2014年341億円、2015年1653億円と幾何級数的に増加しています。
日本は全国的に税収不足なのに、こんな愚かなことが起きているのです。
つまり、個人と自治体は我欲につられ、この基本的な社会システムをなし崩しにしているのです。
それを政府は便宜を図り、加勢しているのです。
なぜこのような事が起きるのでしょうか?
欧米と共通するもの
この「ふるさと納税」は、2008年に耳目を集め、軽い気持ちで始められた。
その後もエコノミストや政府はこの問題に触れない。
そして大方の国民は好感を持って傍観している。
皆が傍観している間に、高所得者層の節税や節約が進み、経済格差は徐々に広がって行くことになる。
さらに弱者をカバーする再分配制度も崩して行きますので、追い討ちをかけることになります。
グラフEが示すように、国民は日本政府の経済優先を信奉し盲従することにより、欧米と同じ道を急追しているのです。
「ふるさと納税」は些細な例ですが、気づかずに悪化を促進させている意味で特徴的な事例です。
これは違法でないタックスヘイブンや、所得税でなく消費税で増税したい政策と同じなのです。
今、国民の良識が問われているのです。
注釈
注釈1
クリントンが良いと言っているわけではありません。
ここ数十年、共和党と民主党への支持離れが徐々に進んでいました。
つまり、既存政党への失望は進んでいたのですが、今回、一気に噴出した。
注釈2
当然、ヨーロッパでリフレ策を採用していない国や、社会主義的な国、
難民を多く受け入れている国があり、状況は様々です。
しかし、どこかで難民問題に火がつくと燎原の火のように不満の捌け口として広がりました。
この状況は、19世紀半ばにヨーロッパで帝国主義が始まった時、1920年代にヒトラーが台頭した時と少し似ています。
注釈3
欧米の経済格差については「ピケティの資本論 12,14,29」で、
日本については「ピケティの資本論 25」で扱っています。
注釈4
税収不足の自治体ほど、寄付金は市民に直結する事業に直ぐ使用され、公共サービス向上と返礼品の売り上げ増で大いにメリットがあるはずです。
しかし、寄付が一過性のブームで終わる可能性がある為、自治体は計画的な事業計画が出来ない。
また返礼品競争の過熱は財政的なメリットを小さくしている。
注釈5
通常、寄付の税金控除は確定申告しなければなりません。
しかし、2015年4月からは「ふるさと納税」の控除手続きの簡易化と控除額アップを行いました。
色々、政府は通常の寄付に比べ優遇税制を行っています。
注釈6
再分配制度の目的には弱者救済や格差是正もありますが、景気浮揚の効果もあります。
例えば、還付金を高額所得者と低所得者のどちらに与える方が景気浮揚に繋がると思いますか。
低所得者ほど、その金を貯蓄出来ず消費に回さざるを得ないので、実体経済が循環し始めます。
一方、高額所得者は貯蓄か金融商品への投機の可能性が高い。
つまり、再分配制度を崩すことは、景気後退に繋がる可能性もあるのです。